僕らは昔、キラキラと光り輝く、驚くほど美しい宝石を限りなくたくさん持っていて、その宝石を惜しげもなく宝箱から取り出してはその輝きの度合いを比べ合っていたような気がする。ある物は太陽のような光を放ち、ある物は七色に変化し、ある物はその形すらも魅力的である。
ただ、やがて、その宝石のある物は已む無く手放す事になってしまったり、ある物は売りに出されてしまったり、ある物は色褪せてしまったり、ある物は欠けてしまったり。とにかく、その宝石たちは徐々に数を減らし、限られた物になってゆく。
その失われてゆく宝石の1つに「夏休み」という、ちょっと特別な宝石がある。皆さんもよく知っている宝石だろう。あの輝き、あの色彩、あの形、あの魅力。あれはなかなか素晴らしい。そして、僕はその「夏休み」という宝石を再び手に入れた稀人である。
しかし、残念だけど、一度失ったものは、やはり、失ったもの以外の何物でもなくて、いくら現実的に享受しようとも、あの輝きは戻ってこない。それが現実である。
よく、大人になってもいろいろな宝石を持っているように振舞う人がいるけど、それが事実であれ、偽りであれ、僕はそういう大人にうまく共感できない。輝きや数量を保持して満足するよりも、僕は輝きを失ってしまった宝石の喪失感を、重く受け止められるような大人になりたい。うまく後悔できる大人になれればそれが一番の輝きだと思う。
僕は今、夏休み真っ直中。
さて、このあまりにも複雑な喪失感をどう後悔するか。今年夏の最大の課題である。
夏だ。
夏は一気に押し寄せる。感覚的なものだけど、一年のうちの大方の出来事が夏にやって来る。何もかもが濃密で勢いが良い。停滞をも加速させる。それが夏。
だから、何気なく一日を過ごしていても、その密度が濃すぎて、僕は具体的に書く事を躊躇する。それが夏。つまり、夏は一気に押し寄せて来るのだ。日記を書くには一番不適切な季節だ。客観的に観ることができない季節。主体的に関わらずを得ない季節。
しかし、だからこそ良い季節。夏。
ただ、俺にとっては、やはり、やりにくい季節だ。生命が漲る。
業務のミスが多い。小さなものから大きなものまで。軽いものから重いものまで。とにかく、ミスが多い。
職場という場所は業務の出来不出来によって全人格が判断されるといっても過言ではなく、まあ、だからこそ社会に出ることは辛いわけなのだが、つまり、そういう職場にあって業務上のミス、そして、それに伴う上司からの注意というものは、なかなか重く、暗く、取り返しのつかないような閉塞感をもたらすのである。
そのミスがどんなに些細なものであっても、ミスは僕の内側に徐々に侵入し、徐々に侵蝕し、また新しいミスを誘発するのである。そして、僕を捕らえる監獄は更に閉塞感を増し、更に密閉度合いを高め、僕はその行き場の無い湿った監獄にうずくまるしかなくなるのだ。まさに負の弁証法である。
しかーし!
グレェートエスケェープゥゥ!
「大脱走」をテーマとする僕にとって、これ以上、難攻不落のミッション・インポッシブルがあるだろうか。いや、無い。僕は落ち込んではいられないのだ!むしろ、この状況の難易度を積極的に上げ、積極的に対峙し、引田天功ばりのイリュージョン的大脱走を遂げなければならないのだ。
見ていろ!会社!見ていろ!社会!
俺のイリュージョンで君たちのレヴェルをひとつ引き上げて見せようではないかぁぁぁぁぁぁあ!っはっはっはっはあぁぁ!がはあぁ!
