2024年 6月
6月3日(月)
土曜日、雨天が心配されていた運動会は、なんとか無事に開催され、子どもの所属する白組の優勝で幕を閉じた。
とても熱心に応援や競技に参加し、優勝発表の際には全身で喜びを表現する子どもの姿からは、入学当初の登校拒絶の頃とは別人ではないかと見紛うほどの大きな変化を感じた。
運動会の後、観戦に来てくれた私の父母も交えて一緒に昼食を食べに行ったのだが、運動会での姿とは裏腹に当の主人公は終始素っ気なく、食事を終えると友だちの家に遊びに行ってしまった。
うむ。
これもまあ変化っちゃ変化か。
結局、翌日日曜日は朝から甘え放題、文句言い放題、わがまま放題で、いつも通りの子どもの姿に逆戻り。
親が思い描く子ども像と実際の子どもの姿との乖離には、今後もずっと翻弄されるのだろう。
うむ。
今日は振替休日で学校は休みで、妻が有給休暇を取ってどこかへ遊びに連れて行こうと計画していたようだが、子どもは学童クラブへ行ってしまった。
子どもが友だちの家に遊びに行っている間に、ずっと気になっていた釣具(ロッドとリール)の現物を見に釣具屋へ行ったのですが、想像と少し違っていたので、またいちから再検討する必要がありそうです。
ついでに古本屋にも寄って、ずっと欲しかった絶版漫画全14巻のうち1~5巻までが叩き売りされているのを見つけたのですが、散々悩んだ挙げ句に買わずに帰ったことを、今になってもの凄く後悔しています。
6月4日(火)
昨晩、寝る前に子どもに本を読んでやっていたら、雨の降る音が聞こえてきた。子ども部屋には天窓があるので雨音が響く。
だんだん雨脚が強くなり、本を読む声も聞こえづらくなってきたので、子どもが「もう! ウルさい! はやくやめっ!」と、かなり強い語気で叫んだ。
まあ、気持ちは分からなくもないが、ちょっと乱暴に過ぎるので、「そんな強く言わないんだよ」と嗜めたところ、返事がない。あれ? どうした? と思っていると、すぐに子どもの寝息が聞こえてきた。
はて? あれは寝言だったのか?
家の窓の漏水工事の件で、とりあえず一方の業者に断りの連絡を入れました。
ちゃんと断れた俺。偉い。
6月5日(水)
気分が沈むので詳しくは書かないが、昨晩は子どもの目に余る言動が重なり、久しぶり? に夫婦ともに辟易してしまい、雰囲気の悪いまま就寝した。
流石に子どもも悪いと思ったのか、今朝は殊勝に振る舞ってはいたものの、反省や謝罪の弁は聞かれず、気分の晴れないまま出社した。
生活情報誌のありふれたキャッチコピーみたいで何なんだが、私は「丁寧で静かな暮らし」を心から追い求めているおじさんだ。できる限り日常生活に感情の起伏を持ち込みたくないのだが、子どもと生活している以上、それは諦めたほうがいいのかもしれない。
うむ。
まあしかし、最近はしばらく「丁寧で静かな暮らし」を実践できていたこともあり、少々気を抜いていた面もある。
月曜日は振替休日だったので、昨日が実質的な週明け一日目、つまり我が家にとっての鬼門であることもすっかり忘れていた。理想を実現するための努力を怠っていたのだ。
いかんいかん。
こないだ妻が、とある大学の授業でちょっとした講義を行ってきたようなのですが、来週は私が、職場の顧客相手にちょっとした講義を行う予定です。
夫婦で偽講師みたいなことをしています。
6月6日(木)
もうやってらんねぇ。ほんと。
ここには詳しくは書かないけれど、また昨日も、子どもの身勝手極まりない態度にほとほと嫌気がさし、これ以上子どもと一緒にいると、口だけでなく色んなものが出てしまいそうだったので、妻子の食事の支度をしてからすぐに家を飛び出し、近所の河川敷に逃げたのである。
残念ながら、お気に入りの場所には先約がいたのだが、河川敷は広いので居場所はどこにでもある。川風に当たりながら空きっ腹に缶ビールを流し込むと、身体と気持ちの火照りが自然と和らいでくる。
河川敷はクールダウンににうってつけの場所だ。本当に救われる。
歩いていける範囲に河川敷があるから、まだどうにかやっているけれど、近所に河川敷がなかったらとっくに家庭崩壊だ。
うむ。
まあしかし、ちょっとだけ贅沢を言わしてもらうなら、近くに海岸もあったらなお良かった。なぜなら、もし日常生活の中に海があったら、もう少し穏当な親子関係を築くことができたかもしれないと思ってしまうのだ。
ほら、だって海って、偉大だし。
家に戻ると怒りが再燃してしまい、うまく眠れそうになかったので、猫関連動画を見ていたら深夜二時を軽く超えてしまっていました。
眠い。
どんな凶暴な野良でも、だいたい三ヶ月もあれば、猫はとてもよく懐いてくれるようです。今の私からすればちょろい。
6月7日(金)
ここのところ、子どもの身勝手さに色々とやってられない毎日だが、こんな時に限って妻が大阪出張で不在のため、昨晩は子どもと二人きり。
なんでやねん!
