2022年 3月
3月1日(火)

子どもの保育園では年少クラスでクラスターが発生してしまい、今日からクラス休園になってしまった。

感染も侵略も、いったいいつまで続くのだろうか。

どっちらもなかなか終りが見えない。




だいぶ日が長くなっていることに、少し心が綻ぶだけでも幸せか。

3月2日(水)

来週、子どもの保育園で卒園式がある。

昔から、私はこうした儀式や儀礼の類いがあまり好きではなく、むしろ嫌悪すら感じている部分もあるので、多分大丈夫だとは思うのだが、ここ最近の自身の涙腺の緩さを考えると、あまり楽観もしていられない。

引き締めていくぞ。涙腺。




昨日、施設にいる祖母が発熱し感染が確認されたそうだ。今の体温は39.3℃。もちろん会いに行けない。こんな見送りだけは勘弁だ。

3月3日(木)

雛祭りだ。

普段、野良猫のような薄汚れた装いで子どもは保育園に登園しているが、年に何度か思いきりお洒落をしてきてよい特別の日があって、そのひとつが雛祭りなのである。

でも、今年の雛祭りは、保育園の他クラスでまた再び複数の感染が確認されたため、お洒落登園は中止となり、子どもも普段どおり、野良猫のまま登園した。

今現在、施設にいる祖母は、感染による高熱と孤独に戦っているところだ。我々は会いに行けない。祖母の施設でも複数の感染が断続的に確認され続けている。

子どもと高齢者を犠牲にしながら、この国は、この社会は、このまま消耗戦を続けるのだろうか。

本当に酷い状況だ。




去年は毎日しっかりやっていた語学学習サイトのレッスンだが、今年に入ってから自分でも驚くほど興味が薄れ、まったく一度もどころか、サイトにアクセスすらしていない。うむ。なんとかしなくては。

3月4日(金)

ここ数日、深夜に子どもが身体を痒がるので、家族揃って寝不足の日々が続いている。外出制限が明けて初めての一週間通しの日常生活なので、子どもにも負荷があるのだろう。

さて、まだまだ先行きの見えないウクライナ情勢だが、先週末、ウクライナ侵略の抗議に飯倉のロシア大使館を訪れた際、大使館前に右翼団体と街宣車しかいなくて「こりゃあ、どうしたものか」と思っていると、右翼団体がちゃんと侵略戦争反対を訴えているので、少しだけ一緒に抗議の声をあげてから渋谷駅前の抗議活動に合流した。

まさか右翼団体と一緒に抗議をする日がやって来るとは思ってもみなかった。

あと、今朝方、ネットニュースで銀座のロシア食材店の看板が壊されたという記事を見かけた。いつも私がペリメニやピロシキやスィロークを買っているお店だったので心が痛んだ。ロシア食材店とは言っても、店主はウクライナの方だし、そもそもやり口が完全なヘイトクライムだ。

大使館前の右翼団体の方がよっぽどまともに見える。

嫌な世の中だ。




先月できなかった就学に関わる諸々の手続きを済ませなくてはならないが、基本的に休暇を取らないとできないことばかりなので本当に困る。中身も煩雑で前時代的だし。

3月7日(月)

週末は子どもの自転車の練習に長い時間を費やした。

普段は諦め癖の強い面のある子どもだが、自転車の練習に取り組む姿勢はかなり積極的で前向きだ。ちょっとやそっとの失敗ではへこたれない。目に見えて上達していくのが当人としても面白いのだろう。とても良いことである。

ただ一方で、普段、運動の習慣のない人間が、子どもの速度とはいえ、自転車に並走して小一時間ジョギングをするのも大変で、連日、疲労困憊の情けない父であった。

加えて、子ども当人としては、ピコピコピコと軽快にペダルを漕いで、景気よくサイクリングしているつもりなのだろうが、極度に心配性の私としてはハラハラドキドキの連続で、子どものハンドル操作が覚束なくなる度に寿命が縮む思いで見守っていた。

おかげで、色んな汗がダクダクにまみれた週末の夜は、いつもより早く麦酒が進むのであった。




祖母の発熱は37℃台まで下がり、今は小康状態を保っているそうだ。なんとかこのまま無事に切り抜けて貰いたいと、強く思う。

3月8日(火)

