2025年 9月
9月1日(月)

二学期初日である。

昨晩は、新学期前の憂鬱を跳ね返すため、子どもの好きなサーモンとイクラ多めの手巻き寿司で、なんとなく景気の良い感じの夕飯にしてみた。

どんな選択になるにせよ、家族の気分があまり沈まないよう、夏休み最終日に少し豪華な夕飯を用意したのは、どうやら我が家だけではないようである。

うむ。

そして今朝。

七時少し過ぎに自室から自分で着替えて起きてきた子どもは、昨晩の残りのイクラを白米にのせて、ああでもない、こうでもない、と楽しそうに喋りながらパクパク食べていた。

おそらく、この一年のうちでも数えるほどしかない穏やかな朝の時間に戸惑いながら、これが日常ならどれほど楽だろうとも感じてしまう。

私は子どもの登校時間前に家を出なければならないので、登校までの時間は妻に任せ、後ろ髪引かれる思いで出勤したところ、通勤電車の中で「なんで学校行かなきゃいけないの~と言い続けて、登校したよ」と妻からメールが届き、昼前には「ひとまずご機嫌に帰っては来たよ」と、昼過ぎには「寝た」と届いた。

くれぐれも変に無理をしてなければいいのだが。




今日は妙に穏やかに過ぎるので、逆に駄目かな、と思っていたのですが、まあとにかく、行くも地獄、行かぬも地獄、といった心境です。

―― 本日の備忘録 ―――
行くは脅迫、行かぬは自発、行かぬ先のレスパイト。

9月2日(火)

二学期二日目。

いきなりの六時間授業に、超不機嫌で登校していった子どもである。

うむ。

昨晩は「なんで学校行かなきゃいけないの?」と泣きべそをかきながら訴え続け、就寝後も何度かうなされてあまり眠れていないようだったので、今朝も普段の起床時間には起きてこなかった。

それでも、どうにかこうにか起きてきたのだが、朝食にも手を付けず、学校の準備もする様子がなかったので、これは流石に無理だろうと思っていたのだが、頑張って登校してしまったようだ。

二学期初っぱなから、あまり良くない傾向である。




無理くり登校させるのはもう限界な部分もありますし、百害あって一理もないなと感じているのですが、子どもの方は強迫観念のようなものに突き動かされてしまうようです。

辛いだろうに。

―― 本日の備忘録 ―――
生筋子の解禁はいつ?、友だちの親御さんへお手紙、今日は早退。

9月3日(水)

二学期三日目。

今朝も、イヤだイヤだと言って、一人で登校していった子どもである。

うむ。

登校はしているが、前向きな様子は一切見られず、目下の心配は「無理してるんじゃないか」というところである。

担任の先生も同じように感じているようで、まだ二学期二日目にも関わらず、昨日の放課後に連絡があり、学校での様子の報告の後に家での様子も尋ねられたので、今日も連絡が来るかもしれない。

しかし、良いのか悪いのか、去年から頻繁に学校と連絡を取り合うようになったので、学校からの着信に驚かなくなってしまった。




始業式の日に友だちと遊ぶ約束した、という約束の日が今日なので、ひとまず登校したのかもしれません。

無理する前に、気負いなく休める環境を作ってあげたいのですが、まだまだ道半ばです。

―― 本日の備忘録 ―――
職場のエアコン故障の地獄、働かなくても貰えるお金、台風。

9月4日(木)

二学期四日目。

今日は欠席した子どもである。

うむ。

昨日の放課後、友だち二人を我が家に呼んで、みんなで楽しく遊んでいたようだが、私が帰宅した時には少し様子がおかしくなっていた子どもである。

奇声をあげて不機嫌になったり、大笑いして上機嫌になったり、猫なで声で甘えてきたり、不安になって半べそをかいたりと、感情の起伏が激しく、あからさまに情緒不安定な状態で、こんなに苦しんでいるなんてと、自責の念にかられてしまった。

今朝は私が早出出勤で、いつもより一時間早く家を出てしまったので、子どもがまた無理をして登校しないようにと心配していたのだが、今日はちゃんと休んでくれたようである。

学校なんて、もう行かなくていいから。




児童精神科クリニックに通院する予定なのですが、そもそも子どもが行ってくれるかどうかも問題ですが、結局のところ学校が問題なので病院に行ったところでどうなのか、という気もしています。