そんなわけで、昨日は帰宅する道すがら、今夜はどうなることかと気を揉んでいたのだが、ここ数日のような子どもの身勝手な態度はぱたっと鳴りを潜め、時に茶目っ気を垣間見せつつ、終始聞き分けの良い素直で明るい子どもだったのである。
うむ。
おかげで食事も風呂も寝支度もかなり円滑に運んだため、身体も心も軽やかに伸びやかに過ごすことができたのだが、そのあまりの変貌ぶりから、意図的に態度を軟化させているのではないかという印象もあり、それがむしろ少し癪に障るのであった。
ちなみに今晩も子どもと二人きり。
今夜こそ、どうなることやら。
職場の機構改革の一環として、職場の入退室がカードキーで行われることになったのですが、出退勤管理は今まで通り別のカードリーダーで行われるため、ただカードが一枚増えただけで、なんの利便性も感じません。
しかも、どちらのカードもデザインがまったく同じなので、利便性どころか、むしろ混乱を招いています。
6月8日(土)
今日はかなり久しぶりの土曜日出勤。
土曜日なので、ハーフパンツにサンダルという出で立ちで出勤しても特に問題はないのだが、上司や管理職に会うと何かと嫌味は言われるので、馬の耳に念仏的なスルー耐性をしっかりつけている。
土曜日に出勤させる方が悪いのだ。
うむ。
それはさておき、土曜日に限らず平日も、例年であれば、そろそろサンダル履き通勤を始めている頃なのだが、今年度の初め頃から続く通勤電車の慢性的な激しい混雑により、サンダル履きでは危険を感じるので、まだ始められていない。
まったく困ったものである。
たしか4年前に「満員電車ゼロ」とか言って、知事になった人がいたと思ったのだが。あの公約はどうなったんだかな。
昨晩も、まずまず穏当な夜を過ごすことができ、土曜日出勤も控えているので、安眠が得られるかなと期待したのですが、早朝にちょっとした粗相の対応に追われたため、出勤前にだいぶ疲れてしまいました。
今夜はしっかり眠りたいです。
6月10日(月)
昨日、川向こうの公園へ子どもと一緒に遊びに行った。
少し遠いこともあり、川向こうへ行く時は、いつも子どもを自転車の後ろに乗せて遊びに行っていたのだが、昨日は子どもが自分の自転車で行きたいと言うので、単独で走行した。途中挫折も考慮に入れて出掛けたが、行きも帰りも難なく走破。
うむ。なるほど。
しかし、相変わらず川向こうの公園では、腕白で逞しい子どもたちの姿が散見される。見方を変えれば、荒っぽくて激しいとも言えるのだが、まるで私が小学生だった35年前のような、懐かしい風景が個人的には好ましい。
しかし、そんな光景を、うちの子はただ遠巻きに眺めているだけ。
うむ。まあ仕方なし。
今度は子どもの友だちも連れてきて、皆で遊ばせてみるか。
去年から自身の最高体重を更新し続けています。
年齢も44歳なので、いよいよ本格的な中年突入といった感じで仕方がない部分もありますが、体型があまりにも見窄らしいので、ここ二週間ほど、ちょっとしたトレーニングに励んでいます。
まずは2~3分で完結する「腹筋×10回 → 腕立て×10回 → スクワット×10回」という基本メニューを定め、1日1回からはじめたのですが、二週間を経た今は、1日3~4回ぐらいをこなせるようになりました。
軽いメニューなので、まだ見た目の大きな変化はありませんが、負荷に対する耐性とともに、皮下脂肪下の筋肉の微細な締まりを感じはじめています。
目指せ! 夏おじさん!
