2008年 10月 11月
10月1日(水)

みなさん、もうお気付きだろう。1ヶ月間、無休で日記更新。

まあ、物理的に毎日更新することもできなかったので、まとめて更新することもあったが、まあ、一応、一ヶ月間、毎日の日記を書き上げた。

昔のこの日記を見てみると、毎日どころか、一日に2度更新している日もあったりして、ここ最近、疎らな更新しかできていなかったので、意識的に挑戦してみた。過去の自分への挑戦といったところだ。

ただ、自発的に書くというよりは宿題に追われているという感じの一ヶ月間だった。昔の自分がいかに色々なものに感応し、いかに自然に筆を振るっていたかがよく分かった気がするし、それ以前に、そういう事ができていた環境の豊かさにも思い至る。美大というところは良くも悪くも自由だった。法外に学費は高いけど。

まあ、毎日とはいかないまでも、ちょっとトレーニングができたので、できるかぎりこまめに更新しようと思うので、これからも私に巻き起こる小さな物語を楽しんでいただければ幸いでございます。

10月2日(木)

金木犀の甘く切ない香りが、仄かながらも町のあちらこちらで香りはじめ、都会の狭い空に鱗雲が奥行き深く広がり、日を追うごとに夕暮れが早くなる。季節はいよいよ秋へと歩みだしたようだ。

季節の変わり目はいつも切ない。私たちは季節の変わり目を、否が応でも身体全体で感じてしまう。それはつまり、時の流れを身体全体で感じなければならないということだ。

どう抗っても、過ぎ行くままに過ぎて行く存在を感じなければならないというのは、なかなか辛い。

あ~。切ないな~。

10月3日(金)

秋だ。昨日は移ろい行く季節への悲哀を嘆いたが、今日は違う。

季節には風物がある。心躍るようなものもあれば、しみじみ感じるものもある。秋はその過ごしやすさと、後に控える厳しい冬のせいからか、様々な風物に注目が集まる。人間の心を特に感応的にさせる季節なのではないだろうか。

しかし、そんな風物の中で、ただひとつ、春夏秋冬、どの季節にも風物として確固たる揺るぎなさを持って存在している者がいる。

女性だ。

季節ごとに様々に彩りを変えてゆく彼女達の姿は、まさに季節を代表する存在、あらゆる季節の風物詩だとフェミニスト代表の私は思うのだ。

秋の彼女達は、また一段と趣き深い。

10月4日(土)

なんだか頑張っちゃったな俺、なんて時がある。気恥ずかしさすら覚えるほど、何事かに一生懸命になってしまった時である。

今日はそんな日だった。

そういう日の終わりに飲むビールは、ほろ苦くも、どことなく甘酸っぱいような感じがする。そんなビールも旨いっちゃ旨いのだが、やはりなんだか、よそよそしい。

10月5日(日)

ブログというものを拝見させて頂くと、皆さん自分自身の実に個人的で具体的な生活実体を、時には写真などまで掲載して、率直に書いている方々が多いようだ。

残念ながら、そんな大胆なことは私には到底真似できないが、読者としては、それはそれでハマって読んでしまったりする。文章や思考やその人個人に対する興味と言うよりは、全く知らない人の日常が垣間見れてしまう、覗き見的快感とでもいうべきか。背徳的な厭らしさを満たす行為といったほうがいいだろう。

もし、ブログ人気の真相がそういう所にあるのなら、なかなか凄いものだと思うのだが、まあ、違うだろう。そんな楽しみ方をしているのは私ぐらいのものだ。

いろんな意味を込めて。

真っ当にブログを書けるような大人になりたかった。。。。

10月6日(月)

雨の月曜日は誰もが憂鬱になる。当たり前だ。

しかも、今日は雨の月曜日。

いつもの時刻の、いつもの車輌の、いつものドアから電車に乗り込むと、明らかに乗客のテンションは低く、いつもなら憂鬱になるはずの私は、そんな乗客の皆さんに親近感を覚え、少し元気になってしまったのだった。