―― 本日の備忘録 ―――
全面対決が吉と出るか、雨、猫の餌がない。

9月5日(金)

二学期五日目。

今日も欠席の子どもである。

うむ。

二学期が始まったことで、先の見通しや予定がまったく立たなくなってしまった。

どんなトンデモカードが配られるか分からなくなってしまった我が家にとって、見通しや予定が立てられることが、どれだけ恵まれていることなのか、痛感させられる日々だが、そんな日々の鬱憤が溜まっていたせいか、昨晩は私が些細なことで爆発し、家族に顰蹙を買うのであった。

良くない。




昨日、不機嫌まる出しの子どもを連れて、どうにかこうにか児童精神科クリニックに通院してきました。

まあこんな感じかというか何というか。内容はまた後日。

―― 本日の備忘録 ―――
爆発のあとの疲れ、結局のところ相対的、不眠再開。

9月6日(土)

土曜日出勤中。

うむ。

夏休みが明け、子どもが欠席した時以外にも、学校から連絡がくることが何度かあった。

一学期の頃は、どちらかと言うと「なるべく登校できるように」という姿勢や立場の連絡が多かったのだが、二学期に入ってからは「無理して登校しないように」と真逆の内容に変化した。

先生の心境の変化なのか、何らかの指導が入ったのか、真意はよく分からないし、先生を疑うわけではないのだが、残念ながら、近年の様々な報道や過去の歴史の多くの事実からも、学校が容易に子どもを見捨てることは重々承知している。

いずれにせよ親として今できることは、子どもを見守ることと危険から遠ざけてやることぐらいのものである。




SNSでフォローしている八丈島のスーパーにイクラ(生筋子)が入荷していたので、毎年この時期にいつもイクラを買っている近所のスーパーに出向いたのですが、不発続きで四日ほど経過しています。

八丈島にはあるのに。。。

―― 本日の備忘録 ―――
朝から不貞腐れ、秋の果物が高い、絵に描いた餅。

9月8日(月)

二学期二週目。

今日も安定の欠席。

うむ。

とは言え、週をまたいでまだ欠席三日目なので、この一年間の行き渋り欠席の経験からすると、大したことではないようにも思えるのだが、同時に今までとは少し異なる段階に入ったような印象も感じている。

その印象とは、おそらくこのまま長期間、学校へは行かないだろうという予感とでも言ったらよいだろうか。

一年なのか、三年なのか、はたまたそれ以上なのか。とにかく、これまでのような行き渋りで五月雨的に欠席するというよりは、本格的な不登校になるだろうという、この一年間の経験の蓄積から感じる確信めいた直感を得ているところである。




この一年間の行き渋りが、言わば本格的な不登校への助走期間だったのでしょう。

いよいよ来たか、という感じがしています。

―― 本日の備忘録 ―――
水槽の換水、今日もスライム制作、明日は直行。

9月9日(火)

二学期二週目。

今日も欠席の子ども。

うむ。

比較的明るい性格の子どもが、親にしか見せない顔がある。不安と恐怖に苛まれ、動揺と混乱の中でとても苦しんでいる顔だ。

昨晩もそんな顔をのぞかせていた子どもだが、最初の頃は我々も、子ども自身の思い通りにならないことに対する自己中心的な不満や鬱憤や焦燥の発露、つまり我儘の一種であろうと思い込み、その都度、諌めたり叱ったりしていた。

そのうちに何か様子がおかしいと感じ、遅ればせながらようやく、それが途方もない苦痛の表現であることを知ったのである。

苦しむ子どもの顔を、一年以上目の当たりにし続けた結果、「学校なんか行かないでいい」と言わざるを得なくなっただけで、最初から子どもに「学校なんか行かないでいい」なんて言える親は、そうそういないだろう。




今朝は久しぶりに街場の客先へ直行業務だったのですが、人は多いし、騒々しいし、臭いし、暑いし、もう街場には出たくありません。

あと、久しぶりの打ち合わせ業務の打ち合わさらなさたるや。もううんざりです。

―― 本日の備忘録 ―――
ひょんな所で生筋子発見、久しぶりの桂花ラーメンのロゴ、コンビニ内で信号待ち。

9月10日(水)

