9月6日。昨日。中学の友人がハワイで結婚式を挙げました。
宇多田ヒカルも同じ日に結婚したようです。
僕の同年代では結構早いほうです。
ハワイから帰ってきてから9月23日に披露宴を行い、その後、友人だけの二次会をやるらしいです。
その友人だけの二次会の幹事になぜか僕が抜擢されました。
それも、アメリカから帰ってきた直後に言われました。
2ヶ月間、会場の手配や出席者のピックアップや招待状の作成や配布やイベントの企画や予算の配分などに追われていました。
会社で働いていた頃よりも働いたという実感があります。
今頃、新郎新婦は結婚式を兼ねたハネムーン。
ハワイで結婚記念のタトゥーを入れている頃です。
新郎新婦は中学の頃からずっと付き合っていて今年で10年になります。
早いようですが遅い結婚です。
凄いことだと思います。真似できないと思います。
でも、なぜ僕が幹事に抜擢されたかは謎のままです。
僕には6つ歳のはなれた弟がいます。
可愛い可愛い弟です。
僕が小学校4年生の頃から二十歳になるまで同じ部屋で過ごしました。
仲良し兄弟です。
今は北海道の高校に行っていて、長期休みの時だけ帰ってきます。
僕には3つ歳のはなれた妹がいたそうです。
可愛い可愛い妹です。
僕が三歳の頃に、この世を見ることなく死んでしまったらしいです。
一緒に過ごしたことはありません。
そんな妹がいたら仲良し兄妹になっていたでしょうか?
顔も声も分りません。
名前すらありません。
でも、そんな妹がいたのかと思うとちょっと嬉しい気がします。
弟には3つ歳のはなれた姉がいたそうです。
綺麗な綺麗な姉です。
弟が生まれる三年前に、この世を見ることなく死んでしまったらしいです。
一緒に過ごしたことはありません。
弟はそんな事実も知りません。
もし、そんな姉がいたら仲良し姉弟になっていたでしょうか?
顔も声も名前も知らないそんな姉がいたことを知ったら、弟は喜ぶでしょうか?
ぼくらは三人キョウダイだったようです。
仲の良いキョウダイです。
でも、今は二人仲良く過ごしています。
先日、予定通り友人の結婚披露宴が行われました。
僕は冠婚葬祭というイベントが生まれて初めての経験だったので、そういった場合の儀礼なんかもまったく分からず、最初は少々緊張していたものの、明らかに主役は新郎新婦。
僕が何かの矢面に立つわけでもなく、進行は淡々と進んでいきました。何かを勘違いしていました。
そういう面では期待外れでしたが、まぁそれは仕方ないこと。
少なからず自分が結婚するときは嫌でも主役にならなければならないので、それまで我慢しようと思います。
結婚できればの話ですが。
結婚できなくても自分の誕生日に託けてワンマンディナーショーぐらいはやってみたいです。
そして、涙涙の披露宴も無事終了し、次は僕の仕切る二次会パーティーです。
披露宴中も嫌なことは後回しにする悪い癖が災いし、終わりきっていない作業や段取りの最終的な詰めにおわれていましたが、とうとう日の目を見る時がやってきました。
本番
そして、二次会も無事終わりました。
二次会の詳しい内容自体は端折りますが生まれて初めてのイベント企画としては反省点はあるもののまずまずの出来だったと思います。
端折ったから誤解を生むかもしれませんが、本当にまずまずの出来でした。
来てくれた友人からも「今日は楽しかったよ」とか「良かったよ」とか「お疲れ様」とか、嬉しい言葉をもらい、ひとつの仕事をやり遂げたという爽快さも感じました。やって良かったと思います。
そんな陶酔に浸りつつ、今日、家に帰って来ると、父親が二次会の様子を撮ったビデオを僕が見る前に勝手に見ていました。
でも、自分のやり遂げた仕事に自信もあったので、そんなことは咎めず
「あ~親父もこんな二次会をやってもらいたかったんだろうな」
と優しく寛大な気持ちになっていました。驕りとも言います。