管理者実名公表のこのサイトは、当初、全くもって自己満足的なサイトであって、閲覧者も管理者の内々の知り合いに限られていた。まあ、昔から観て頂いている方は知っているだろうし、この日記の昔のものを見てもらえば分かると思う。結構、ナイーブな事も赤裸々に、閲覧者の事など関係無しに綴られている。僕が僕自身の為に綴ったような日記ばかりだ。
まあ、そんな閉鎖的なサイト運営をしていたので、本当に気の向くまま、好き勝手にやっていたし、情報量の規模も小さかったので、取り立てて大きな問題も無かった。そして、もちろん、4年経った今でもそのスタンスは崩さず、ごく個人的なサイト運営を続けているわけだが。
しかし、年月というものは恐ろしいもので、情報はどんどん蓄積され、それに伴い、ひょんな検索から、このサイトに辿り着いてしまう僕の知り合いも少なくない。単語によっては検索結果のトップになってしまうようなものも数多くあるからね。
で、最近、そういうところが悩みの種になっていて、ある場合には、この日記を見てしまう事で、傷ついてしまったり、不快な気分になってしまう人も少なからずいるわけで、そういう事を考えると、僕の誤解と偏見と自由にまみれた日々の日記を思う存分書くことができないのである。
具体的な例を挙げると、現在、僕は夏休みで、専らバイトに勤しんでいるわけで、日々の出来事は職場の中に集約される。以前ならば、その職場で巻き起こる出来事を好き勝手に書いていたが、職場にもこのサイトの存在を知る人が出てきたとしたら、やはりそこには制限が出てくるだろう。
つまり、これは、インディーには無い、メジャーの悩みなのである。そう、売れっ子の悩みなのである。あ~、困った。売れるのは売れるので辛いものだ。人気者も困るね。ほんとに。
一人暮らしを始めてから、あんまりテレビを見なくなった。まあ、テレビが無かったのが一番の要因なんだけど、無くなってみると案外平気なもんで、テレビを設置した今でも、テレビを着けることはあまりない。
でも、そんな中でも、やっぱりこれは素晴らしい番組だなと、つくづく感じてしまうものがいくつかあって、そういう番組はできる限り見るようにしている。そして、その中でも、特に素晴らしいと感じているものが「タモリ倶楽部」であった場合。僕は最高級の愛情で貴女を包むだろう。
つまり、これは告白である。
週末にちょっとした旅に出ていた疲れもあり、今朝はいつもよりうつらうつらとしていて、目が覚めてもなんとなくぼんやりとベットの上でまどろんでいた。今日の始業は遅番の12時半だから時間はまだたっぷりとあるし、もうひと寝入りできるかなぁ?なんて考えていたら、「おじいちゃんの具合が悪いようだから、ちょっと一緒に病院まで行ってくるね。」という母親の声が聞こえてきた。その声に生返事で応えつつ、そうか、じいちゃんの調子が悪いのか、この暑さだし、また、どっかに遊びに行って無理でもしたんだろうな。しかし、母親はとっくに仕事に行っている時間だ。なぜ母親が付き添うんだろうか?夢か?
違和感に気が付いた時には家には誰もおらず、母親の携帯電話が食卓の上にポツンと置いてあるだけだった。やはり、夢だったのだろうか?しかし、母親が携帯電話をそんな無造作に忘れてゆくことはまずありえない。言われぬ不安を胸に、そして、確実な事が何も無いままに、僕は蝉の鳴き声の波の中、職場へと向かわざるを得なかった。
職場はお盆時期ということもあってとても暇なものだった。しかし、暇だからこそ胸のざわめきがいっそう深く広がってゆく。いつも涼しい空調は今は薄ら寒いぐらいだ。仕事の合間をみて家に連絡を入れるものの、誰も電話に出ない。朝の出来事が夢だったのか現実だったのかも判然としないまま、丁寧過ぎるぐらい慎重に、恐ろしく永い時間が刻まれてゆく。
夕方になってようやく電話口に祖母が出た。そして、祖母が僕の声を確認した直後の「真平ちゃん!?」という言葉に僕は全てを噛み締めた。朝の出来事は夢なんかじゃなくて、事態はなかなか重大であることを。
慢性硬膜下血腫。