6月11日(火)
去年の香港旅行の際、街歩きで散々文句を行っていたくせに、ホーランドロップ種(垂れ耳)のウサギのぬいぐるみを買って貰って、ほくほく顔で帰国した子どもである。
以降、ウサギのぬいぐるみは、香港名をホンウー(香港ウサギ)、日本名をタレミー(垂れ耳)と名付けられ、家の中ではもちろんのこと、外出時にも一緒に行動するほど、厚い寵愛を受けている。
うむ。
溺愛されているウサギなので、我が家での特別待遇はもちろんのこと、立派な邸宅まで用意(私が)されている。邸宅は気まぐれな増改築(私が)が繰り返されながら、徐々に間取りを広げ(私が)、日曜日には二棟目の邸宅の竣工式(私が)が執り行われた。
新邸宅にはこだわりのユニットバスも設置(私が)されているのだが、これほど迅速かつ的確に施主の要望に応じることのできる施工者(私)は他にいないので、もう少し敬ってほしいと思うものである。
私の通った美術大学では、様々な課題の実技科目において、年間4~6作ほどの作品制作が課せられた記憶があるのですが、卒業までの4年間をウサギの作品だけで貫き通した友人がいました。
今考えると大した物です。
6月12日(水)
近所の商店街で夕飯の買い物をしていたら、保育園からの子どもの友だちにばったり会った。子どもと同じ学校に通っているので、その子の話はたまに話題にのぼるのだが、私が直接会うのはかなり久しぶりのこと。
向こうの方から私に気が付いて、わざわざ挨拶しに来てくれたのだが、私の記憶にあるその子の幼い雰囲気は完全に消え去り、もうすっかり少女の佇まいに変化を遂げていたので、私の方が少し気後れしてしまった。
うむ。
まあしかし、この子たちも来年にはもうプレティーンの仲間入りを果たす年頃なのだ。自分の子どもだけ見ていると気が付きにくいのだが、ごく当たり前の変化なのである。
うむ。
やはり今回も、我が子の成長を間接的に思い知るのだった。
おそらく、学校の前に選挙ポスターの掲示板が設置されたからだと思うのですが、昨日、子どもたちに「選挙ってなにするの?」と聞かれたので、「選挙か…」と、どこから説明したらいいものか、と悩んでいたら、「分からないならいいから!」と、言われたので、「まず東京って知ってる?」と尋ねたら、「馬鹿にしないで!」と怒られてしまいました。
こども電話相談室って凄いと思います。
6月13日(木)
今日は職場の顧客相手にちょっとした講義を行う予定なのだが、昨日から喉がガビガビ痛みはじめ、今朝、起きてみると頭痛と倦怠感まで出てきてしまった。
熱が無いのが不幸中の幸だが、午後の3時間を上手く乗り切れるか。代理が効かないだけに、なかなか厳しい状況だ。
まあしかし、体調が悪かろうがなんだろうが、私ができることはたかが知れているので、なるようにしかならない。気負わず気楽に挑むしかない。
うむ。
でも、この否が応でもやらなければならない感じ、中学や高校の定期試験以来で、本当に苦手だ。来年は断ろうかな。
昨日、子どもから憲法何条が好き? と聞かれ、えぇ? なんで? と思いつつ、9条と25条かな、と、条文の内容をかろうじて知っている条項を応えると、私と〇〇ちゃん(子どもの友だち)は14条が好きなんだ。私は11条もいいと思うけど。とのこと。
どうやら『虎に翼』の影響のようです。
6月17日(月)
先週木曜日の顧客相手の講義には、デザイナーや教師や編集者や広告代理店などなど、さまざまな職能業種の20名を超える方々が参加された。
それを迎え撃つ私の方は、風邪の初期症状の頭に靄がかかった感じや、頭の奥の妙な火照りや、身体の重苦しい倦怠感や、喉の痛みを堪えながらも、講義途中に挟もうと仕込んでおいた事例紹介や気の利いた挿話は全て吹き飛ばし、なんとか三時間のメニューをこなすのが精一杯の状態だった。
