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How to grow a safe death 飼育の話

二十代を終えてみたものの、実家からは離れられず、仕事には身が入らず、交友関係にはいつも酒が媒介し、何もかもが不満足なのだが、打開のために努力するわけでもなく、かといって積極的に何かに打ち込むわけでもなく、三十代前半のわりと長い期間、悶々と生きていた時期があった。

祖父が死んでしまったり、友人との不本意なすれ違いがあったり、就職も思うようにいかなかったり、今で言うパワーハラスメントのような被害を受けたり、それまではあまり意識したり想像したりすることのなかった悩みや問題が相次いでいて、つまり、もう私は誰にも言い訳ができないような、そんな年齢に差し掛かっていたのだ。
今思い返してみようとしても当時の記憶は曖昧で、具体的に身の回りで起きた出来事をうまく思い出すことができないが、体が硬直して動けないまま、焦りと恐ろしさと不安だけが膨らんでいくような強迫的な感覚だけは、ぞっとするほど鮮明に思い出すことができる。
そのぞっとする期間が私の人生における猶予期間だったのか収監期間だったのか延滞期間だったのか、なかなか上手く定義することはできないけれど、その時期に、なぜか私は熱心に多肉植物と金魚を育てていた。人生上の定義は分からないけれど、熱心な飼育期間であったことは確かだ。
休みの日も外に出掛けず、恋人や友人の誘いも断り、自分の部屋で四六時中、生き物の世話を焼いたり眺めたりして過ごすことが多くなり、生き物に関わっている時だけが、自分の強迫感から逃れられる唯一の時間だった。
箱庭のような水槽や鉢植えの中で、手を掛ければかけるほど大きくなり、愛情を注げばそそぐほど元気になっていく小さな生き物たちには、私を取り巻く不満足な現実に対抗するように、出来得る限りの恵まれた環境を整え続けた。
ある時、遅い時間に仕事から帰ってくると、水槽の底に金魚が横たわっていた。水質や水温には異常はなく、朝、出掛ける時もとても元気で、いつものように餌も食べ、死の影など微塵も感じることができなかった。

状況がうまく飲み込めず、金魚を水槽からすくい上げると、机の上に置いてしばらく観察した。

水槽に戻せば、そのまま元気に泳ぎはじめるのではないかと思えるほど、その姿は美しく、綺麗で、不思議なくらい生き生きとしていた。

成長にばかり気を取られ、その先に待ち構えている「死」について全く考えていなかった。私は生き物ではなく、知らずしらずのうちに「死」育てていたのだ。
それは、安全で安心でとても静かな「死」だった。
この「死」をきっかけにして、私は長い飼育期間に終わりを告げ、それまでとは少し違った道を歩み始めることができるようになったのだった。

輝かしい青春を終え、壮年を迎える時に訪れる、ある種の躓きの話である。