頭蓋骨下の硬膜に血液が溜まり、脳を圧迫しているらしい。足元もおぼつかず、記憶も曖昧で、今朝も一人で起き上がれなかったそうだ。
小学校二年生の頃だったと思う。毎日、一人で壁に向かってキャッチボールをしていた僕に、ある日、じいちゃんが新しいボールを買ってやると一万円札を手渡してくれた。もちろん、一万円分買っていいとかじゃなくて、たまたま一万円札しかなくて、それを僕に手渡したのだ。嬉しさあまって僕は駅ビルのスポーツ用品店までわき目も振らず走って行った。そして、気が付けば、ポッケに入れておいた一万円札は忽然と姿を消していた。僕は来た道を這いつくばるようにして探したけど、その一万円札は二度と返ってこなかった。
小学校五年生の頃だったと思う。小学校一年から使っていたかなりオンボロな自転車を乗りつづけていた僕に、じいちゃんがかなり高価な自転車を買ってくれた。乗ることよりも、磨いたり、油を注すことに時間をかけていたような大切なその自転車が、ある日、何の予兆も無く忽然と姿を消した。僕は急いで盗難届けを出して、来る日も来る日も交番に出向いて、届出がないか確認したんだけど、結局、僕の手元にはその自転車は戻ってこなかった。
明後日から、じいちゃんは入院し、まだ、いつかは分からないけど手術をする事になるらしい。悲しいとか辛いとかいう気持ちは全く無いんだけど、体が震えるほどに、悔しい。じいちゃんから貰ったものをことごとく失い続けた自分が悔しくてたまらないし、何も返せずにじいちゃんを失ってしまうことはもっと悔しい。だから、早く元気になって、また、渋谷に女の子ウォッチングに行けるようになってくれ。その時は僕も一緒にお供するからさ。本当に。頼む。
脳が圧迫されて、じいちゃんの意識は混濁状態にあるらしい。混濁というとなんだかとてつもない感じがするけど、僕がじいちゃんを観察した限りでは、まあ、目が開いていても夢の中という感じなんだろう。痴呆のような感じではなく、白痴といった感じだ。だから、意外と呑気な様子だ。
ただ、そんなじいちゃんを尻目に、ばあちゃんのほうが目も当てられないほど混乱している。割り切れない気持ちは仕方が無いと思うけど、なかなか過激な発言や、かなり弱気な発言を平気で漏らしてしまう。やっぱり、知らないうちに、僕の元気なじいちゃんとばあちゃんは立派に歳をとっていたって事だ。一緒に生活をしていると案外忘れがちになり易い。そして、それはじいちゃんばあちゃん達だけに限ったことではなく、両親も例外ではないし、僕自身もそうなのだという事だ。
しかし、僕の家庭は大病知らずで、大掛かりな入院はこれが初めてなんだけど、病院事情ってのは、なかなか、どうして、厳しいものである。入院なんて、甚大な経済力と、莫大な家族の援助が無ければ立ち行かない。ただえさえ家族は路頭に迷うのに、第ニ、第三の苦労がこれでもかと言うほどに待ち受けているのだ。苦行の果ての虐めである。
権利というものは元々フィクションなんだけど、僕らはその輝けるフィクションを何とか実現し守ろうとしてきている。自由・平等・平和・幸福。だから、僕らは税金や国民年金や健康保険など、権利の為の支出をしているのだ。しかし、僕らはその権利の行使に直面した時、この国の権利が本当のフィクション、まやかしであるということにも直面しなければならないのだ。何の実体も、何の機能を持ってはいない。まやかしの真実に触れるのだ。
今、僕は、じいちゃんの診察に付き添った後、当初の予定通り入院することになったので、じいちゃんの荷物を取りに自宅に戻ってきたところだ。まだ、詳しい事が決まらないので、一時待機中。外は曇天で、たまに雨がぱらつく。蒸し暑い。蝉が鳴く。じいちゃんは夢の中、僕の生まれ育ったこの国の実体も夢の中。全てがまやかしのように思える。
昨日、あの後、入院先の病院で、緊急手術をする事になってしまった。僕はとりあえず必要な荷物を持って急いで病院へ向かう。「なんだか、ドラマみたいだな~」なんて思いながら、バイクを飛ばし、でも、ドラマだと急いで病院に向かう僕のほうが事故に遭ってしまったりして、散々な事になるので、その辺は気をつけながら。
