2006年 10月
10月1日(日)

明日のゼミより、デスマスク、改め、ライフマスクの制作が始まる。自分の顔面をアルギン酸によって拓顔し、最終的にはFRPのマスクに仕上げてゆく。もちろん、ライフマスクであるからして、瞼の開いた状態で拓をとり、生きているままに着彩される。

何に使うかって?それは秘密だ。 フハハハハハッ!

さて、現在、私が所属しているゼミでは、メーリングリストなるものが利用され、ゼミの連絡事項や情報などは全てこのメーリングリストによって回ってくる。なかなか便利な世の中だ。

しかし、私の携帯メールに限ってこのメーリングリストにはなぜかリストアップされず、結局、アナログな方法によって個人的に情報収集する事を余儀なくされていた。デジタル情報の速さをアナログで追うとなると、これがなかなか大変なのだ。便利な世の中も、その恩恵を受ける術を持たない者にとっては、かなり不便なものなのだ。その辺は、なかなか考えものである。

ただ、そんな話はもう過去の事。苦節1年。このメーリングリストの回線が、本日、私の携帯にもようやく開通したのだった。フハハハハハッ!

何かしらのメーリングリストに登録したことのある人なら分かると思うが、メーリングリストのアドレスに何かしらのメッセージを送ると、メンバー全員にそのメッセージが送られるようになっている。一見、単純なシステムのようにも思えるが、実際にやってみるとこれが画期的なのだ。どんな下らないことでも、どんなに些細なことでも、メーリングリストに登録している限り、送ったメッセージは強制的にメンバーに配信されるのだ。このシステム、私にとっては持ってこいではないか!

何に使うかって?それは秘密だ。 ヌハハハハハッ!

10月2日(月)

たぬきそばをすする僕の向かいで、器用に箸を使って醤油ラーメンをすするのは、僕のクラスの留学生、ジェニファー。ただ、すすると言っても、そこはやはりフランス人。上手くすすれない。そこが可愛い。

昨日も書いたけど、今日はアルギン酸ナトリウムで自分の顔の拓をとった。もちろん、目を開けた状態で。まあ、体には無害な素材なので、特に心配する必要はなかったが、30分間ずっと目を開けっ放しにする経験など今までした事が無かったので、これがなかなか大変だった。

おかげで、まだ視界がボヤボヤしている。もちろん、目の前でラーメンをすするジェニファーもボヤボヤしているし、ラーメンそのものもボヤボヤしている。学食で戯れる学生も、窓から見える景色も、僕の目の前にある世界の全てが夢のようにボヤボヤしている。

それに付け加え、ジェニファーの片言の日本語と、片言の英語と、流暢なフランス語でのコミュニケーションも、全くもってボヤボヤしている。

「ミシマ ノ ブック? ル パヴィロドー? イテマス?」

三島由紀夫の事だろうか?ルパヴィロドー?三島の小説を持っているか尋ねているのか?それとも、三島がイケてるって事を伝えたいのか?もとい。そもそも、三島自体を知っているか確認したいのか?

ボヤボヤだ。わからね~。

でも、いくら不鮮明にボヤボヤしていようが、そのボヤボヤした感覚を鋭敏に保存しておくのもなかなか重要だ。

10月3日(火)

川口ゼミでもないのに、川口ゼミのNHK見学に同行した。

それはもう、楽屋裏から、大道具の仕込み現場から、小道具の倉庫から、スタジオセットから、ホールのリハーサルから、会議室から、食堂に至るまで。大まかなテレビ局の現場は全て見る事ができた。宮崎あおいちゃんの純情でキラキラした残り香も吸ってきたし、ジャニーズのムスクのようなスモークも吸ってきたし、伍代夏子の哀愁ある歌声も吸い込んだ。

もう少しで谷村新司の陽光も吸い込めるところだったのだが、残念だった。チンペーさん!

しかし、何につけても、川口先生!ありがとう!