二学期二週目。

今日も欠席したので、これで一週間連続欠席の子ども。

うむ。

欠席はもちろんだが、過酷な残暑のせいもあり、子どもが家から一歩も出ない日が続いているため、昨晩は夕飯後に家族で夜の散歩に出掛けた。

近所の河川敷まで行って、帰りがけにスーパーで買い物をして帰るだけの行程だったが、ああでもない、こうでもない、とダラダラ歩いていたら一時間ぐらい掛かってしまい、就寝時間が大幅に遅くなってしまった。

まあしかし、学校へ行かないんだから、遅くなるぐらい何でもない。

気楽な夜である。




今現在、不登校中の子どもの付き添いは、在宅勤務可能な妻にほぼすべての負担が掛かってしまっているので、目下の課題は私の在宅勤務の実現です。

妻の負担もありますが、年内に実現できないと、私の休暇も無くなってしまうので、急務です。

―― 本日の備忘録 ―――
いつも胸ポケットにレジャー援助金を、AC付き埋込USB給電用コンセント、慣れてる猫の可愛さよ。

9月11日(木)

二学期二週目。

もちろん今日も欠席の子ども。

うむ。

ペーパークラフトやプラモデル、編み物や折り紙をしながら配信動画を一日中見続ける、というのが、夏休みから現在不登校に至るまでの子どもの家での過ごし方だ。

勉強なんて、もちろん一切やらない。

今のところはこの形で落ち着いている子どもだが、スマホやゲームや配信動画への依存、その影響からの昼夜逆転、はたまた摂食障害や分離不安などなど、不登校の子どもに表れる形は様々に色々とあるようだ。

うちの子どもは、今のところ配信動画への依存傾向があるぐらいだが、いずれは今より過酷な状態に陥ることも覚悟しておいた方がいいのだろうか。

ちなみに今朝は、私が出勤する時間になっても、子どもは起きてこなかった。




毎日子どもと一緒に過ごしている妻は、子どもに何もしてあげられなくて申し訳ない気持ちだ、と言っていましたが、何かしようとしたところで、今はすべてが余計なお世話になってしまう感じもしています。

待つしかないですかね。

―― 本日の備忘録 ―――
朝のためにも夜散歩中に麦酒は飲まない、まだ「行かなきゃ」という強迫観念の存在の気配、明日は交代。

9月12日(金)

二学期二週目最終日。

一昨日頃から、子どもが妻に今日の登校を示唆するような発言をしていたようで、今朝も少し登校の準備を進めるような行動もみられたが、その後、妻から連絡がないため、どうなったのかは分からない。

ただ、連絡がないということはつまり、変化なしということでもあるので、おそらく今日も欠席したと思われる子どもである。

うむ。

これまでの子どもの学校生活の様子や、私が直に見た今の学校の様子から考えても、子どもを取り巻くこの異常な状態に対し、子どもが不登校を選択したことは、とても素直で正直で当たり前なことだと感じている。

ただ、そんな子どもの不登校に対し、肝心の親の方(私)が、これまで積み上げてきた自分の価値観の転換や解体を迫られることに、躊躇または拒否する傾向が強く、この一年、そのせめぎ合いで混乱していたところがあるし、今も引き続き混乱中である。

40年以上それなりに生きてきたので、今さら人生が揺れ動いたり、自分自身を変化させなくてはならないことに、少なからず恐怖を感じるのであろう。情けない。

つまり不登校は、子どもの問題と言うよりは、親である私の問題なのだ。




いやもちろん、最大の問題は過去最大の34万人もの不登校の子どもたちを生み出し続けている、学校や行政や政治や社会にあるんですけどね。

三連休です。

―― 本日の備忘録 ―――
妻の誕生日、努力・修養・成長の欺瞞、無印のイカ墨ソースの漆黒。

9月15日(月)

9月最初の連休最終日。

うむ。

土曜日は私が仕事で妻子の日、日曜日は妻が出掛けて父子の日、そして今日は、家族三人揃って水入らずかと思ったのだが、朝から子どもが包丁で指を切ってしまって意気消沈、その後、お昼前にごくごく些細な事で大きくへそを曲げ、自室に籠もったかと思うと、問いかけの一切に返答しないという籠城モード。これにより一日の方向性がほぼ決まってしまった。

こんな時は、何もかも諦めて、放っておくに限る。

その作戦が功を奏したのか何なのか、午後三時すぎに子どもが部屋から出てきて、腹が減ったと言って、用意していた炒飯をペロリと食べたようである。昼飯も炒飯もいらないと言っていたくせに。