病院に到着すると、手術の準備で、じいちゃんはあれやこれやと看護士さんにいじくり回されていた。しかし、当の本人はこれから何が起きるのかもよく分からず、ぼけ~っとしながら身をまかせている。若い女性を前にすると妙に素直になるのは、女の強みであり、男の弱みである。準備が整うとすぐに手術室へ。なんだか淋しくなるほどだだっ広く、塵ひとつ無いような部屋へ通されると、先生と看護士さんが4人、ポツンと待っていた。先生から「これから手術ですからね」なんて声をかけられても、じいちゃんは「は~い」なんて、生返事で返す。一同、苦笑。そして、今まで見たことの無いような大きな自動扉がゴゴッっと開き、車椅子に乗ったじいちゃんはその扉の中へと吸い込まれていった。「なんだか、これ、初めてのはずなのになんだか見たことある光景だな~?」なんて考えていたら、そう、かの伊丹十三監督の唯一のホラー映画「スィートホーム」に確かこんなシーンがあった。不吉だ。
しかし、不吉な前触れにも関わらず、手術は無事に終了した。良かった。ちょうど甲子園で智弁和歌山と八重島の試合が始まってから終わるまでの時間がかかり、野球なんてぜんぜん興味の無い家族は、その試合に一喜一憂しながら、なんとか時間が経つのを凌いでいたのだった。先生の話では「4日も経てば頭の働きもしっかりしてきます」とのことだったが、やはり、高齢という事もあるので、経過を見なければなんとも言えないらしく、その辺は、考えておくように言われた。麻酔が効いているせいか、じいちゃんはぐーぐー寝ている。頭からあんなにいろんな管が出ているのに、よく寝られるな。なんてね。
今は麻酔が効いているので心配はないのだが、麻酔が切れてからがちょっと目が離せないらしい。おそらくこの手術の事も、症状が出てきた前後のことも本人は覚えていないので、意識が戻っても、訳が分からず頭のチューブ類を勝手に抜いたりしてしまうとかなり危険とのことだったので、僕が一晩付き添うことになった。それ以外にも、神は信じないけど、魔を信じる僕にとって、魔除けの意味でも、付き添いには自ら名乗りを挙げた。魔マニアとしての腕が鳴る。一応、病院に置いてあった「孔雀王」を読み返しておさらいしておく事に。魔は直進しかできないのである。じいちゃん。魔の心配は不要だぜ。ちなみに、お告げマシーン改め魔除けマシーンの製作という新たな構想も浮かんできた。サンキュウ。
そして、ちょうど7時半。麻酔が切れ、じいちゃんは大暴れした。「おしっこがしたい!」と。ふむ。看護士さんが5人がかりでじいちゃんを動かないように押さえ、なだめる。なぜか美人揃い。ちょっと羨ましい。そして、すかさず、尿瓶を手際よく装着させ、放尿を促す。可憐にして逞しい。
しかし、じいちゃんは「こんな所でできるか!」と、駄々をこねる。確かに、放尿経験者の僕でも5人の美女を目の前にしてというのは恥かしい。正論。
結局、おしっこは出ず、暴れると危ないので拘束具を着用させられる。辛かろう、じいちゃん。でも今日だけ我慢してくれ。しかし、その後、朝方まで、この尿意との攻防は一時間ごとに続けられるのだった。まず、じいちゃんがうとうと目を覚ます→手が動かないことに気が付く→何だか小便がしたい→暴れる→ナースコール→美人看護士が駆けつける→羨ましい→尿瓶→拒絶。
でも、最終的には、尿瓶での放尿も受け入れるようになり、我々が勝利をおさめることとなった。
しかし、午前5時半。昨晩からあまり寝られないせいもあり、ちょっとウトウトしていたところ、また、じいちゃんの方からガサゴソと音がしたので、様子をみてみると、自らの腕枕で眠っている。ふむふむ。んっ!?なぜ腕が自由にっ!?あの屈強なる拘束具を外し、気持ち良さそうに眠っているではないか。しかも、頭を覆っていたガーゼは外され、なんだか凄いことになっている頭の様子が丸見え!点滴も外され、ポトポトと床に染みを作っている!すかさず、ナ~スコ~ル!!