なんというか。複雑である。

10月12日(日)

今日、私は、殴られた。

それは、強烈であり、曖昧で、痛くもあり、歯痒い。

暴力というものは、とても曖昧な関係性の中で起こる偶然的な事故ではあるが、私はそれを認めない。どんな複雑な状況であれ、暴力とは短絡的な卑猥性しかない。結果的には服従を強いるものにしかなり得ないのだ。

だから、私は人間である以上、いかなる暴力も認めない。

弱小ながら、それが私の信念である。

それを諦めてしまえば、我々は終わる。

いかなる場合でも、確実に。

10月13日(月)

いや、昨日は久々に人から殴られた。

懐かしくも新鮮で、歯がゆくも辛い。それが今の私の心境である。何だかとても割り切れない。そんな思いだ。

昨日は、久しぶりに出会った友人3人で呑んでいた。思い出話にも一区切りつき、音楽をやっているという友人が、何てこと無い音楽の話を始めたのだ。

音楽の話。私も嫌いではない。ただ、如何せん、音楽知識に固執した話が多く、まいった状況に陥りつつあったので、その友人が妙に「センス」という言葉を多用しているので、「センス」って何だろうね?なんて、まあ、何でもいいから面白い方に話が転がれば良いと、私が気を遣って切り替えたのだ。

しかし、状況は変わらなかった。彼の論調は「センス」は「センス」で「センス」なのだ。生まれ持った才能が「センス」なのだ。と。こりゃまたまいった。

仕方ないので、もう少し話が膨らまないかと、私はちょっとだけ提案してみた。「センス」っていうある種の判断能力って、生まれ持ったものもあるだろうし、生まれてからの経験や素養なんかもあるのかもしれないよね?と。

その時だった。

「適当な事言ってんじゃねぇぞ!」と、殴られたのである。

まさに、ナンセンス。

しかし、こんなナンセンスな経験は二度としたくない。

10月14日(火)

殴られた頬の痛みを押して、昨日、友人と友人の子供たちと横浜へ遊びに行ってきた。

子供たちの自由闊達な発見や、自由気侭な驚きや、自由奔放な甘えを目の前にして、頬の疼きはどこへやら。子供と接していると全く飽きないし、とうの昔に忘れてしまった何かをいつも思い出させてくれる。まあ、多少疲れることはあるが、代償はそれぐらいのものだ。もし、自分が親になったらその関係性は変わって来るんだろうと思うけども、無責任に接している限りは、なかなか楽しいものだ。

さて、そんな一日の最後に、小学校1年生になる男の子が宿題の絵日記に取り組み始めた。

絵に関しては、一応、美術大学を修了しているし、日記に関しても、下らないながら、6年以上こうして書いている。アドバイスをしたくてたまらなかった私ではあるが、まあ、小学校1年生にああだこうだ言っても始まらないので、出来上がったものだけ見せてもらおうと思っていた。

しかし、その出来上がった絵日記に、私は衝撃を受けてしまった。

なんと、その絵日記に私が登場していたのである。何を書くんだろう?なんて、その日の出来事から色々と予想はしていたのだが、まさか私が取り上げられるなどとは夢にも思っていなかった。

年甲斐もなく、私は感動のあまり、ちょっぴり涙をこぼしてしまった。

いや、むしろこの涙こそ年甲斐なのかもしれない。もう28歳なのだ。

10月15日(水)

同意ばかりしているのもいささか疲れるし、反対ばかりしているのもいくぶん草臥れる。もちろん、同意ばかりされるのも、反対ばかりされるのも同様である。

同意され、反対され、同意し、反対し、大笑いする。

良かれと思って、そういうことを、色々と気を遣いながらも、楽しんでやっているつもりなのだが、私はどうも人から反感を買い易いらしい。

もう少し世の中は色々なことに寛容であるべきだと思う。私にとって、今の世の中はいささかエキセントリックで、いくぶんパラノイアすぎるのだ。

10月16日(木)