俺!NHKを受けてみるよ!俺は教育番組を作りたい!

でも、あまりに色々なものを吸い込みすぎて、なんだか体調が芳しくない。これが業界の空気ってやつか。濃いぜ。

10月4日(水)

死体安置所で死体の管理をする男。男は死姦趣味を持つ。ある時、男は運ばれて来た少女の死体を犯すのだが、少女はそのまぐわりによって息を吹き返す。生き返った少女は男に興味を持ち始め、再び、男との肉体の接触を渇望する。しかし、男は死んだ肉体にしか興味を持てない。少女の欲求はエスカレートする。しかし、男は一切を拒否する。

クライマックスはどうなったのか、ちょっとよく憶えていないけど、そんなフランス映画を昔観たことがある。タイトルも忘れた。たしか少女はElodie Bouchezが演じていた。僕が高校生の頃の話だ。

この映画、なかなか凄い内容で、かなり刺激的なシーンも多いけれど、実際に観てみると、これがそれほどエグくない。構成の巧さなのか、役者の演技力なのか、いや、理由はもっと別のところにあるのかもしれないけれど、とにかく、体験としてはそれほど衝撃的ではなかったように思う。同じ時期に公開されていた「Pola

X」のほうがよっぽど衝撃的だった。そう、高校三年の頃だ。フランス映画が一概にお洒落なわけじゃないと知った頃。女性が一概に美しいところばかりではないと知った頃。まさに、世界はグラン・ギニョル。グラン・ギニョル東京だと知った頃。

ただ、こういうキワどいテーマで、あまり変な方向にも流れず、サラリと語れてしまうっていうのは、やはり、フランス映画界の底力なのだろうか。

例えば、セクハラな発言を連発する人がいるが、その人柄によってセクハラさをカバーする事ができたり、その逆に、ぜんぜんセクハラ発言をしないのに、セクハラ加減を満載にかもし出している人。みたいな。まあ、そういう事。

僕もそんな風にして、かなりキワどく、とても微妙な何かをサラリと表現できてしまうような人間になりたいものだ。まあ、セクハラじゃあ、ちょっとアレだけど。

10月9日(月)

先日、我が実家がある品川区は品川区長選挙、並びに、品川区議補欠選挙が行なわれ、34%というかなり絶望的な投票率の下、私の職場の元同僚であり、古くからの友人である安藤泰作氏が新人にして得票数第2位で当選を果たした。

まあ、投票率34%というと、最早、選挙なのか?という疑問もあり、かなり積極的に問題解決にあたる必要はあるが、その中でも、意識の高い安藤君が新人として当選を果たしたというのはかなり意味のある一歩であると思う。とにかく、喜ばしい事である。がんばって頂きたい。

さて、まあ、そんなめでたい結果の中、僕は以前から耳にしていたある妙な噂を思い出したのである。

今回は地方選挙で、しかも、補欠選挙というかなり変則的な選挙であった。投票率の低さも、ある意味ではそういったマイナーさが祟ったようにも思う。ただ、そういった投票率や、地方、国政などの選挙の如何に関わらず、この5年間の選挙において、常に、「真平」に1票、乃至、2票の票が投じられているらしいのだ。もちろん、この5年間、僕の名に類じた名の候補はおらず、僕自身、選挙に出馬した覚えも無ければ、自らで自分の名を投じた覚えも無い。謎の得票が毎回投じられているのだった。

はて?

来年あたり出馬してみるか?