今までの、尿の攻防とは一線を画し、なかなか緊張感ある慌しさが病室に満ち溢れる。昨日、手術を担当してくれた先生が、幸いなことに当直で勤務されていたので処置に当てくれる。「消毒済み」の押印の付いた処置道具の袋をその場でバリっと開ける。中からメスやら縫合用の針やら色んなものが出てくる。思わず、ブラックジャック!と叫んでしまう。そして、道具マニアの僕は思わずメスに手が伸びる。怒られた。
そして、一時、絶望を極めた状況であったにも関わらず、またもや幸いな事に、はじいちゃんの頭のチューブはなどは抜けておらず、大事には至っていなかった。一同、胸を撫で下ろす。じいちゃんは何だか大変な雰囲気を一人遅れて読み取りたじろいでいる。しかし、あの拘束具から抜け出すなんて、やはり、グレートエスケーパーの異名を持つ僕の祖父である。侮れない。
とまあ、昨晩の出来事は目まぐるしく展開し、ここで書いたこと以外にも、かなり色濃い出来事が巻き起こり、僕は寝る間もなく、終始、神経を尖らせていなければならなかった。ただ、あんなに色んなことがあったにも関わらず、特に大きな問題も起こらずいられたのは、可憐で逞しい看護士の方々のご尽力と、僕の魔除けのおかげだと思う。本当に、看護士の方々には心から感謝したい。あなたたちは本当の意味で美しい。
しかし、じいちゃん、なんだか、元気そうじゃないか。その調子で、僕の記憶も早く取り戻してもらいたいものだ。いや、取り戻してもらわなくては困る。
じいちゃんが倒れてから、まだ一週間も経っていないけど、もう、何ヶ月も過ぎたような、そんな気がするのは、今年の夏がいつもより本当にちょっと長いのか、それとも、ただの気のせいなのか。
まあ、そんなことはどうでもいい話で、今日はとても暑く、その暑さのせいなのか、病院までの道のりには全く車が走っていなくて、病院までの真っ直ぐな道のりは恐ろしく遠くの方まで見渡せる。全ての景色が陽炎で歪んで、僕はその何も無い歪んだ道路をバイクにまたがって直走る。
もしかしたら、今年の夏は永遠にこのまま続くのではなかろうか?
この夏はそのようにして、僕の心の中に、僕の身体の中に、永久に保存されるのではなかろうか?
私の友である地下料理研究家スープンが考案した「ツンツクダンス」は2006年3月20日早朝、館山の海岸を走り抜けるアベちゃんの禁煙車の中で突如として勃発したムーブメントである。両手に軍手をはめ、握りこぶしに人差し指だけを立て、その指先を交互に天高く突き上げるダンス。ダンス・オブ・ダンス。
車の前方に向かう運動に対し、垂直に突き上げられる腕は革命的志向の現れであり、その高く突き上げられた指の示す方向には美しく輝く希望の空がある。ダンスというよりは洗練された身体パフォーマンスと言った方が適当かもしれない。
結果、スープンは地下料理研究家としての初めての食材である鮫を館山沖にてゲットすることになり、私はその鮫料理の第一試食者として5日間寝込むことになる。
現在、「ツンツクダンス」はその第一の継承者である私、真平によって都内西麻布にて連日連夜踊りつづけられている。
私は誓おう。このダンスを世界のため、日本のため、友人のため、家族のため、そして、じいちゃんのために踊りつづけることを。革命ってのはそういうもんだ。
昨晩、ダンス・オブ・ツンツクの日記を書いた直後、学校の友人から「AIR」に踊りに行かないか?と誘われた。「AIR」とは代官山は並木橋の袂にある洒落っ子の集うクラブであり、ちょうど2年前、私が初放尿を迎えた記念すべき地でもある(2004年5月24・5・7日の日記を参照)。ふむふむ。なんだか楽しそうじゃないか。一波乱も二波乱も起こりそうな予感。熱の篭る日記を書いた直後だったこともあり、気分もノリにノッていたのだ。
