2021年 6月
6月1日(火)

薔薇農園を営んでいる義妹の夫君の丁寧な指導の甲斐あって、我が家の紫陽花が今年は綺麗に咲いてくれた。

咲いてみて分かったことなのだが、我が家の紫陽花はガクアジサイだった。ホンアジサイの手毬のように可愛い真ん丸の花を期待していたので、ちょっとびっくりだ。

娘も「なかなか丸くならないなぁ」とボヤいているので、私と同じ勘違いをしているのだろう。

ガクアジサイの可憐な佇まいも素敵で良い。




友人に頼まれて作業を進めてきたキャラクターコンセプトとコピーの仕事が素敵な形で実を結んだ。

"cowokers" @THE BRANCH #coworking space #share office


文章で報酬を頂くのはこれが初めてのことなので、かなり嬉しい。

6月2日(水)

今日はゴミ収集の日なので、日々乱造されていく娘の創作物の整理削減を目論み、いつもより少し早く起きて作業にかかろうとしていたら、よりによって娘までもが早起きしてきたのであった。

なかなか思い通りにならない朝である。




娘の保育園で新型コロナウィルスの感染者が出ましたが、新たな感染者はいなかったようです。あと、ずっと臨時休館していた娘の通うスイミングスクールの営業が再開されたようです。

ひとまず。なんとかかんとか。

6月3日(木)

朝の着替えで、娘はお気に入りの服しか着てくれない。洗濯して乾いたばかりの服を着てしまうこともよくある。だから、特定の服だけがすぐにアセてヨレていってしまう。

傍から見るとだいぶ草臥れた服だけど、今日も娘はお気に入りのヨレヨレの服を着て元気に出掛けていく。

その一方で、新品同様のまま小さくなって着られなくなってしまう服もある。

うむ。

在りし日のスティーブ・ジョブズのように、同じ服を何着も用意しておいたらいいのだろうか。でも、同じ服の中から更なるお気に入りが出てきてしまいそうな気もしていまう。

うむ。




昨晩、ネットで娘のランドセルの注文をしようと思ったら、一番早い納品でも11月が最短でした。

てか、ランドセルってまだあったんですね。

6月5日(土)

今日は終日、便器交換と内装の工事が入っている。

便器が使えなくなることはもちろん、水回りの工事なので、色々と生活に制限が出てくるだろうと思い、妻と娘にはちょっと出掛けてもらった。

解体・施工時の音や臭い、水道を止めたり、機材を入れたり、やはり、娘が家で過ごすにはちょっと過酷な状況になったので、出掛けてもらって正解だった。

こうした状況に立ち会ってみると、我々が寛げる空間って、脆く儚く危うい前提の元で成り立っているのだなと実感する。


さて、水道が使えない状況で、俺の昼飯はどうすっか。あと、小便どうすっか。もう、色々とはち切れそうだ。




明日も工事の予備日になっているのだが、雨予報なので、ちょっとどうしよう。。。

6月7日(月)

朝5時に起きているというのに、今朝は朝食を食べる時間がなかった。

いったい、どういうことなんだ?
なかなか過酷な月曜の朝だ。

さて、まあこのように、5年間の子育て生活を経て思うのだが、我が家庭において「笑顔あふれる温かい家庭」なんて、夢のまた夢の話で、少なくとも私個人においての家庭とは、激しい変化に翻弄され続ける「過酷な最前線」と言った方がいいのかもしれない。

もうすぐ17時。

また最前線に戻る時刻だ。




昨日、我が家の雑巾をまとめて洗濯しました。雑巾にサヨナラするタイミングって難しいですよね。使えば使うほど情が移ります。

6月9日(水)

暑い。

あまりに暑いので、例年より一ヶ月ほど早く、風呂をシャワーだけに切り替えた。一応、夜は涼しくなってくれるので、まだ救われるけれど、今後が思いやられる暑さだ。

そういえば、コロナ前のオリンピックて、猛暑が一番の懸念材料だったよなと、ふと思い出す。

やるかどうかは分からないが、とりあえずオリンピック期間中に、ずっと消化できていないリフレッシュ休暇を申請することにした。




今朝も朝から娘に苛々してしまい、冷淡な対応をとってしまった。最近、朝が鬼門だ。

6月10日(木)

今日も今日とて暑い。

しかし、コロナ対策の一環として行った職場の配置替えにより、私の制作スペースがエアコンの吹き出し口付近に移動したせいで、今も長袖シャツにニットのカーディガンを羽織って仕事をしている。それぐらい寒いのだ。

なんというか、まったく。

そういえば昨日から、オリンピックの競技場がほど近い職場の周辺の街頭に、オリンピック関連の装飾が施されはじめた。この期に及んで、本当でやる気なんだな。

なんというか、まったく。




寝違えて後頭部の筋肉を痛めてしまいました。頭痛のような嫌な痛みが辛いので、バファリンを飲みました。チキン野郎です。

6月11日(金)

金曜日の朝は、いつもよりゆっくりめに起きるか、目が覚めてもベッドですこしダラダラして、ちょっと気分転換することにしているのだけど、今朝はいつもどおりの5時に娘に起こされた。