10月21日(土)

いや、いや、ご無沙汰でございました。真平ですよ。

忘れていないですか?大丈夫ですか?元気にしていましたか?良い子にしていましたか?僕はいつも元気で良い子に過ごしていましたよ。

さて、あらゆる事がめまぐるしく絡み合い、この日記の更新も侭ならないほどに熱く濃密に過ぎ去ったこの2週間。来週には、引越し、再来週には日本縦断の旅も控えているので、あまり気を抜いていられませんが、とにかく、今日は束の間の一段落であります。本当に束の間。

しかし、何の緊張感もなく、ボーっと過ごしている事が自分の性に合っているとずっと思い込んでいたのですが、一定の緊張感の中、色々な事に夢中になっているっていうのも嫌いじゃないのかもな~なんてね。まあ、そんな、ちょっと危険な思想が芽生えてきそうな今日この頃でもありまして、年がいも無くウキウキしているわけです。

とにかく、今まで毛嫌いしていた「元気で良い子」の善さも理解していこう!と、寛大で優しい真平は考えている訳です。

つくづく自分の大いなる慈悲深さが身にしみるな~。

10月22日(土)

束の間の休息といっても、しっかり昼間は働いたりして。

そうゆうとこ、俺って偉い。

さて、皆さんの2週間がそうであるように、俺の2週間も計り知れないほどの経験にまみれていて、もし、それを文字情報に変換しようとすれば、それこそ、もう、計り知れない。いや、計りたくない。

だから、この空白の2週間の出来事をここで振り返ってみるなんて途方もない作業はしないけれど、それはそれでもったいない気もしたりして、ちょっと残念。皆さんに、平等に、俺の経験を知って欲しい。俺特有の変な自己顕示欲。

でも、なんだか、そういう下らないことにウジウジ悩んでいると、人間はなんとワガママな存在なんだってことに気がついたりして、ちょっと反省。でも、そんな反省の一方で、自分を人間の代表として抽象化していることなんかぜんぜんお構い無しだったりして。

つくづく、ワガママな存在だ。人間ってやつは。いや、ワガママなのは俺か。

話は変わるけど、最近、ミクシーとかブログとかを始める人は多いけれど、ホームページを立ち上げる人がぜんぜんいない。むしろ、ホームページ開設してるやつの方が少ないんじゃないか?

まあ、いいけど。

実はこの2週間の空白の中で具体的に出来上がってくる物がけっこうある。出来上がり次第、皆様にお見せしよう。

日記を書かないからって、何もやっていないわけじゃないぜ。

フッフフフッ★

10月25日(水)

本日。私。真平は。ここ。品川に。帰ってきた。

1年半という、短くも濃密な時間は、我が友である地下料理研究家の手際によって、迅速に、そして、徹底的に、その存在を移動された。今、恋ヶ窪のアパートに残っているのは、貰い手の見つからなかった炊飯ジャーと、僕と生活を共にしていたゴキちゃん一匹だけである。それ以外の存在は何もかもが軽トラックに積み込まれ、何もかもが今僕の目の前に、過不足なく、僕の部屋に移送されてきている。

そう、つまり、今日の引越しは大成功だったのである。見積もっていた時間の半分で終了したのだ。これも我が友である地下料理研究家のおかげであり、その事に関しては感謝の言葉も無い。

ただ、その大成功の裏に、何かしら、僕の生き様のようなものが隠されているようで心許ない。なんと言えばいいか、僕の1年半というものは、何の問題もなく、いとも簡単に移送可能であったということだ。僕がもっと執着してこの1年半を過ごしていたなら、僕らは今日の引越しにもっとてこずっていた筈なのだ。

引越しというのは時間と物と気持ちの集約作業だ。その概念だけ抽出すれば、それは、もはや人間そのものなのである。そして、だからこそ、そこには自らの生き様というものは現れてくるはずなのだ。

しかし、今日の引越しは、何の問題もなく、実に手際よく、片付いてしまったのである。

僕は自分が思っている以上に、中身の無い人間なのかもしれない。

実に不甲斐ない事実の発見である。

10月26日(木)

引越しもなんとか無事に終了し、心地好い疲れの中、今夜はゆっくり安眠して、久しぶりのマルマル2連休を謳歌しようかと思っていたのだ。まあ、引越しの後片付けはあるけれど。