しかし、頭に過ぎるのは明日の予定。午前中はじいちゃんの陣中見舞い。昼から夜までの入力業務。さて、どうしたものか。。。そして、そんな迷いに迷っている、その時。私はある真実に気が付いてしまったのだ。
よく、学校なんかで「真平さんは26歳には見えないよ~」とか「真平さんも充分若いよ~」なんて、慰みなのか、真実なのか、よく分からないようなことを言われるけど、「老い」を身体の内側から来るものだと考えていられるのは若いうちの話で、実際の「老い」は身体の外側からやって来る。否応ない「老い」の現実は、最初はささやかに打ち寄せ始めるのだが、気が付けば怒涛のごとく、身の回りを覆っているものなのである。そして、その現実に人はどんどん「老い」てゆくのだ。
2年前、「AIR」で放尿をかました私はまだ若かった。しかし、昨晩、[AIR」に行ったとしたら、私は放尿をかませただろうか。いや、できなかっただろう。つまり、その現実が「老い」である。自らが変わるのではなく、目の前の現実が人を変えてゆくのだ。そして、私はその現実によって昨晩「AIR」には行けなかったのである。
まさに、空気のごとく夢と現実を提示してくれる「AIR」。なかなか良いクラブである。自他共に認める洒落っ子達は行くべきである。しかし、放尿は厳禁だ。するなら、コソッとしたほうがいい。
「意味なんて、ねー!」
岡本太郎が言った言葉だ。いつも、どこでも、意味が提示されていると思っている人がいるなら、そんなにも無意味のないことはない。小説も、映画も、演劇も、絵画でさえも、そこに意味など存在しない。そこにあるのは文字や音や色や臭いだ。そもそも、この世界に意味なんてどこにもない。意味こそフィクション。
しかし、意味は存在する。フィクションという形で確固として存在している。生きる意味。死ぬ意味。放尿する意味。いや、意義。
常に意味を与えられてきた僕らの世代にとって、意味は常に用意され、準備されているものだった。しかし、与えられてきた意味は今や何の役にもたたず、僕らは右往左往している。そう、前もって用意されていた意味は、結局、無意味だった。
しかも、意味を与えつづけられた私たちはこの意味を失った社会の中でも、今だに、どこかに意味が落っこちているんじゃないかと、いろんな扉を開けてみたり、いろんな階段を登ってみたり、いろんな電車に乗ってみたりして、意味のありかを探しつづけている。でも、結局、意味なんて見つからず、なんだか面白味のないまま、「意味わかんね」とつぶやいている。
世界に意味は無い。でも、意味はある。ならば、どこにあるのか?
このままだと、僕らは意味のない忌むべき世界をこのまま生きることになり、世界が沈没するその瞬間になって、ようやくその重大な意味を感じることになるのではないだろうか?
意味は「気づき」だ。探すものでも、用意されてるものでもない。気がつくことだ。岡本太郎はそういうことを言いたかったんだと思う。
今日は一日、じいちゃんの御守りで家にいなくてはならなかったのだが、まあ、そもそも根暗で陰気な僕にとって、家に篭ることはそれほど苦にならない。家でやることなんて山ほどある。
包丁を研いでは、ウッディ・アレンを見て。包丁を研いでは、フランソワ・トリュホーを見て。包丁を研いでは、ジム・ジャームッシュを見て。包丁を研いでは、木下恵介を見て。包丁を研いでは、デヴィット・リンチを見て。
気がつけば、街は夕暮れ、恐ろしいほどに磨きのかかった包丁が夕陽を照り返していた。
試しに、ティッシュを一枚落してみたけど、日本刀のようにかっこ良く、はらりと二枚に別れたりはしなかった。でも、文化包丁にしてはちょっと切れ味がヤバイ。ばあちゃんに試し切りしてもらったら、最初は微笑んでいたのに、一瞬で驚嘆へと変化した。
ふむふむ。そんな訳で、今日も一日が終了する。
さて、明日は何をするかね~。楽しみだ。