うむ。

まあ、朝早いのはいいのだけど、早く起きるなら、もう少し早く寝てもらいたいものだ。

うむ。




明日は久しぶりに土曜日出勤なのだけど、私がいなくて娘と妻はうまく過ごせるだろうか。とても心配だ。

6月14日(月)

娘の寝入っている朝の早い時間に、普段手が回りにくい細々した家事や自分の雑事をコツコツと片付けているので、最近の娘の早起きにはほとほと困っている。

朝ではなく、夜に片付けるという選択肢もあるが、娘の就寝時間が読めないうえに、朝5時に娘に起こされることを考えると、なかなか簡単には踏み出せない。

悩ましい。

今回の件もそうなのだが、子どもというのは、まだ野生の感覚が色濃く残っているせいなのか、季節によって生活習慣がころっと変わることがよくある。

規則的な生活習慣をこよなく愛する私は、社会に飼い慣らされてしまった哀しき存在であることを痛感させられる。

侮れない。




晩酌を常としている私としては、酒が提供されない飲食店からどうしても足が遠のいてしまう。更に言えば、子どもがゆっくり食べている時間をうまくやり過ごす術が、実は酒だったことに気付いたのである。

6月15日(火)

保育園に行く途中の八百屋には50㌢ぐらいのスッポンモドキが大きな水槽で飼われている。

毎朝、このカメの様子を娘と見に行くのが日課になっているのだけど、今朝は大将が「リクガメ出したよ!」と教えてくれたので、店の隣のご自宅の玄関脇の小さな庭を覗きにいってみると、50㌢ぐらいのホシガメがゴロンと転がっていた。

最低気温が20℃を超えるこの時期になってくると、ホシガメを屋外飼育に切り替えるのだ。まだ小さいのが2匹いるけれど、もう少し気温が上がるまで様子を見るそうだ。

そんなわけで、今日からホシガメの観察も日課に加わった。夏は目前だ。




競技会場からほど近い職場周辺の道路(歩道も)に今月末から通行規制がかかるそうだ。基本的に地域住民と周辺勤務者、そして、オリンピック関係者しか通行が認められないそうだ。

うむ。

6月16日(水)

今日は朝から雨がポツポツと降りはじめ、娘を保育園に送り届ける時と私が会社に出勤する時に限って、かなり盛大に降られてしまい、朝から二度の着替えを余儀なくされた。

今日はあと帰宅とお迎えが残っているわけだが、さてどうなることやら。




相変わらず娘の早起きが続いている。あと30分あればなんとかなるのに、と思うようなことがなかなかできずにいて、ストレスばかりが溜まる。

6月17日(木)

今日は夕方に保護者会がある。
以前は午後いっぱい使って、保育園生活の報告や紹介はもちろん、ちょっとしたワークショップやレクリエーションも行なってくれていた。

だから、保護者会がある日は夫婦で休みをとって、夫婦だけでちょっと特別なランチを食べて保護者会に参加する、ちょっと特別な日になっていたのだけど、今回は、夫婦どちらかの参加に限られ、予定時間も一時間に満たないので、私が時間休をとって参加することにした。

こんな状況なので、やってくれるだけマシといえばそうなのだろうし、保育園には感謝しかないのだけど、ささやかでかけがえのない夫婦の時間が奪われる一方、どうでもいい巨大イベント決行だけに血眼になっている政府や行政には怒りしか湧かないのである。




今朝の娘は比較的遅く(6時15分)まで寝ていてくれたので、台所と居間と階段の拭き掃除ができました。

6月18日(金)

昨晩、夕飯の後片付けを終え、ずっと我慢していた小便を景気良く放出しながら、次は寝る支度だなと気合を入れて、水を流そうとしたら便器が真っ赤に染まっていた。

思わずその場にへたり込んでしまった。

体調に異変はない。痛みや違和感も感じない。疲れやストレスも溜め込んではいないはずだけど、年齢によるものはどうすることもできない。いや、何かの間違いかもしれない。いや、万が一何かあったとしても、今、私が倒れるわけにはいかない。色々な考えが頭を巡り、その場からしばらく動けなくなってしまった。

その後、便器が染まっていた真相が判明し、私の血尿ではないことが分かったのだが、真相がわかっても、しばらく動揺が収まらなかった。

まあ、自分が倒れるわけにはいかないのだということを強く意識したわけだが、結構な絶望だった。




この件が原因かどうかはわかりませんが、今朝は寝坊しました。

6月21日(月)

日本男児たるもの、家族が袖を通す衣服ぐらいは、お天道さまに当てたいものだが、そんなささやかな願いもなかなか難しい季節になってきた。

今日も雨予報ではなかったが、大事を取って室内干しに甘んじた。梅雨の間は冒険せず、なるべく安全策をとっておこう。

ただ、梅雨が終わっても、夕立という強敵が立ちはだかるな。




滅多に鳴らない我が家の電話が鳴ったので、警戒しながら受話器を取ると、世論調査の電話だった。

ビビらせるんじゃないよ。

内閣支持率が下がっていたら、それは私のせいです。

6月22日(火)