今の時期は学祭準備期間で、学祭に参加しなければ2週間ほど学校も無く、一人暮らし特有の緊張感からも解放され、多少バイトは入っているものの、来週からは日本縦断が控え、ちょっと今までには無い伸びやかな気持ちに包まれていた。

しかし、現在、僕の心はどんよりと暗く湿っている。おかげで、うまく眠れない。おそらく、今、僕とゼミを同じくする友人達も同じ状況だと思う。

学校も休みで、学祭が控えていたりで、きっと皆もウキウキしていた最中だったと思う。

直接の引き金を引いたのは僕かもしれない。

いや、確実に僕だろう。ここに至るまでの布石を敷いたのも僕に原因があると思う。まあ、ある種の穿き違えが原因だった。それは僕も反省している。

ただ、反省してもちょっと取り返しがつきそうも無いほどに、何か大切なものを損なってしまった観がある。ゼミ崩壊?ぐらいの感じである。なかなか厳しい。

以前から、僕はブログとかミクシーとかを批判してたけど、そういったコミュニケーションに互換性のあるツールを逆に僕は畏れていたんだと思う。もし、僕自身がそういったものに手を出すようなことがあれば、僕は絶対に何か歪んだコミュニケーションを開始するだろう。便利すぎるほどに便利なそのツールの機能を無視して、何かとんでもないお節介な事までやらかすだろう。

そして、今回、その畏れていた事態が現実のものとなってしまったのである。僕はメーリングリストというコミュニケーションツールによって、多数の大切な友人を不快な気持ちにさせてしまったのだった。僕はその影響力を想像もせず、お節介な情報を垂れ流していたのである。

まあ、しかし、こういう過ちや、こういう落ち込みって、忘れて久しい。そして、なんだか凄く青臭い。つまり、青春である。遅すぎる青春は拗れるもので、今、まさに、僕の拗れた青春は開花したのである。

しかし、やはり、この衝撃は老体にこたえる。

誰か、今から呑みに行かないか?呑まないとうまく寝れそうにない。学校へ行くのがとても怖い。

10月27日(金)

部屋が片付かない。

片付けてはすぐに行き詰まり、放心していると、昨日の記憶がフラッシュバック。自己嫌悪。気を取り直して、また片付けを始めるも、すぐに行き詰まり・・・・。この繰り返し。

何から手を付けていいのか、何をしていいのか、何に向かって行くのか、いや、そもそもこれは一体何なのか。いっそのこと、何もかもを捨て去って、一から始めたほうが楽なのかもしれない。何もかもを。。。

以前、僕のことを初対面にして「ショボ夫君」と命名した人がいた。初対面の相手になんて無礼な人なんだと、僕は憤慨したけれど、まさに、今、この僕は「ショボ夫君」以外の何者でもない。

「ショボ夫君」を打破するには、まず自分が「ショボ夫君」である事を認めなくてはならないのだろう。「ショボ夫君」である事を破棄したり、否定したりしていては、僕はいつまで経っても「ショボ夫君」のままなのである。そして、そのショボさを今回のようにどこかで発揮してしまうのだ。

だから、とにかく今は自分が「ショボ夫君」である事を認め、皆に詫びよう。自分は本当に、どうしようもなくショボかった。

ショボ夫・真平。 悪くない。

それが済んだら、また、悩めばいい。

10月29日(日)

今だになんだかよく事情を理解できないんだけども、俺が今日仕事に出かけている間に、親父が俺のパソコンのモニターを捨てていた。

たしかに、もう使っていない廃棄する予定のモニターは一台あったんだ。だから、回収業者が回ってきたら持っていってもらうよう頼んでおいたし、その為に、きちんとケーブルなんかもまとめて、すぐに運び出せるようにしておいたんだ。もちろん、その説明は親父にもしておいたし、まさか、パソコンに繋がっているモニターを無理に捨てようとする人もいないだろうと思ってた。

