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Stray cats in the gap ナオミの話

梅雨が明け、夏の気配が漂いはじめる七月下旬、妻の母が息を引き取った。末期癌の宣告を受けてから半年、入退院を何度かくり返し、自宅療養で戻ってきて三日目の朝だった。

喪主となった妻には悲しむ暇など無く、葬儀の手配、親族への連絡、弔問客の対応、埋葬の段取り、遺品の整理、延々と続く事務処理の数々。やらねばならないことが山ほどあった。

忙しなくしている妻の隣で、わたしは何もできず、ただあたふたしているうちに夏はあっという間に過ぎ、ようやく時間や気持ちに余裕が出てきた頃、季節は秋になっていた。

ナオミが我が家に姿を現すようになったのは、ちょうどそんな頃だった。
九月下旬、連休中日の遅めの午前中、日用品の買い出しに行こうと玄関を出ると、我が家の小さな庭に白黒斑模様の野良猫が佇んでいた。墨で悪戯描きをされたような、真っ黒な模様を鼻に付けた面白い柄の野良猫だった。

野良猫は逃げる様子もなくじっとこちらの様子を窺っていた。わたしも負けじとその闖入者の様子を窺い、鼻の模様が悪戯や虐待や怪我でついたものではないことを確認し、安心した。ちょっと近づいてみても野良猫は逃げなかった。
買い物に出かけ、昼食をとって帰ってくると、野良猫はまだ庭にいて、日向でのんびり丸くなっていた。

普段は絶対にそんなことはしないのだが、愛嬌ある鼻の模様や動じない性格が妙に気に入ってしまい、食べられそうなものを冷蔵庫から探し、少しだけ分けてやった。

それまで、我が家は質の悪い野良猫の糞尿に悩まされていて、野良猫を見かけると邪険に追い払い、撃退用の砂やスプレーを撒き、なるべく我が家から遠ざけるようにしていたのだが、そもそも、わたしは猫が嫌いなわけではない。
それからというもの、わたしが庭に出ると野良猫は必ずそこにいて、何をするわけでもなく、いつも佇んでいた。

家にある乾物で猫が食べられそうなものを与えていたが、次第に猫用のドライフードや缶詰を買ってきて、与えるようになっていた。
野良猫にナオミと名付けた。

後に雄だと判明する。

野良育ちのナオミは、一定の距離以上近づくことを許してくれず、どんなに頑張っても手渡しで餌を食べるぐらいが精一杯の距離で、撫でたり、抱いたり、ということは夢のまた夢だった。

ナオミを手懐けているわたしの姿を、妻は黙って見ていたが、あまり快く思ってはいないようだった。


不思議なことにナオミがやって来てから他の野良猫が減り、糞尿被害が少なくなっていた。そのことを妻に話すと、既に妻も気がついていた。

そもそも妻も猫が嫌いなわけではない。

餌こそ与えないが、妻もナオミに親しみを持ちはじめているようだった。
我が家を中心にして、付かず離れず、絶妙な距離を保ちながら、ナオミとわたしと妻の関係は、不器用ながら、少しずつ親密さを深めていった。

それから半年ほどが経ち、なんとなくナオミは我が家の中にも出入りし、なんとなく我々もナオミをちょっと変わった家族として受け入れはじめていた。

緩やかな合意ができてき始め、全体がまとまり始め、飼い主として、飼い猫として、新たな関係を結ぼうと思いはじめた、そんな頃、ナオミは姿を消した。

くる日もくる日も近所を探し周ったが、ナオミは見つからなからず、我が家に戻ってくることも無かった。

もうすぐ季節は春になろう頃で、妻の妊娠が分かった。
人生にはエアーポケットのように、突如として落ち込んでゆく不思議な時期がある。

慣れ親しんだ命を失い、新しい命を授かるまでの、この半年ほどの狭間が、まさにそんな時期だった。

その僅かな期間、一風変わった模様の雄の野良猫が、我が家にやってきた話である。