子どもの昼食もだいぶ遅くなってしまったし、連休最終日でもあるし、夕飯は適当に済ませてこの連休は静かに締め括ろうとと思っていたのだが、子どもの友だちが夕飯を食べに遊びに来ると連絡があり、慌てて夫婦で片付けやら掃除やら食事の支度に取り掛かり、今に至る。

子どもの機嫌は直り、週末の家事もでき、なんとなくうまく収まった連休最終日の最終盤だが、何だかな。




ちなみに、金曜日の妻の誕生日は、妻史上最悪の誕生日だったそうですが、確かに最悪とは言わないまでも、なかなか過酷な誕生日でした。ごめんなさい。

―― 本日の備忘録 ―――
セクシー ボイス アンド ロボ、ケンタのポテト、かくれんぼ。

9月16日(火)

今日は突然なぜか登校した子どもである。

うむ。

昨晩は、友だちが遊びに来て楽しい夕飯を終え、その流れでなんとなく円滑に寝仕度を終え、そのまま静かに就寝するかと思いきや、23時頃までグズグズと起きていて、ようやく静かになったかと思いきや、深夜に私の隣にやって来て、上手く眠れない様子でかなりの時間モゾモゾしていた。

そんな様子だったので、今朝は登校どころか、かなり寝坊するだろうと思っていたのだが、7時過ぎにモソモソと起きてきて、イクラご飯とキュウリの漬物をモグモグ食べて、8時過ぎに登校していったようである。

どうなることやら。

とにかく今夜は子どもの大嵐に備え、仕事は程々に、気を引き締めて帰宅しよう。




登校云々よりも、一学期からずっと在宅勤務を併用しながら、子どもの付き添いをしてくれている妻の負担を考えると、給食を食べてきてくれるだけでも、とても助かります。

文部科学省定義の不登校認定までの残り欠席日数16日です。

―― 本日の備忘録 ―――
虫歯疑惑再び、既に火曜日、印刷文化の断絶。

9月17日(水)

今日もイヤイヤながらも登校した子どもである。

うむ。

本来なら今日は、我々夫婦の仕事の都合で子どもを実家で預かって貰う予定でいたのだが、登校したので実家には予定取り消しの連絡を入れた。

実家で預かって貰えば朝の時間休で済むところ、登校したとなると夫婦どちらかが午後半休で帰宅せねばならなず、実家にも職場にも予定変更の調整が必要となるため、それはそれで労力と矛盾が生じ、謎の負担が増えるのであるが、それはまあ仕方がない。

これもまた、先の見通しや予定が立たない弊害のひとつだ。

昨晩は久しぶりの登校で子どもの大荒れを覚悟して帰宅したのだが、特に多くを語ることこそなかったものの、思ったより穏やかな様子だったので、そうした部分では少し安心しているところである。




今朝、子どもが自主的に学校の支度をしていたのですが、ランドセルから理科の教科書を出していたので、理科は今日の時間割にある教科だけど? と指摘したら「煩いな!」と怒って泣いてしまいました。

(下)の教科書はまだ使わないそうです。

過干渉は毒親のはじまりですね。

―― 本日の備忘録 ―――
「白ごはん.com」に侵食される台所、たい焼き サンマ ときどき イクラ、髭の抜け毛が増える時季。

9月18日(木)

2日連続登校の後、今日は欠席した子ども。

文部科学省定義の不登校認定まで残り欠席日数15日。

うむ。

文科省定義からはまだ外れているが、うちの子どもはこの一年、しっかり不登校だと感じている。

そんなわけで昨晩も、「やっぱり学校はイヤだ」と言いだし、登校したこの2日間の嫌な出来事をひとつひとつ教えてくれて、過呼吸になりそうなぐらい大泣きしているうちに、疲れ果てて寝てしまった。

不憫でならない。




ここ数年、不漁続きの秋刀魚ですが、今年は良型の秋刀魚が店頭に並ぶようになりました。

以前のように手頃な価格まではいかないまでも、なんとか手に届く範囲ではあるので素直に嬉しいのですが、今年の秋刀魚が「最後に口にした秋刀魚」にならないことを願うばかりです。

―― 本日の備忘録 ―――
暑すぎる、相変わらず鉄砲玉の妻に辟易、不眠再発。

9月19日(金)