でも、帰ってきたら、モニターは二台とも、綺麗サッパリ無くなっていた。

怒るとか、哀しむとか、もう、それすらも通り越して、笑った。腹をかかえて笑った。そして、少し元気になった。

落ち込んでいる俺の姿を見て、元気づけるために親父がそんな暴挙に出たんだったら、俺は親父に心から尊敬と感謝をするだろう。

まあ、その真意もよく分からないけど。

あと、突然、モニターが無くなったというのにも関わらず、こうして日記を更新できるのは、実に気前良く、かつ迅速に、VAIOのモニターを譲ってくださったユミちゃんのおかげである。ユミちゃん様々である。

10月30日(月)

学校の油絵学科の学生で、好きな画家も知っている画家も岡本太郎しかいない!という、なかなか豪快な、というか、無鉄砲な友人がいるんだけども、ある時、彼は会田誠さんという新進気鋭の美術家に出逢い、会田誠さんの著作である「青春と変態」という私小説に大いに影響されたのだった。

もちろん、彼の情熱は影響されっぱなしでいるわけにもゆかず、その「青春と変態」を真似て、自らの超私小説、まあ、かなり際どいレベルの日記をつけ始めたのである。際どいというと語弊があるので、かなり素直な日記とでも言っておこう。僕も少し閲覧させてもらったが、「青春と変態」とはまた別の形で凄味のある内容であった。いずれ、皆さんにも紹介できればと思う。

まあ、そんなわけで、ある時、僕らは会田誠さんと一緒に呑みに行く機会を授かり、作品への関わり方など、新進気鋭の美術家ならでわの大変興味深いお話や経験を伺う事となった。

そして、そのお礼の意味も込めて、油絵学科の彼は「青春と変態」に影響されて自分も同じような作業に取りかかっているという事を尊敬の念を込めて会田さんに報告した。その光景を目の当りにした時、物品ではないお礼の仕方もあるんだなぁ、なんて、かなり感心させられた事を憶えている。

さて、しかし、会田誠さんも世に出る美術家、いや、むしろ美術家だからこそそうなのかもしれないが、かの「青春と変態」にはかなり脚色が挿入されているという事実を語ってくださったのだ。たしかに、美術が一切の脚色無しで成立するわけが無いのだ。むしろ、その脚色こそが美術を美術たらしめている部分でもある。

「あれが事実だったら、ただの変態になっちゃうよ~」

会田誠さんの言葉だった。そして、油絵の彼は大きな衝撃を受けたのである。真っ直ぐに追い求めていたものが嘘だったのだ。僕は彼の日記を見たから知っている。彼の日記には脚色など無い。目の前にある自らの事実が書かれている。そして、それは最早、変態的な拗れ具合なのである。

青春は変態で、変態は青春である。両者は直結している。それが青春。

それを考えれば、僕はまだまだ青春していない。

グルーヴしていないJ・Bのようなものだ。

10月31日(火)

本日、国分寺アパートの部屋を明け渡してくる。その後、学校にバイクを取りに行き、学祭を少々楽しみ、夕方から早稲田の授業を受け、実家に戻る。そして、明日未明、僕は遥か出雲の国を目指し、長い旅へ出る。

現在、10月。神無月。出雲の国では神在月。日本の八百万神が出雲には集結しているのだ。まさに神話の地、イザナミの地。そして、この日本という国が国家の道を歩みだすきっかけとなった地。出雲。

イザナミとは何なのか?大国主大神がいかなる存在なのか?国生みとは?国造りとは?はたまた、国譲りとはいかなる意味を持つものなのか?この日本という神話国家がいかなるものなのか?そして、そこに生まれ育った真平は一体何者なのか?まさに、自らのルーツを辿るプチグレートジャーニー。神々の帰宅の隙を突く神話と精神と奇襲の旅でもある。

「遥か出雲へ イザナミに誘われ・・・ ツアー ’06 秋 」

乞うご期待!