Diary
12月10日(火)

Facebookは定期告知と連絡手段だけのツールになってしまった。Instagramは正直言って何だかよく分からないので、興味あるメディアや有名人だけフォローして、たまに見ている感じだ。

問題はTwitterだ。

Twitterは日本でのサービスが始まった2008年頃にすぐにアカウントを作ったが、きちんと使うようになったのは2年ほど前からだ。当初は猿真似で呟いたりしていたが、何のレスポンスも得られず、面白さがまったく分からなかった。ところが、今年に入ってからプラモデル関連の情報を得るために、何気なくポチポチっとフォローを増やしていったことをきっかけに、見事にTwitterの泥沼にハマっていった。

一時期は800を超えるアカウントをフォローして、常にタイムラインを追っているという状態になり、流石にこれはマズいと思い、240までフォロー数を減らしたが、依存症のような状態は続いていた。

ところが、最近、Twitterで筒井康隆「炎上を怖がっちゃいけない。電源を抜いたら消えてしまう世界です」――筒井康隆85歳が語る「表現の自由」という記事の紹介がタイムラインに流れてきて、その内容を読んだら妙に腑に落ちるところがあって、幸いにも自然とTwitterから距離を置けるようになったのだが、フォローするアカウントがまた一つ増えてしまった。

筒井康隆はやっぱ凄いな。 85歳か。

12月2日(月)

雨がしっかり降っている。冬の冷たい雨の月曜日だ。

さて、私の脳はインターネットとの親和性が高いので、すぐに依存症になってしまう。だから、スマホも持たないよう、家ではネットに繋がらないよう、一定の距離を保つことで、ネットとの蜜月関係を今はなんとか回避しているところだ。

そんな折、ちょっとしたきっかけで、娘が YouTube を見てしまい、それから執拗に YouTube を見たがるようになった。あまりの執念だったので、これはマズいと思い、初期段階でかなり苦労して止めさせ、今はもう見せていないし、見たいとも言わなくなった。最近のインターネットはYouTube に限らず、子どもにはちょっと注意が必要だ。

というのも、最近のウェブサイトはUI/UXなどと言われる行動心理学に基づいた設計がトレンドになって久しいる。自発行動以前の深層心理の段階で反応させられてしまうことも少なくない。つまりUI/UXとは、人間の習性を利用した快感の集積により意図した行動を促す設計、とでも言ったらいいか。そもそも依存しやすいように作られているのだ。

特に子どもは経験や条件付けも少なく、刺激に対する反応が素早く素直なので、依存も早いし高くなる。そして、そうした人為的な刺激や反応に幼いうちに慣れてしまうことは、かなり不自然なことだし、あまり良いことだとも思えない。できる限り遠ざけることに越したことはないだろう。

とまあ、私自身の依存度が高めなので、こうした問題にはけっこう敏感なりがちだ。

今はもう日常的な光景になってしまっているが、スマホ画面にかじりついている人々の姿は、依存度高めの私からしてみても、やっぱりかなりグロテスクに映る。

雨がしっかり降っている。冬の冷たい雨の月曜日だ。

嫌だ。寒い。布団から出たくない。布団最高!
健全で良い反応だ。

12月3日(火)

最近、娘の嗜好が、迷路や絵探しや間違い探しなどの知育系の絵本に移行している。まあ、そのこと自体はぜんぜん悪いことではないのだけど、付き合わされる身にとっては、ちょっと勘弁して欲しいところだ。

普通の絵本であれば物語と合わせて絵も楽しめるので、何度読んでも苦にならないが、間違い探しなどは、一度答えが分かってしまうと、なかなか繰り返し読む気にはなれない。

もちろん「ウォーリーを探せ!」などの名作は、その豊富な情報量とバリエーションのおかげで、何度見ても楽しめるのだが、一日の仕事を終えて、帰宅して家事をこなし、ようやく落ち着いて一息つけるなと思ったところで「じゃあ、ここはひとつ『ウォーリー』でも」って、視力と集中力をギンギンに酷使して楽しめるほど、父はもう若くないんです。

ごめんよ。

でも、まだ読んでない絵本が山ほどあるんですけど。
あれはどうするのかな?

12月4日(水)

娘が産まれてからというもの、数多の病気を貰い患い、幾多の育児痛に悩まされ、その都度、病院行脚と薬剤の神通力と不屈の精神で困難を乗り越えてきたわけだが、最近はそうした不調もだいぶ減ってきて、父娘ともども成長したのだなと感慨深く思っていたのだが、この度、私、なぜか喘息になってしまいました。

禁煙もしたのに。 今ごろになって。。。

しかし、なんと! グーニーズの主人公マイキー君が愛用していたことでお馴染みの! あの喘息発作用の吸入器が処方されたのです!

おぉ! これか!

グーニーズの物語の最終盤、マイキー君が「こんな物……」と吸入器を捨てる場面があるんですが、物語で一番重要な「少年時代からの決別」というテーマに、この吸入器を捨てるシーンが絶大な効果と役割を発揮しているのです!

ちょっと嬉しいぞ!