今日も欠席のため、文部科学省定義の不登校認定まで残り欠席日数14日。

うむ。

ちなみに、文科省定義の不登校に認定されても、なにか特別に支援の手が差し伸べられることはない。

一方、不登校認定されることで特別支援教室への参加ができなくなるため、逆に支援が受けられなくなるという矛盾も発生する。

制度設計の不備や不作為から垣間見えてくるものが色々とあり過ぎて、何がなんだかである。




不登校ながらも、昨日は夕方に友だちの家に遊びに行ったそうなのですが、私には内緒にしたいのか、その事を尋ねても話を逸らされてしまいました。

寂しいです。

―― 本日の備忘録 ―――
歯医者の定期検診これにて終了、ドンマッツのクセになるキレ芸、香辛料全般が駄目な身体であることに気付く。

9月22日(月)

先週金曜日の欠席の報告は誤報だった。申し訳ない。

私が家を出る時点ではまったく登校する気はなさそうで、妻からも連絡がなかったため、てっきり欠席したものだと思っていたのだが、イヤイヤながらも登校したようである。

ただ次の日の土曜日も学校公開の授業があり、そちらの方はもちろん欠席したので、変わらず文部科学省定義の不登校認定まで残り欠席日数14日。

うむ。

そんな訳で、欠席したにも関わらず、今日は土曜日授業の振替で休み。

ただ、休日だろうが欠席だろうが、学校が始まっていることで何かしらの気負いはあるらしく、夏休みと同じように家で過ごしていても、些細なことですぐに苛々し、直情的で感情的な行動が多くなっている。

まあ、分からなくもない。




[P]現実から乖離した計画 → [D]軽率で無謀な実行 → [C]自己満足と達成感だけの評価 → [A]改善とは名ばかりの無視と忘却

どの問題の根っこにも、我が国特有の劣化したPDCAサイクルが横たわっています。

控えめに言っても地獄です。

―― 本日の備忘録 ―――
懐っこい地域猫発見、見せ掛けの秋はまだ暑い、永遠に飛び石休。

9月24日(水)

今日もしっかり欠席、の筈である。

文部科学省定義の不登校認定まで残り欠席日数13日。

うむ。

飛び石連休最終日前夜は、子どもの友だちのご家族から「夕飯一緒にどうですか?」と連絡があり、近所の居酒屋で楽しく晩餐。

その後、なぜか子どもは友だちの家に泊まらせて貰う流れになり、久しぶりに夫婦水入らずの一夜となった。

そして昨日、楽しい一夜を過ごしてきた子どもは、だいぶ夜更かししたらしく、帰宅してからもずっとダラダラゴロゴロしていて、午後は3時間近く昼寝をして、何をするわけでもなく、静かに連休を終えたのだった。

そして夜、昼寝のせいで少し就寝時間が遅くなり、そろそろ寝たかな? と思った23時過ぎにフニャフニャと泣きながら起きてきて、そのまま小一時間、不安を漏らしながら泣いていた。

眠りが浅いのか、その後も一時間おきに泣くのでこちらも眠れず、気付いたら窓の外が白んできていた。

新学期が始まってからというもの、子どもの睡眠がかなり不安定なため、こちらも寝不足が続いている。かなり気合を入れないと朝ベッドから起き上がれない。

不登校より何よりも、我が家の目下の課題は快適で健やかな睡眠時間の確保である。




社会から完全に見離されていることを自覚することができるのが不登校ですが、そんな社会がいかに脆弱なのかも同時に体験することができて、逆にその深刻さにこそ戦慄を覚えてしまいます。

―― 本日の備忘録 ―――
連休明けのストーリーズは辛(つら)みしかない、学校との定時連絡の無力感、どこにでもいるムサビ問題。

9月25日(木)

今日も欠席。

文部科学省定義の不登校認定まで残り欠席日数12日。

カウントダウンしたところでどうしようもないのだが、このまま順当にいけば、10月の半ば頃にはしっかり不登校に認定されるだろう。

うむ。

昨晩は子どもの睡眠は安定していたのだが、連日の睡眠干渉でリズムが狂ってしまったこちらは相変わらずの寝不足で、今日も寝起きがかなりキツかった。

どうやら、週明けや連休明けになると、登校に対する子どもの切迫感が募ってしまい、特に夜になると不安感や焦燥感に苛まれるようなので、我が家の快適で健やかな睡眠時間の確保のためにも、そのあたりをうまく解消してやりたいところである。