結局、翌日金曜日は精魂尽き果ててしまったため休みを貰い、週末もほぼ寝込んでしまっていたが、万全とは言わないまでもなんとか恢復に至ったのだが、慣れないことをして、知恵熱で寝込んでしまったような状況になってしまったため、決まりの悪い感じの出勤となった。
ところが、意外にも周囲の対応は温かく、逆にそれはそれで、なんだか同情して気を遣われているみたいで更に心を硬くしたのだが、講義を企画した営業マンがやってきて、私の講義が大好評だったので、近々、また違った形のものをお願いしたい、とのこと。
もちろん、即答で断りを入れた。丁寧に。
うむ。
その後しばらくして、子どもが吐き戻していると学校から連絡があり、三連休明けの出勤はそのままトンボ帰り。
迎えに行くと予想以上に辛そうな子どもの姿に動揺。帰りがけに校門でも吐き戻したので、これはちょとやばいかな、と思ったのだが、家に帰ると不思議と落ち着き、少し横になったあと、お腹が空いたと言って麩菓子をバクバク食べたかと思うと、今度はぐっすり寝てしまった。
起きたら病院へ連れて行こうと思うのだが、熱もないので軽い食中りか何かか。朝に食べさせた昨日の残りごはんのおにぎりが悪かったのかも。反省。
今週末にはちょっとした催し物があるので、体調管理には重々気をつけていきたいと思います。
6月19日(水)
昨日も子どもが若干の腹痛を訴えていたので、大事をとって学校はお休み。私も病み上がりだったので子どもの付き添いを兼ねて二人で養生。
そんなわけでなので、午前中、子どもと一緒にゴロゴロしていたら、私も一緒に寝てしまった。昼前に目を覚ますと、隣にいた筈の子どもの姿が消えていた。居間を覗いてみると、子どもが食卓で何やらやっているので、何やってるの? と訊ねると、暇だったから昨日の宿題を終わらせ、今は自習中、とのこと。
うむ。
まだお腹の調子が良くない気がする、と言うので、子どもの昼食にはお粥を作り、私は饂飩。調子が良くないという割には自分のお粥をさっと食べ終え、饂飩ちょっとちょうだい、と言うので、少し分けてやると、その後も何度かおかわりをねだられ、結局、私の饂飩は半分ほど食べられてしまった。
事実上の全快宣言。
午後も私はこんこんと眠り続けてしまったのだが、子どもは自由気儘に過ごしていたようである。
なんだか立場逆転。
今日から水泳がはじまるので、子どもは張り切って登校していきましたが、喉や頭の痛みこそ治まったものの、咳と鼻水に苛まれた老体に鞭打って、父は出勤しました。
6月20日(木)
子どもはもうすっかり元気で、昨日は友だちと大喧嘩して帰ってきたようだが、私の方は相変わらず咳と鼻水が継続中。体調不良の回復を子に追い越され、子の成長と自身の老いを同時に感じる。
うむ。
さて実は、昨日から妻が出張で家を空けており、必然的に父子二人きり生活なのだが、妻の出張にはもう流石に慣れっこになってきているので、日常生活のうえでは大した苦労も障害もなく、むしろいつもより円滑に進む面もあったりなかったり。
まあそんなわけで、今朝は子どもの見送りに私が出ていったのだが、通りの角まで出て行くと、保育園の時にお世話になった保育士さんとばったり出会い、そこにちょうど同じ保育園だった友だちも登校して来たので、路上でプチ同窓会。
保育士さんの話では、ちょうど昨日、子どもたちと同じ学年の卒園生が、子どもたちだけで保育園に遊びに来てくれたそうだ。
ふむ。不思議といろいろ重なるものだ。
しかし、卒園してもう三年。子の成長と自身の老いを同時に感じる。
今度、初めての父子二人旅の予定があり、無事に飛行機に乗れるのか !? 乗り間違えて別の場所に !? などなど、子どもはとんでもない心配ばかりしているようですが、父は他の心配事が山積です。
さてどうなることやら。
6月21日(金)
