Diary
7月10日(金)

ハイハイがだいぶ上達し、少しだけ前歯が顔を出し、離乳食を嫌々食べはじめたものの、まだまだ涎ダラダラの生き物が、将来的に我々と意思疎通できるような存在になっていくのだろうか、と半信半疑だった四年前。

今では、日本語を見事に操り、友人に情熱的な手紙を書いたり、父の下手な冗談に笑ったり、You Tubeを見ながらツッコミを入れたりしていて、うわっ! めっちゃ人間っぽい! と驚かされることが多くなってきた。

四年が経過して、娘の成長をようやく客観的に把握し、実感できるようになってきたのだ。

父も少し成長したのかな。どうなのかな。




もう私には身体的成長の見込みはないけれど、何かしら成長できないかと思って、予てから懸案事項だった英語の基礎学習をDuolingo(デュオリンゴ)で始めました。初級編を飛ばそうと思ったら、チェックポイント3で止められました。。。

感染者数は拡大の一途ですが、肝心の対応や対策が、とりあえず「感染者数拡大待ち」みたいなとこがあって、とても嫌ですね。

7月1日(水)

昨晩、妻がスーパーで買ってきた金目鯛の頭を、サッと煮付けて兜煮にしてくれたのだけど、これが抜群に美味かった。妻の料理の腕ももちろんだが、魚の鮮度や質もびっくりするぐらい素晴らしかったのだ。

―― 飲食店での需要が少なくなった鮮魚が、単価が下がった状態でスーパーに流れ着いている。



こんな実しやかな話を、緊急事態宣言が発令中に何度か耳にしたことがあるが、つまりは、こういうことなのかもしれない。

美味しい魚が安く売られることは、消費者にとっては正直ありがたいことだが、問題はそんなに単純ではないのだろう。娘は金目鯛の顔が怖いと言って、兜煮にはまったく箸をつけなかったけど。
ところで、このところの感染者の拡大なのだが、都知事選が終わるまでは、とりあえずこのまま放置されるのだろうか。

我々は舐められているな。




兜煮の余ったタレで煮こごりを作りました。白米の良き友です。

7月2日(木)

今月からプールが始まる予定だし、来週は七夕まつりがあるようだし、登園を自粛していたクラスの子どもたちが昨日から全員出てきたようだし、なんだか、ようやく日常が戻ってきた感じで、今朝、娘がとても嬉しそうに張り切って登園する姿を見送ったばかりだったが、昼過ぎに、東京都の感染者が、再び三桁に到達したと報道されていた。

前回は、その場しのぎながらも、ラッキーも重なって、なんとかかんとか切り抜けられた感じだったが、今度こそは各方面でかなり大きな影響が出て、かなり厳しいところまで追い込まれることになりそうだ。

なんとしても生き残りましょう。



ちょうど三ヶ月前に使った言葉を、こんなに早くまた使うことになるとは。

7月3日(金)

明後日は東京都の都知事選挙だ。私は一足早く期日前投票で済ませてきてしまった。自慢ではないが、今のところ投票権を放棄したことは一度もない。

さて、以前から、何らかの選挙が公示、または告示された際に、友人がデザインした「VOTE FOR HOPE」と書かれたTシャツを務めて着るようにしている。文字は洒落た感じに抽象化され、色合いも絶妙に調整された、素敵なメッセージTシャツだ。

でも最近思うのだ。

選挙前になってメッセージTシャツを着ようが、SNSやWebで意思表示をしようが、候補者の街宣に出向こうが、そんなことでは駄目なのではないか? そんなのただの自己満足ではないか? と。

昨日食べた料理や、最近興味ある音楽や、今読んでる本について話すように、政治の話が当たり前に出てくる日常を作らなくては、何も変わらないのではないかと。

雨予報だし感染も怖いですが、明後日は都知事選挙だ。このメトロポリスの今後の先行きが決まる重要な日だ。




最近、夕飯時に妻と政治の話をしていると、娘が「うるさぁ~い!」と叫んで話を遮ります。政治の話でなくても遮ろうとします。食事中は静かにラジオの音楽を聞きたいのだそうです。

7月6日(月)

保育園用の娘の夏服が、あまりにも見すぼらしいものばかりだったので、先週末、近所の衣料量販店に買い出しに行ってきた。

各方面で自粛要請が解除されて久しいが、最近の感染者数増加の報道で、なかなか遊びに出掛ける気分になれず、こんな買い物でもちょっとした行楽気分だ。

夏物は上下三着ずつ選んだところで、娘の我慢の限界がきてしまったため、敢え無く終了。ジャストサイズのものが見つからなかったので、ワンサイズ大きめのもので買い揃えたら、やはりちょっと大きかった。