ちょっとしたきっかけから、取引先相手にデザインのレクチャーのようなことをすることになって、幸いにもまずまずの好評を得たのだけど、自分を見失っていくような気がしたので、同じような話が来ても今後は断ろうと思う。

柄でもないことは引き受けないに越したことない。

子どもの卒園に関わる記念の物品に関して、私の職能を知るお母さん方から声が掛かったが、私が関わると暗黒系卒園アルバムのようなものができあがってしまうので、辞退させて頂いた。

柄でもないことは引き受けないに越したことない。




そんな事を考えていたら、今日、友人から妙な依頼が舞い込んできて、内容が実に妙なので引き受けることにした。私の柄にぴったりな実に妙な依頼だ。

3月9日(水)

前からずっと気になっているクラブイベントが来月半ばにあるのだけど、我が家としては子どもは就学、妻は就職と、二人同時に来月から新生活が始まるので、どうしたものかと悩んでいたら、子どもからも妻からも、私たちのことはいいから行ってこいと言われた。

さて、どうしたものか。




卒園式で担任の先生に渡す手紙を書かなくてはいけなかったのだけど、夕飯の片付けをしている最中に、子どもが自分で文面を考え、デコレーションや写真配置も含めて、余すところなく完璧に手紙を書き終えていたのだった。

感心しながらも、少し寂しい父である。

3月10日(木)

こないだ、子どものスイミングのレッスンの時に、保護者観覧席で子どもの様子を眺めていたら、隣に座っていたお母さん3人組の会話が聞こえてきた。

Q子
―― もう卒園の準備した?

G美
―― うん、下の子はお姉ちゃんの時のでいいかなと思って。

D代
―― 問題はパパだよね。本当に困る。

Q子
―― そうそう。パパに任せると平気で仕事用のネクタイしてくるくせに、こっちで用意するとぶつぶつ文句言うんだよね。

G美
―― うちのパパなんか、お姉ちゃんの入学式の時、底がこんな斜めになってる靴履いてっちゃって、本当に恥ずかしかった。

D代
―― うちは上の子の卒園に合わせて買ったパパのセットアップが下の子の時には入らなくなってて、なんでパパが成長してんの? て思ったよ。

Q子
―― 子どもよりもパパの方が悩ましいよね。

G美・D代
―― そうだよね。



とまあ、会話の大筋はこんな内容だったが、私の頭は疑問符だらけで、クラクラしてきてしまった。とりあえず「パパ」とやらよ。そんな生き様で恥ずかしくないのか?

というわけで、明日は子どもの卒園式です。




私の使っているメインバンクが、ここ数年システムの不具合続きで、どうしたものかと悩んでいるのだが、結局、諸々の口座変更手続きのことを考えると二の足を踏んでしまう。てか、ちゃんとシステムを改修しろよ、という不満。

3月14日(月)

朝のうちに雨はあがり、家を出る頃にはすっかり晴れた。

今日はこのまま良い天気のうえ、だいぶ暖かくなるそうなので、春の軽やかな装いに合わせて真っ白なスニーカーで出掛けたのだが、保育園の玄関で子どもの泥だらけの靴にべったり踏まれた。

うむ。

靴を替える時間がなかったので、子どもの靴底の跡がくっきりついた白いスニーカーのまま、気持ちを新たに職場に向かった。

職場のある地下鉄駅から地上にあがり、雨に洗われたばかりの開花間近の桜並木が発する清々しい熱気を感じながら、やはり今日はとても素敵な一日になりそうだぞ、などと根拠のない期待に胸を膨らませ、並木を抜けた見晴らしの良い交差点で、気持ちの良い青空の下で信号待ちをしていると、目の前で車とバイクが激しくクラッシュした。

うむ。




幸いにも、点数稼ぎに出張っていた交通課の警察車両がすぐ近くにいたので、諸々の対応はそちらに任せましたが、バイクの運転手は相当なダメージを受けた様子でした。とても心配です。

3月15日(火)

先週の金曜日、子どもの保育園の卒園式に参加してきたのだけど、たまたまなのかなんなのか、列席しているご家族のほぼ全員が申し合わせたように濃紺か黒の装いだったので、間違って通夜か葬式の会場に来てしまったのか!? と、一瞬戸惑ってしまった。

その中に一組だけ、晴れやかな場に相応しく季節感にも溢れた装いの、コーラルピンクのワンピースのお母さんとホワイトスモークのスーツのお父さんという、調和のとれた素敵なご夫妻がいたけれど、他は漆黒の闇であった。

たかが装いだけれども、親御さん自身ももうちょっと思い思いの感じを出してもいいんでないかね? 駄目かね?