そして、僕は自信と期待を込めて
「こんな二次会もいいでしょ?」
と父親に聞いてみました。
当然、良い答えが返ってくるものだ。と言う確信がありました。
父親の答えは一言
「だらしがない」
最近、なぜか森田童子や山崎ハコなんかをよく聞きます。
もの凄く暗いです。
別に僕が何かに悩んでるとか
心に傷を負ったとか
心を病んでいると言うわけではないです。
アメリカで友達のウォークマンを借りて、街を歩きながら聞いていたら
アメリカと楽曲とのあまりにも大きなギャップにやられてしまったというか
カルチャーショックというか
とにかくアメリカ人が森田や山崎を聞いても100%理解不能なんだろうなと感じました。
大枠ではJ‐POPに入ると思いますが、宇多田ヒカルや浜崎あゆみなんかとは別物です。
今のアーティストでわかりやすく言うと椎名林檎を痛い感じにしたというか、痛い椎名林檎というか、そんな感じです。
時代がそうさせたのか、はたまたこういう人たちが沢山いた時代なのかは分りません。
歌にしろファッションにしろ映画にしろ時代背景にしろ僕の目線からでは暗くしか映りません。
ちょうど僕らの両親ぐらいの世代です。
僕の両親は、とにかくあの頃は暗かった。と言っていました。
そう思うと、今はいったいどんな時代なのか。どういう人が沢山いる時代なのか考えてしまう日曜日の夕方です。
小学生の頃はとにかく一日一日を精一杯生きていました。計画性なんてゼロでした。
なにもかもが楽しいことばかりで不安な事、嫌な事なんてほとんどありませんでした。
まあ、たまにある水泳や習字などの習い事ぐらいが唯一計画的に位置づけられた嫌な時間でした。拘束される時間。
でも、それはきっと子供だから制限があるし、その上での多少の嫌なことは仕方がないと思っていました。
大人になればもっと自分で楽しいことだけを選んで生きていけるし、大人になってこそ本当の自由が手に入るんだろうな。なんてね。将来に胸躍らせる少年でした。
そして、それは僕に限らず皆にとってもそうなのだろう。と思っていました。
どうも、それはとんでもない勘違いだったようです。
大人になってみて、色々と忙しくなりました。そして、その忙しさは自分から選び取ったものです。決して楽しいとは言えない忙しさ。でも、選択の自由は手に入りました。
でも、選べるものって、もの凄く限られているんだななんて、楽しいものにはリスクがあり、リスクが少ないものには楽しいものは無い。
でも、その中から何かを選ばなければいけない選択の自由。選択の強制?まあ、何にせよ何かおかしい気がします。
でも、それに対して文句を言うのもなんだかタブーみたいな。大人じゃないみたいな。受け入れて生きていけよってね。
結局、受け入れないとどうにもならないんですけどね。
生きるのってなんだか過酷なんですね。騙し騙し生きていかないと生きられないんですね。
参りました。
今、「マトリックス」という映画がTVでやっています。
僕らはどうももっと過酷な世界で生かされているようですよ。
今日は朝まで友達と飲んでいました。そして、朝から草野球の試合でした。
ここ最近の中ではなかなか過酷なスケジュールでした。
久々に嘔吐しました。便器と向かい合う機会ってなかなか無いようで、気がついたら向き合っているという事が少なくありません。
でも、まだ便器と向かい合っているのは良い方です。気がついたら自分に向かい合っていたり、気がついたら人に向い合っていたり、気がついたら電柱に向かい合っていることも少なくありません。
一番最悪だったのは自分の家の玄関と睨み合った事があって、その時は三日間ぐらい自分の汚物の痕跡に見送られて学校に行った思い出があります。
もう少し考えるべきでした。
今日の野球の試合はホームランが4本もでて、自分も一回ホームに帰ってくることができ、おまけに4回コールドで勝ちました。