子どもはすぐ大きくなるので、衣料品はオーバーサイズを買うのが良いなどと思いがちだが、娘の場合はジャストサイズになる前に、ワンシーズンでボロボログチャグチャにしてしまうから、まずは耐久性で選ばなくてはいけない。しかし我々は日々目の当たりにする「娘の成長」という脅迫観念によって、そのことをついつい忘れてしまうのだ。

でも、ちょっと待て、ついこないだも同じような失敗したよな? などと思いながら、保育園用だからまあいいかと、無理矢理に忘却 & 納得するのだった。観葉植物だって、鉢植えを大きくしてやると、それに合わせて大きくなるのだから。
大丈夫。




しかし、子ども用の衣料品は、なぜこうも明るい色合いのものが多いのか。特に夏物。瞬時に汚してしまうというのに。

7月7日(火)

生憎の曇天模様の空の下だが、今日は保育園で七夕まつりがあるというので、娘は張り切って登園していった。

その一方で、九州地方は線状降水帯などという厄介な大雨と長雨によって、今まさに甚大な被害が広がっているところである。

牛郎織女よ。

あまりにもあんまりではないか。




ところで、例の給付金、間もなく振り込まれるだろうと思って、妻と娘のぶんを先に立て替えて渡していたのだけど、私の申請日(6月初旬)だとまだ受付処理にも回っておらず、給付日はまだ未定だそうだ。早くとも来月中旬以降になるとのこと。

7月8日(水)

今朝、新聞の一面で、我が家から決して遠くないマンションの一室で、親の育児放棄の末、3歳の子どもが犠牲になるという、痛ましい事件の報道を目にした。

事件の詳細は書かないが、犠牲になったのは3歳の女の子だ。辛すぎる。

親を擁護することは絶対にできないけれど、援助のまったくない若いひとり親世帯の子育てがどんなに大変な状況か、想像するのは難しくない。環境に恵まれていない子育てによって、否応なく孤立させられ、孤独になっていくか、想像するのは難しくない。経済的にも精神的にも容赦なく追い詰められ、子育てに対する社会の不寛容さにも曝される。そして、それに追い打ちをかけるように、今回の自粛要請がのしかかってくる。若い母親が一人、何の援助もない中、仕事と育児と家事の綱渡りの生活が、自分の感情と幼い我が子への愛情が、音をたてて壊れてていく状況を、想像するのは難しくない。

この悲惨な事件に行き着く経路が、容易に想像できてしまうこの社会の不寛容さ。

幸いにも我が家は、妻も私も心身ともに健康で、破滅的に追い詰められることはなかったし、いつでも預かるからねと親身になってくれる友人知人がいてくれたので、援助してくれる親類縁者が近くにいなくても、なんとかやってこれたのだ。

育児の孤立や孤独を埋めるため、たまに恋人に癒しを求めたり、たまに酒に酔いしれても良いと思うのだ。実際、私たち夫婦もそうしたささやかな息抜きで、何度も救われてきた。だが、この不寛容な社会のひとり親世帯の母親には、そんなささやかな息抜きも決して許してくれない。

そして、この事件の一連の報道では一切出てこないが、この子の父親は、父親の責任は、一体どこへ行ってしまったのだ?

去年1年間で、児童相談所で虐待の相談に対応した件数は15万9838件、全国の警察が虐待の疑いで通告した子どもの人数は9万8222人、虐待の被害を受けて死亡した子どもは去年は54人、児童虐待の疑いで検挙されたのは2024人。

この数字をどうみればいいかは分からないが、今年は更に増える状況を、想像するのは難しくない。辛すぎる。

7月9日(木)

目を覚ましたその瞬間から、100㌫フル稼働で行動を始める娘のパワフルさを、毎朝、羨望の眼差しで見つめている今日この頃です。

さて、いつも通販で利用している手作り台湾点心の店が、横浜中華街に飲食店メインの新店舗をオープンするのに合わせ、新店舗で期間限定の2割引セールを開催するという情報を聞きつけ、先週の日曜日、保冷剤を保冷バックに満載し、朝一番で雨降る横浜に駆けつけ、即座に7,500円分(2割引で会計は6,000円でした)の点心と菓子を爆買し、脇目も振らずに帰宅してきた。

相変わらず、この店の椰子月餅は、抜群の破壊力を持っている。そして、焼売の感動的なまでの深み。粽の安心感。干梅も素晴らしい。だが、残念なことに新店舗には、この店オリジナル菓子、椰子番餅が置いてなかったのだ。うぅぅ。


茂園台湾点心店

落ち着いたらぜひ飲食店にも家族で食べに行きたい。中華街なのに値段も控えめで、魯肉飯、台式乾麺、鹹蜆仔、油飯、梅干扣肉、炒箭筍などなど、種々様々な台湾美食が勢揃いしているのだ。




ていうか、その前に感染者爆増やんけぇ。。。。