それとも、たまたま思いが同じになってしまったのかね?




ちなみに我々は、妻が月白の着物に青磁の帯を合わせ、私が赤紅と墨のセットアップ。お世辞にも式典に相応しいとはいえないかもしれないし、お互いちぐはぐな出で立ちだが、お互いに晴れやかさや目出度さを意識し、これだという装いで参加した。

3月16日(水)

明日は三回目のワクチン接種だ。

何も考えず直近で空いてる日に申し込んだのだけど、ワクチンの接種日と接種翌日の二日間を特別休暇として休むよう会社より通達されているため、週末の三連休と合わせて思いがけない五連休となってしまった。

もちろん職場からは「もうちょっと空気読めよ」という圧を多少なりとも感じるが、ウィルスは空気なんか読んでくれないのだから、ワクチン接種も早いに越したことはないのではないだろうか、という圧をお返しする。

そして副反応よ。お前は空気読めよ。分かってるな。




というわけで、しばらく無敵になるので、みなさん一緒に遊びましょう。そうしましょう。

3月18日(金)

昨日の午前中にワクチン三回目を終えたのだが、午後はなんなくやり過ごせたので、これならこのまま何事もなくいくかな、と思っていたら、あまりの腕の痛みに深夜に目が覚めてしまった。

すぐに鎮痛解熱剤を飲んだが、薬が効いて来た頃にはもう朝で、熱ではなく寝不足と痛みで今日の午前中はずっと伏せっていたが、なかなか痛みが引いてくれずに難儀した。

これが最後のワクチンになって貰いたい。本当に。




午後は「北の国から」を見ていました。「北の国から」には大切なものが全てつまってる。Netflix ドラマなんか見てる場合じゃないな。

3月22日(火)

週末、アイドルグループ「BTS(防弾少年団)」のコンサートが数年ぶりに行われ、その様子がライブ配信されるというので、なぜか我が家で視聴会が開かれた。

しかし視聴会といっても、我が家にはテレビが無く、ラップトップの14㌅モニタが最大にして唯一の投影機材のため、妻を含めたBTSファン(ARMY(アーミー)を満足させるには、あまりにも貧弱だ。

そこで、ネットで見つけたデバイスレンタルサイトから、最大100㌅まで投影可能なプロジェクターを借りたのだが、このプロジェクターが想像以上にコンパクトかつハイモビリティなうえ、とてもパワフルな優れものだったのである。

これはアリかも。

久しぶりに物欲を駆り立てられる製品に出会ってしまい、BTSそっちのけで夢中になってしまった。




しかし、アイドルファンとは自分からかくも遠い存在なのかと、あらためて感じる一日でした。まあ、理解は難しいかもしれませんが、夫婦関係にも影響することなので、できる範囲で共感していこうと思います。

3月23日(水)

いくら三寒四温と言っても、ちょっとこれはやり過ぎだと思う今日このごろ。ちょっと寒すぎるぞ。

さて、先週末に起きた地震だが、おかげさまで我が家には被害はなく、あらためて災害時の備蓄品の見直しをしないといけないなと思っていたのだが、去年、車の追突でぐしゃぐしゃにされながらも、綺麗に修繕してもらった玄関周りのポーチの柱や梁に、地震の影響かもしれない損傷を発見した。

うむ。

ちょっと放置してはおけない感じなので、とりあえず工務店に相談しなくてはならないのだが、こういう場合どうなるのだろうかな。

うむ。

いずれにせよ、ちょっと寒すぎるぞ。




しかし、去年10月に引き続き今回も夜の地震でしたが、もしこれが平日の日中だったらと思うと、寒気しかありません。

3月24日(木)

5年に渡る保育園生活も残すところ一週間となった。

毎日の送り迎えも、あと数回で終りになるのだが、正直言ってあまり実感が湧かないし、4月からの新しい生活についてもうまく想像ができない。気持ちの整理も準備も何もできてない状態だ。