父ちゃんと飛行機に乗るのが心配で寝れない、と言って深夜に子どもが起きてきて、結局、朝方までふにゃふにゃして、父子ともに寝不足の朝を迎えた。夏至の朝は生憎の雨。父はどれだけ信頼されていないんだろうと考えると、これはまさに嘆きの雨である。
うむ。
北欧の仕事相手から、しばらくバカンスに出るから連絡が取れなくなる、という旨のメールを立て続けに受け取った妻は、これはバカハラだ! と冗談を言っていたが、白夜の国の彼らにとって、一年で一番日の長い夏至前後の長期休暇が、いかに血湧き肉踊る貴重な時期だろうかとも思う。
残念ながら我が邦の夏至の時期は入梅のことが多く、実際、今日もしっかりした雨模様でもあるので、夏至の本当の威力を感じることはできないのだが、かつてこの時期にアメリカの東海岸に二度ほど行ったことがあるのだが、まあ、なんとこれは生命漲る美しい季節なのだろうかと実感したものである。
夏至。
昨日、子どもと子どもの友だちと一緒に、友だちのお母さんの帰りを駅で待っていたのですが、同級生を見つけた子どもと友だちが改札から離れて行ってしまい、そこに友だちのお母さんが帰って来てしまい、なぜか私だけがお母さんを待っているという謎の構図ができあがっていたのでした。
6月25日(火)
さて週末金曜日。先んじて父子二人が博多へ飛び、後から妻が出張先より合流する、という今までにない旅程に挑戦してみた。
当初は父子二人ではなく、友人家族も一緒に博多へ向かう予定だったのだが、パートナーの急な怪我により当日キャンセルとなり、やむなく二人で博多へ向かうことになった。
友人に計画の大部分を一任していたため、我々二人はノープランで博多の街に放り出されたわけだが、とりあえず腹ごしらえに、目星をつけていた店に訊ねるも、金曜の夜だったため既に満席。もう一軒の店は子連れ不可。
うむ。
まあ仕方ない、こうなったら屋台もいいなと思い直し、中洲の川沿いに向かおうと思ったのだが、友人家族の突然のキャンセルや、知らない街での思いがけない二人行動が相俟って、子どもの緊張が極限に達し、しゃがみ込んで街中で泣きはじめてしまった。
無理せんでよか。
というわけで、博多の初日の夜はホテルでコンビニ飯。
ゆっくり食べんね。
今回の旅行は、出発前の妻の不在や帰宅時間の遅さから、週明けの円滑な始動が危ぶまれましたが、事前準備が功を奏し、子どもの宿題には苦労しましたが、無事に日常生活へ復帰することができました。
6月26日(水)
博多旅行のその後については、後から妻が合流し、翌日に博多の友人が合流する頃には、子どもはいつもの調子を取り戻し、最後まで旅行を楽しんだ。
博多から糸島へ周遊した今回の旅は、まだ子どもが1歳だった8年前とメンバーも旅程もまったく同じで、当時、帰りの福岡空港で子どもが突然歩きはじめたことが懐かしく思い出される。
うむ。
さて、そんな旅から日常生活に戻り、今日は学校の演劇鑑賞会で子どもは日生劇場へ。お昼は日比谷公園で妻の特製弁当。妻が私の弁当も作ってくれたので、私は愛妻弁当持参出社。そして妻は満を持しての久しぶりのリモートワーク。
とまあ、順風満帆の日常生活のようにも思えるのだが、旅行前後から子どもの様子が少し不安定気味で、家で突然叫んだり泣き喚いたりしたかと思うと、突拍子もない行動で我々を戸惑わせたりしている。
もちろん、一時的なものではあるとは分かっていても、身体も大きくなってきているため、声も力も大きく強く、そのぶん影響も大きい。一時的とは言え、こんなことがいったいいつまで続くのだろうか、と少し深刻に考えてしまう小心者の父である。
今週来週で学校や学童クラブの保護者会や個人面談が続きます。今はまだ学習状況や日常生活が主な内容ですが、そのうちに進路の話とかも出てくるんでしょうね。
はぁ。
6月27日(木)
口周りの髭を伸ばしはじめてだいぶ経つのだが、やはりまだ、口周りの感触や食事中の違和感には、なかなか慣れることができない。