という訳で、盛り上がりついでに、もし、私のようなおじさんがこの吸入器を捨て去る時が来たとしたら、物語としてどんな演出効果があるかと考えてみたのですが、もうこれって「死」の伏線としか思えないですよね。。。なにこれ。

ちなみにこの吸入器の一日の使用限度は8吸入までだそうです。それ以上は本当に危ないそうです。。。うぅ。
どっちにしろ死ぬんじゃん。

12月5日(木)

喘息の薬のせいでめちゃくちゃ眠いのだが、きっちり8時間睡眠はしているので、耐え難い辛い眠気というわけではなく、少し気怠いようなほわほわとした状態がずっと続いている感じで、なんかちょっと心地よい気もする。

もちろん、この状態だと仕事にはならないんだけども。

さて、先日の日記にも書いたが、今月バースデイ・ガールの娘の写真が保育室の出入り口に飾られた。

色々と悩んだ挙げ句、娘らしい表情や情景の抜けるような奥行きや空間の柔らかな温もりをバッチリ押さえた、ウラジオストックの観覧車で撮った写真に決めた。ロシアで撮った感じもあまりないので、嫌味にもならないだろう。

おかげで、保育園に行く度に、写真を眺めながらしみじみと、やはり自分の娘が一番だな、などと実感している親馬鹿なのである。

しかし眠いな。


そう言えば、こちらも先日の日記に書いたカメことだが、名前を尋ねたら、まだつけてないから考えてやってくれと返されてしまいました。娘が頭を悩ませてる中です。


※ 娘は「○○しているところ」という現在進行表現を「○○している中」と表現します。とんでもなく可愛いです。

12月6日(金)

今夜は妻が忘年会で家を空けるため、面倒なことは全て省く。適当に夕飯を準備をし、行儀など気にせず食べ、気侭に風呂に入り、自堕落に遊び、眠くなるまでダラダラゴロゴロする。娘も自由奔放に振る舞うが、叱ったりするのは面倒なので、父は更に奔放に振る舞う。

妻のいない夜は、父娘で密かに楽しみにしている特別な夜なのである。もちろん妻にはすべて秘密だ。

だが、次の日になると、秘密にしていたことが、すべて妻にバレているのは、何故なのでしょうかね?

12月7日(土)

今、同時並行で四冊の本を読んでいる。家では読めないので通勤時の電車が唯一の読書時間だが、四冊の単行本は持ち歩くだけでも大変なので、網棚の存在はとても助かる。

昔、ここで寝たっけ(回想)な。

さて、ジャンルも内容も異なる四冊だが、私はこの四冊を気分によって読み分けている。そして四冊あれば、だいたい自分の気分をカバーできるのだな、などと自分自身に対する知見も深めたりもしている。

あと、意外なのだが、コミカルなものよりシリアスなもの(哲学・思想系は除外)の方が、読む速度は上がるようである。

四冊あると内容がごちゃごちゃになるんじゃないかと危惧したこともあるが、人間の脳味噌は優秀で、私のような下賤の者でもしっかり区別しながら読み進めている。逆にごちゃごちゃになった方が面白いかもしれないと思うこともあるぐらいだ。


ちなみに、今読んでるのは以下四冊(漫画あり)

『台湾生まれ 日本語育ち』温 又柔
『降伏の記録』植本 一子
『酒場っ子』パリッコ
『失踪日記』吾妻 ひでお


ぜんぶエッセイだな。。。

12月8日(日)

当サイトは本日で18周年を迎えます。

劇的にアクセスが増える訳でもなく、炎上するほどの注目も集めることなく、原動力不明のまま細々長々と続けていることに驚きを禁じ得ませんが、今後も超低空飛行で、私の半径1㍍ぐらいの現象を配信し続けていきたいと思います。


20周年には、またオフ会でもやるかな。

12月9日(月)

昨日、娘が朝からお腹が痛いと言ってトイレに入っては、ちっちゃな硬いウンチをちょっとだけ出して唸っている、という行動を繰り返していて、午後は昼飯も摂らず、あまり動かなくなってしまって、そのまま寝てしまったので、そっとベッドに連れていったら、すぐに目を覚ましてしまい、またお腹が痛いと苦痛を訴える。

可愛そうだ。

以前、便秘の果てにもどしてしまい、慌てて病院に連れて行ったら、浣腸で難なく事なきを得たことがあって、その時と状況が似ている感じがするので、イチジク浣腸を買ってきて、泣き叫ぶ娘を押さえつけて無理やり浣腸をしたら、ちっちゃな硬いウンチが5つぐらい出てきたのだが、暴れ狂って疲れた娘は、そのまま寝てしまった。

可愛そうだ。

夕飯になっても起きる気配がなく、妻と二人で会話の無い暗い食事を適当に摂り、さっさと後片付けをして、さっさと風呂に入ってそのまま寝てしまうことにしたのだが、深夜、浣腸のトラウマからか、娘が寝ぼけて大騒ぎをして、おまけに熱まで出していて、どうすることもできなくて、とにかく娘の背中を一晩中さすっていた。

可愛そうだ。

今朝、目を覚ますと、娘は熱も下がってケロッとしていて、お腹の痛みも和らいだようだったが、一応、病院へ連れていくことにした。何もできないことは分かっていても、心配しすぎて子どもよりも疲弊して、挙句の果てに、自分の調子を崩している駄目な親だ。

やはり俺は子育て向いていない気がする。