良かったです。
でも、僕が守っていたセカンドベースに汚物を撒き散らすことなく試合終了になったことが一番良かったと思います。
空気公団・思い出波止場・覚醒都市・残像カフェ。
すべて音楽をやっている人が作った言葉です。凄いですね。素晴らしい。
僕も「満福マスク」というアートユニットでちょっとした作品を作っているので、作品の題名を考える機会が結構あります。
でも、なかなか上に書いたような言葉は浮かびません。
法則としては二つの言葉を組み合わせて、ぜんぜん別の意味にしてしまうという感じですが、なんか全部清々しいというか、透明感があるというか、でも、なんか趣き深げというか、そんな気持ちになります。
「満福マスク」というアートユニット名も一応そういう法則に則って作ってみたのですが、なんか嫌な印象を持ってしまいます。何でしょうね。
どっちかというと人間革命・自己啓発・ムネオハウス・満福マスク。とかに入ってしまいそうで怖いです。爽やかさって何でしょうね。
朝、小鳥のさえずり、雨上がりの湿った香り、燈りっ放しのスタンドライト、眠い目をこすりパソコンへ向かう。
パソコン中毒?
やっぱり猫が好き。犬よりも猫。人よりも猫。何よりも猫が良い。
僕は昔々に子猫を飼っていた。
可愛い可愛いトラ柄の子猫。
父親に「トラの子供だよ」と言われて、本気で信じていた。
それぐらい僕が幼かった昔々。
飼い始めてすぐに子猫はいなくなってしまった。
母親は幼い僕に「家では飼えないから人にあげた」と言った。
それ以来、僕は猫に異常なほどの興味と愛着を持った。
最近、その子猫は本当は死んでしまったと知らされた。
幼い僕には子猫の死という現実が受けとめられないだろうと配慮して「人にあげた」と言ったのだろう。
でも、なぜいなくなったのかという事は問題ではない。いなくなったっという事が問題だと思う。
とにかく、トラ柄の子猫はいなくなってしまった。
そして、僕は猫が好きになった。
猫パンチ!
北野武。Dools。見に行きました。
北野武。BROTHER、菊次郎の夏、花火。全部見に行きました。
毎回、女の子と見に行きました。女の子に見に行きたいと言われて見に行きました。毎回、北野武の映画を見たことがない女の子でした。北野武とビートたけしが同じ人だということは分かっているようでした。毎回、映画を見終わって女の子は期待はずれだったと言いました。
そして、毎回、女の子とはうまくゆきませんでした。
ジンクスと言えばジンクス。
でも、僕は北野武のような邪悪な映画は苦手です。
コマネチ!
風邪をこじらせてしまいました。
健康な時は健康のことなんかぜんぜん考えないのに、一度、身体が不調になると健康の大切さを噛み締めます。
痛さに弱い僕。
親知らずで一週間ぐらい苦しんだときは「死んだほうが楽なんじゃないか?」とか思ったほどです。
ダブルブッキング。
日常的に起こりやすいです。
記憶力が悪く、手帳を持ち歩かない僕にはしょっちゅう起こります。
困ります。
手帳を持ち歩くことが一番良いんですが、基本的に手ブラで出歩く事が多いので、手帳には予定を書き込むというよりは事後報告的なものばかりになってしまっています。
手帳と言うよりは日記みたいな感じになっています。
まぁ、そんなことはいいのです。
ダブルブッキング。
もし、2つの予定が同じ時間帯に重なってしまった場合どちらを選ぶか。
普段の普通の予定だったら入った順だったり、仕事の予定だったら重要さだったり、遊びの予定だったら楽しさだったり、で選びます。
2つぐらいの同じような予定のブッキングだったらこんな感じで選べます。
でも、2つのまったく違う予定だったり、4つや5つの予定が重なったりすると、もうどうでもよくなってしまいます。
仕方がないのでその日はOFF。
あと、予定が入っている日に、突然友達から電話が来て、その内容がその日の予定よりもとても魅力的だったりすると、もう大変。