つまり、なにを心配しているかというと、心の準備できていない状態で、涙腺の具合がどうなるかよく分からないことが心配なのだ。登園最終日がとても不安なのだ。




卒園式こそ、私の個人的な怨念によって涙腺崩壊を回避することができたが、今度こそちょっと分からないぞ。本当にまずいぞ。

3月25日(金)

今朝、妻は一年通った和裁学校の卒業式のため、晴れやかな和装姿で家を出ていった。

コロナ禍のもとで授業が圧縮されながらも、課題提出や国家資格の基準は変わらないので毎日のように夜なべをし、家事育児もこなしながらの二足の草鞋のため、働いている時よりも過酷な日々だったのではないかと思う。

一方、新しい知識や技術を身に着けていく喜びとか、クラスメイト同士ならではの話題とか、学生生活を楽しんでいる妻の姿はとても生き生きとしており、羨ましくも感じたものである。

子どもは卒園・就学。妻は卒業・就職。私は現状維持。

約一名を除いて、心機一転の我が家の春である。

3月28日(月)

勤務開始までの束の間の春休み中の妻が、今朝、子どもの保育園の送り届けをやってくれるというので、久しぶりに時間や気持ちに余裕のある朝になる筈だったのだけど、なんだか手持ち無沙汰で居心地が悪くなってしまい、だいぶ早めに家を出てしまった。

来月(今週末)から我が家は色々と変化を迎えることになるのだが、一番変化の少ない筈の私が今からこんなんで大丈夫なのか!?




昨日、ちょっとしたオヤツやオツマミを持って、近所の河原に家族で花見に出掛けました。できれば今週末にも行きたいけれど、花は持つかな。

ブルーシートがびっしり敷き詰められていたかつての花見の異常さが、今や懐かしい。

3月29日(火)

このところ、子どもに対して感情的になることが重なり、自己嫌悪も含めて、とても嫌な気分が続いている。

子どもはすぐに自分を取り戻しているのに、私のほうがけじめ無く燻っていたりするのも実に情けない気分だ。

これが仕事とか別のことであれば、うまく距離をとってやり過ごせるのだが、子どものことなのでそうもいかない。

難しい。子育てとは実に難しい。




うちの子どもには、自分を過剰に振る舞うことで、人の注目や注意を引こうとする面があるのですが、それがなかなか厄介で、頭ごなしに叱っても良い面が削がれてしまいますし、かと言って変に助長するのもあまり良くないですし。

よく分かりません。

3月30日(水)

入学や入社や異動や転勤などなど、物事をある時点で完全に切り替えることに昔から違和感を持っている。

我が家に関わることだと、子どもの就学について言えることだが、年始ぐらいから週1日ぐらいで小学校に通い始めて、徐々に通学日数を増やしていき、4月に合わせて完全移行ということでは駄目なのだろうか。

切り替わる側としては、こうした移行期間があるとだいぶ楽だと思うのだけど、どうなのだろう。

もっと緩やかな切り替えではいけないのか?

物事にケジメを付けることが下手で、物事の変化に付いていくのが苦手で、気がつくと置いてけぼりになっていた私は、いつもそう思って生きてきた。

5年間、欠かさず続けた保育園の送り迎えの日課が、明日で突然無くなるなんて言われても、変化が大きすぎてちょっとよく分からないよ。

3月31日(木)

朝、彼女なりに思うところがあるのか、なかなかベッドから出てこない子どもを、どうにかこうにか引っ張り出して、いつもより努めて優しく、朝の準備を促す。

保育園の送り届けは春休み中の妻に任せ、妻子より先んじて私は仕事へ出掛ける。

出掛け際に「お迎えは父ちゃんが行くからね」と子どもに伝えると「お迎え最後だね」と子どもに返された。突如として何かが込み上げてきたので、そそくさと玄関をあとにする。

今日は夕方から雨の予報だ。

やれやれ。最後のお迎えは雨の中か。傘を忘れたふりをすれば、ちょっと誤魔化せるかもしれない。




今日で終わりで明日から始まりなんて、やっぱりちょっと唐突すぎると思ってしまう親心。