加えて、私が睡眠不足であることが、そのまま家庭生活の維持や保守にも直結してしまうので、やはり早急に解決しておきたい課題である。

とにかく今は家族と自分の健康と生活の維持だけで精一杯。




上記の通り、時間的にも精神的にも「余裕」を作ることが目下の最優先事項です。

―― 本日の備忘録 ―――
三日後の筋肉痛、地獄の通勤、過剰反応の応酬、突如訪れたギザへの興味。

9月26日(金)

今日は特別支援教室の授業があるため、どうにかこうにか登校した子ども。

文部科学省定義の不登校認定まで残り欠席日数11日。

私が残り日数を取り違えていたため、登校したのにカウントダウンになってしまった。

うむ。

子どもが今、唯一前向きに取り組むことができている学校での取り組みが、この特別支援教室の授業なのだが、実は不登校認定と同時に指導の対象から外されてしまう。

おそらく、この支援対象からの除外を受けて、子どもは二度と学校へ行くことはないだろうと感じている。

誰が考えたか知らないが、登校しない者には支援を与えないという悍ましい制度設計から子どもが学ぶことがあるとしたら、自分は見捨てられたんだという悲痛な実感と過酷な経験だけである。

恐るべき学びの場である。




時間的にも精神的にも「余裕」が必要などと言っていましたが、もうすでに、私の心も壊れかけている気がしています。

―― 本日の備忘録 ―――
東浩紀の決裂芸、終わりの見えない不眠、感情制御の困難、そして。

9月29日(月)

週明けだが渋々登校した子ども。

文部科学省定義の不登校認定まで残り欠席日数11日。

とりあえず現状維持。

うむ。

さてそんな訳で、我が家の話はちょっとお休みして、妻の友人の中学生になるお子さんの話を少し。

妻の友人のお子さんは、不登校ながらも部活動にだけはなんとか参加できていたそうだ。

ところがある日、部活の顧問の先生から、他の生徒に示しがつかないから部活動だけ参加するのはやめてくれ、と言われてしまい、お子さんが唯一保つことのできていた学校との繋がりを学校側から断たれてしまったそうだ。

しかも、顧問の先生の言うように、授業に参加していないのに部活動だけ参加するなんて「ズルい」と感じ、その感覚に何の疑問も持たず、文句を言いはじめる生徒や保護者が少なからず存在することも、残念ながら事実なのである。

そうした異様な価値観を育み、歪んだ要求を訴える人々を大量に生み出してしまったのは、他でもない、この国の社会設計と教育制度によるものなのだが、小学校より中学校は、経験や学習が強化されているぶん、更に深刻なようである。

参るよな。




今後、学校にはもう行けないことを考慮して、子どもの先のことを突き詰めて考えていくと、最終的には「国外なのか?」という選択肢しか残されていないことに愕然とします。

―― 本日の備忘録 ―――
寝不足は週末になんとか解消済み、通しで映画を鑑賞する体力と精神力、メタメタだけど読書に救われる部分は大きい。

9月30日(火)

今日も登校した子ども。何があったのか。

文部科学省定義の不登校認定まで残り欠席日数11日で、今日も現状維持。

うむ。

さてそんな訳で、今日も我が家の話はちょっとお休みして、妻のまた別の友人の話を少し。

やはり妻の友人の中学生になるお子さんの友人が、最近不登校になってしまったそうだ。

その子はかなり勉強ができるのに、不登校になってしまったために高校受験に必要な二学期の内申点が付かなくなってしまい、志望している一般高校への進学がほぼ絶望的な状態なのだそうである。

今の中学校は我々の頃よりも内申点(成績)が重視されていて、テストの点が取れるだけでは駄目なようなのだ。

やはり中学は、かなりヤバそうだ。




先日、子ども部屋のエアコンの電源が突然入らなくなり、ウンともスンとも言わなくなってしまったのですが、これが酷暑真っ只中だったらと思ってゾッとしてしまいました。本当に良かったです。

IoTとかAIとか自動お掃除とか、謎の機能はまったく必要ないので、簡素で頑丈な機種を希望します。

―― 本日の備忘録 ―――
公園の踏み分け道、そろそろベランダ掃除もしなければ、バッキバキのバケツ。