和泉流
明日からやっと規則的に身体を動かす事になります。
どこの家庭もそうですが、うちの家庭も例外なく父親がNHK好きです。
今夜は「クローズアップ現代」を見ていました。
僕も夕食を食べながらなんとなく一緒に見ていました。
内容は今の中国と日本の青年について。
日本の1/10の賃金で一生懸命働く中国の青年。中国の10倍の賃金でなんとなく働く日本の青年。
その違いを日本の青年が中国企業でインターンをすることを通して感じていく。
というものでした。
結果としては
中国の青年は自分の人生に明確な目的を持っている。
でした。
つまり、どれだけ自分と向き合って生きているかという事っぽいです。
一橋大学の先生は「日本の若者は希望が持てないから自分と向き合うことができないんだ」と言っていました。
僕は思います。
この番組を見て息子に説教するのはやめて下さい。番組のことをそのまま受け売りするのはやめて下さい。
ましてや「中国行って来い!」とかやめて下さい。
行きません。
「プロジェクトX」とかも
今日?昨日?とにかく酷い目に遭いました。
夜の12時ごろ新宿で友人とちょっと会う約束があったので、行ったのですが、新宿に着いてみれば所持金わずか130円。
ちなみに新宿まで片道210円。
友人に会って借してもらおうと思っていたのですが、携帯電話を見たら電源切れ。最悪です。
友人とは細かな待ち合わせ場所を決めていなかったので、下手に動いて行き違いになるよりは一ヶ所で待っていたほうが良いだろうと思い、僕の中では一番メージャーだと思われる南口で待っていました。
しかし、待てども待てども友人は現れず。結局、終電も行ってしまいました。
もう、なす術がありません。
コンビニでお金を下ろそうと思っても、時間外で取り扱っていないし、覚悟を決めて歩いて帰ってきました。
途中、ヒッチハイクでもしようかと思いましたが、ちょっと恐ろし目の車しか見かけなかったので断念しました。
23才を目前にして、オバケとか幽霊とか怖いし、ゴキブリが出れば悲鳴をあげるし、お店で店員を呼ぶのが恥ずかしかったり、ホント情けないです。
でも、今回ほど自分のことが情けないと思ったのは初めてかもしれません。
久しぶりに酔っ払っている人を見ました。
なんで酔っ払いは障害物に向かっていくのでしょう?
法則として気になります。
もうすぐ11月ですね。今年も暮れますね。
最近、おじいちゃんが僕のパソコンをいじっている痕跡があります。
前に、おじいちゃんはパソコンのOSを飛ばしてしまうという大事件(事故?)を起こしたことがありました。どうやって飛ばしたかは迷宮入りです。
それからというもの、僕に気を遣って、僕のいない時に内緒で使っているようです。そのほうが性質が悪いですが。
でも、あまりにも証拠を残していくのでバレバレです。今日はメガネとカーディガンとフロッピーがパソコン付近に残されていました。
何をしていたかは明らかです。
たまに、パソコン付けっ放しという事もあります。
悪いと思いましたが、また、OSを飛ばそうと画策されていても困るので、ちょっとフロッピーの中身を見さしてもらいました。
どうやら、年賀状を作っているようです。
今年ももう暮れですね。
昨日のREADMEによる当サイトのカウント数が16でした。
今まで、どうにかこうにか0という最悪の事態は避けてゆこうと、努力してきましたが、ハッキリ言って2桁いくとは思っていませんでした。
でも、このサイトが存在しているのを知っているのは10人弱です。全員が見てくれたとしても、10人は超えないはずなのですが、なぜか16。
嬉しいやら、怖いやら、恥しいやらです。
このままトントン拍子に増えていくのか?空前の灯火なのか?
とにかく当サイトのメインは僕の作った楽曲なので、それさえ聞いて頂ければ満足です。