最近、ランチュウが欲しくて仕方ないんだ。
根暗にとって最高の愛玩動物だと思う。
僕は何かと難しい方に物事を考えすぎる。誰かが「彼女っていう価値観が良く分からないんだよね~」なんて他愛のない事を言い出すと、「彼女」、「存在」、「価値観」、「フェミニズム」、「社会」、「美」、「イディア」。すぐにサルトルが頭の中に立ち上がってくる。
「嘔吐」。実在論。存在に対する吐き気。
しかし、実際は、そんな込み入った話ではなく、ただの惚気だったりするのだ。「分からないスタイル」、「様式美」、「流行」。僕の考えていたことは直ちに胡散霧散。
しかし、僕の頭の中には新しい設問が立ち上がってくる。「流行」、「感覚」、「自意識」、「社会」、「資本主義」、「経済」、「価値」。すぐにマルクスが頭に浮かび上がる。
「資本論」。社会主義。既存社会に対する革命。
別に、何が立ち上がってこようと、どうやって立ち上がってこようと問題はない。ただ、その場は白ける。でも、問題を立ち上げなければ、僕らには未来がない。そして、かつて、そうやって場を弁えずに問題を立ち上げてきた人々が僕の頭の中には浮かび上がる。その場がどうであろうと、その場がどうなろうと、関係はない。結局、あなたたちは一つの出来事に押し流される。今はそういう時代だ。
「時代」、「世紀」、「性器」、「生気」。
何でもいいから流されるがいい。それが僕らの時代で、それは、終わりに突っ走る時代だ。
僕は今、モーレツに憤っている。
気が付けば、夏休みも今週一杯。前半は学芸員実習に費やされ、半ばにはじいちゃんが倒れるというアクシデント。そして、あっという間の後半戦に至る現状である。「ひと夏の・・・★」なんて情熱的な思い出など一切残さず、閑散とした職場のデスクと、鬱屈した病院の空気ぐらいが陽炎のように揺らぐ唯一の夏の記憶である。
さて、そんな私に、皆さん、今年のひと夏の思い出を語ってはくれまいか?内容は、何でもいい。俺はその物語を酒の肴に、今年の夏を終えたいと思う。そういう夏も時には良いと思うのだ。
あと、僕が、一応、在籍している野球チーム(引っ越してから御無沙汰なので、メンバーが認めてくれればの話だが)の品川リミックス(REMIX)のメンバーにこのホームページの存在がバレた。特に、2003年3月21日の日記は物議を呼んだらしく、根暗は誰だ!?秀才は誰だ!?不良は誰だ!?変態は誰だ!?という議論が勃発。結果、僕がリミックスのホームページを作ることになってしまった。唐突だが、そういう事になったのだ。
なんだか、最近では可愛いマネージャーも加わり、区のトーナメントではベスト4に上り詰めており、一応、中身と酒癖を別にすれば容姿端麗揃いの、イケメンチーム。ホームページが合コンの足しにでもなれば幸いなのである。
つきましては、この真平、今まで培ったデザイン技法の総力を尽くして、このリミックス(REMIX)のホームページを立ち上げさせて頂こうと思う所存であります。乞うご期待!
そこはかとなく切ないこの気持ち。妙に涼しい夜風。満ち溢れる虫の鳴き声。昨日、「夏も終わりだな~」なんて書いたけど、本当に今日で終わるんだ。まあ、8月で夏を打ち切るのも乱暴な話だけど、やっぱり、ねえ。もう2、3日ぐらいの余裕はあるのかと思っていたのに。嗚呼、君はなんて気まぐれで、なんて愛くるしく、なんて見事に、僕のもとから去ってゆくのだろうか。夏。
しかし、過ぎ去りし夏を留めておく事などできないのだ。そして、夏は過ぎ去らなくては意味をなさないのだ。夏は過去となり、記憶となってこそ、初めてその実体を発揮する。つまり、終わり、過ぎ去ってゆくものこそが夏なのだ。
だから、僕は夏を永遠に恋焦がれ、愛し続けることができるのだろう。
それが夏。
でも、きっと夏は僕のような奴は嫌いだろうな。
それもまた、ほろ苦くて、善。