更に、毛量も毛長もそれなりにあるので、抜け毛が目立ち、自分のデスクに髭の抜け毛が落ちていると、むむっ !? これはなんの毛だ !? と一瞬たじろいでしまう。
うむ。
さて最近、寝る前の時間を野良の子猫保護の動画ばかりを観て過ごしているのだが、気付くと日をまたいでいることも少なくなく、朝の家事にも支障が出てきているほどだ。
特に瀕死の状態で保護された子猫たちの、目覚ましい回復ぶり(保護した方の看護と介助の賜物)には勇気づけられ、日に日に変化する目まぐるしい成長(子猫の潜在的な生命力)には圧倒される。
というわけで、最近は思うところも色々あるけれど、髭と猫に一喜一憂しながら、呑気で幸せな日々を過しているとも言える。
段差があるところで寝てしまったため、腰を痛めてしまいました。少し痛いだけで途端に使い物にならなくなるので、腰って本当に大事だと痛感しております。
何もできないので、また保護猫動画を観てしまう悪循環。
6月28日(金)
朝刊を取りに玄関を出ると、雨宿りしていた黒ブチと茶サビの二匹の猫が、雨の中へサッと逃げていってしまった。家の周りで二匹で日向ぼっこをしたりして、いつも姿をみかける猫なのだが、ちょっと悪いことをしてしまった。
ところがその後、どこからともなく「ミィ ミィ ミッ」という成猫らしからぬ甲高い鳴き声が聞こえてきて、まさか !? とも思ったのだが、雨脚が強くなってきたので、それ以上の詮索はしなかった。
子猫保護動画の見過ぎがゆえの、幻聴だったのかもしれない。
うむ。
さて今日は、少し早めに仕事を終えて、子どもの学童クラブの個人面談に参加する。
おそらく学童クラブでお世話になるのも今年度で最後になると思うので、個人面談も最後。感慨もひとしおではあるのだが、今後の子どもの放課後や長期休みの過ごし方については、不安が無いこともない。
というか、不安しかない。
というわけで、来年は来年で、ひとつ試練の一年となりそうだ。
決して文庫化してはならないという、なかば呪いのようなものをかけられていたガルシア=マルケスの『百年の孤独』が、とうとう文庫化されてしまいました。
どうなってしまうのでしょう。
6月29日(土)
本日は全員出社日。
会社側から完全週休二日制の早期実施が提案されたのは、コロナ禍前のことである。
あれから早六年。我々従業員の不満は臨界点に達しているのだが、経営からは切迫感のない不誠実で独善的で見てくれだけの対応しかなされていない。
これはもう、ストライキ案件だ。
うむ。
さて昨日、子どもの学童クラブの個人面談では、指導員の方から学童生活での溌剌とした様子を報告受けたのだが、我々の方から家庭生活での突飛な行動や横柄な態度のことを伝えると、指導員の方は少し訝しむような表情で首を傾げていた。
学童での生活では気になる点は見られないそうなのだが、今年度から学童クラブの定員が無理やり増やされたことにより、子どもたちの生活スペースに制限が生じたり、年齢構成に不均衡が生じたりしているため、その皺寄せが特に上級学年の子どもたちに及んでいる部分があるので、もしかしたら、そうしたことが影響しているのかもしれない、とのことだった。
その後、他に気になるいくつかの点をやり取りしたあと、子どもたちの生活状況の見直しに加えて、しばらくの間、子どもの様子を注視をします、とのことで面談を終えたのだが、子どもの同級生の中には、学童クラブが窮屈だからあまり行っていないとか、好きなことができなくなってしまったから嫌い、などという子も出てきているので、指導員の方の話とも符合する。
数字だけの調整によって、一見すると拡充されたかに見える子育て政策だが、実態はこういうことなのである。どこもかしこも、切迫感のない不誠実で独善的で見てくれだけの対応である。
これはもう、革命案件だ。
うむ。
とうとう私は折り畳み傘を買うのか !? 買ってしまうのか !?
どうするんだ ?