保育園帰りに娘と図書館に寄ったら、隣の保育園に転園した仲の良かった友だちに、久しぶりに再会した。

在園当時、保育園にお迎えに行くと、よく二人で仲睦まじくじゃれ合う姿を見かけ、家でもよく話題にあがる子だったので、突然の転園は少なからず娘にも影響があったようだ。転園後もこの子を気にかける娘の言葉をよく聞いたものだ。

そんなわけなので、久しぶりの再会は、さぞかし盛り上がるだろうと思っていたのだが、相手の反応は意外にもそっけなく、娘も気後れしてしまったのか、かなり淡白なやり取りでその場をあとにした。

帰りの自転車の後部座席で「〇〇ちゃん、ちょっとお姉さんになってたね」と呟いた娘に、私の胸は締め付けられるのだった。




昨日、図書館に返し忘れた本を、今朝、保育園に行く前に返却ボックスに返すため、七時過ぎに家を出ましたが、もうなんか、仕事に行く前にとても疲れました。

6月23日(水)

昨日、保育園に行く前に図書館に返却しなくてはならない本があったため、朝の七時過ぎに家を出て、河川敷の土手を下流に向かって自転車を走らせていたら、一級河川を挟んだ対岸の練習馬場で、数頭のサラブレッドが気持ちよさそうに走っている姿が見えた。

あちらさんも、朝からやってるな。

早起きできた日は、たまにはこうして川の風を感じるのもいいものだな、などと思いつつ、とにかく図書館へ急いだのだった。




馬の姿に興奮した娘は、まるで騎手になったかのように、私の背中を叩きまくっていました。

6月24日(木)

昨晩の晩御飯は、妻が香辛料たっぷりのカレーを作ってくれて、本格的でとても美味しかったのだけど、久しぶりに刺激が強いものを食べたせいなのか、今朝の通勤電車では腹がゴロゴロで、途中下車して事なきを得た。

そんな訳なので、緊急事態宣言がようやく明けて、外食したい気持ちはあるけれど、腹の弱体化がとても心配なのだ。

でも、カレーって薬膳料理だったよな。




「今日はプール開きと友だちの誕生日と2つもお祝いがあるから嬉しいんだ」と言って、張り切って保育園に登園した娘でした。

6月25日(金)

三度目の緊急事態宣言が解除されて最初の週末になる。

土曜日は梅雨の晴れ間になりそうなので、どこかに出掛けたい気持ちはあるけれど、早くも感染者が増加傾向にあるので、どうしたものかと悩み中である。

しかし今のこの状況、都議選も告示されたので、有権者としては然るべき判断をしなくてはいけないよな。




今朝も練習馬場を経由して登園したのだけど、残念ながら、サラブレッドは一頭も走っていなかった。天候の影響か、レースが近いのか、はたまた。

6月28日(月)

週末、中華街に買い出しに行った際に、文豪所縁の店で昼食をとったのだけど、文豪とか所縁とかそれ以前に、食事と共にする一杯のビールの美味いことと言ったらもう。

しかし、早くも首都圏は完全にリバウンドしてしまっている状態なので、近々、また禁酒令が引かれることになるのは確実だ。外食時に手放しでビールが飲めるのはいつになるのだろう。

この恨みは絶対に忘れないぞ。




娘の脇の下に水イボができてしまったので「父ちゃんも小さい頃にお股にできたことがある」と娘に教えたら、娘は友だちのお母さんに「父ちゃんはチンチンに水イボがある」と教えたそうである。

参った。

6月29日(火)

昨日、保育園ではプールがあったうえに、娘がお昼寝でオネショをしてしまったせいで、汚れ物を盛りだくさん持って帰ってくることになった。

一番大物のタオルケットは代えがないため、すぐに乾かさなくてはならず、夜中に浴室乾燥を回しっぱなしにして、どうにか事なきを得たのだけど、今朝、雨の中を大荷物で保育園に着くと、保育園の予備のタオルケットを渡されて、昨日のオネショの時に使ったので洗って返して欲しいとのこと。

なんだかまったくどうしてもう。ありがとうございました。




私の勤める会社は従業員が1000人に満たないのですが、従業員以外にも募集をかけ、なんとか1000人かき集め、職域接種を試みようとしているようです。これはもう、どこからツッコめばいいのでしょう。

6月30日(水)

今朝、娘が保育園の笹に飾る短冊に願い事を書いていた。

自分で作った「ひらがな 50音表」を見ながら、願い事を一生懸命書いている姿はもちろん、「『け』ってどこだっけ?」と助力を求めつつも、教えてやるとすぐに「あっち行って! 見ないで!」と突き放す感じもまた、とてもいじらしい。

しかし、願い事を書き終え、空いたスペースにドラえもんを描こうと思い立ったようなのだが、実際に描きはじめると思ったよりかなり難しかったようで、半べそになりながら描いていた。

失敗したらかなり面倒な嵐に見舞われることになるな、と心配しながらも、関心が無いふりをして遠目に見守っていると、娘が私の元へやって来て、小さな声で「できた」と言って完成した短冊を手渡してくれたのだが。

どうやら、嵐は回避されたようだ。