最近、お気に入りの芝生がある。

都内某所の広大な芝生の広場で、サッカーグラウンドが4面ぐらい取れそうな広さなのだ。周囲は首都高速と高層階の建物に囲まれていて、都会にぽっかりと空いた異空間のような趣がなかなか良い。しかも、平日はもとより、週末にも人っ子一人見かけない場所なのだ。いいでしょ。

そんな広大な芝生の真ん中で、昼下がりに独りぽつんと昼寝なんかしていると、とても清々しい気持ちになるし、そんな風にしていると、都会の孤独の原因は人の多さにあるのだと気づくのだ。代々木公園ではなかなか思い至らない発見である。

ただ、最近、その芝生で寝ていると、ムズリ... ムズリ... という感触で目を覚ますことがある。目を覚ますと、無数の毛虫が私の身体を這っているのだ。

甘くおぞましい、都会の悪夢。

10月17日(金)

もの凄い美人には仕事で出会う。

今まで、数々の美人を見てきたが、もの凄い美人(もちろん私の好み)というのは、学校の中でもなく、テレビの中でもなく、街の中でもなく、ましてや幼馴染でもなく、仕事の現場にいることが多い。なぜかは知らん。

仕事の現場では仕事の話しかあまりしないし、立ち入ったとしても、かなりビジネスライクな談話程度に限られる。だから、その場では美人とかそういう概念は自然と取り置かれ、認知が遅れるのだ。

もしかして、あの子はもの凄い美人だったのではないか!?

そう気がつくのは、仕事を終え、一定の時を経てからなのだ。

そして、苦しむ。苦しんだところでどうにもならないが、苦しむ。そして、金曜日の夜は、酒を呷り、放尿する。それが時空間を超越して悔やむ不器用な男ってもんだ。

ただ、セクシャリティというのは仕事という舞台によって際立つ面もあるのかもしれない。

10月26日(日)

昨晩、土曜出社で疲れ果てた家路にて、「うた魂♪」という映画をレンタルビデオ屋で借りてしまった。北海道の高校の合唱部を舞台にした青春映画である。

私は案外、この手の青春映画、もう少し言えば、地方青春部活動映画が嫌いではない。というか、そういう方面には滅法弱い。

最近では「ウォーターボーイズ」や「スイングガールズ」や「シムソンズ」や「シックスティーナイン」や「フラガール」など、その手の映画がけっこう封切られてきたが、実際のところ、私はその全作品をそれぞれ最低3回は観たし、その度に歓喜号泣した。

ただ、そういった青春部活動映画が映画として素晴らしいか、と言われると、素直に頷くことはできない。なぜなら、私はヴェンダーズやジャームッシュなどに代表されるロードムービーを主とした映画好きであるし、社会の泥臭さに塗れに塗れてしまった三十路前の男である。

そんな私は、最早、青春映画的なプロットやビジュアルやテクニックなどを素直に賛辞することはできないのである。いくら歓喜号泣しようとも、それだけはできないのである。それが酸いも甘いも噛み分けた、大人の男と言うものである。

しかし、そういう意地のはり方って、ちょっと男子高校生っぽい。

いや、その自意識過剰ぶりは男子中学生にも優るとも劣らないだろう。

なんとも。。。

10月27日(月)

あの青春時代にはもう二度と戻れないのだと気が付いた時、人は少しだけ青春を取り戻す。机の抽斗の奥に仕舞い忘れたベルリンの壁の欠片のように、ごく僅かではあるが、とても冷静に当時の熱気を取り戻す。

私はここのところ、青春時代に優るとも劣らず、よく食べ、よく眠り、よく恋をしている。おかげで、この一ヶ月間で3kgほど肥ってしまった。年甲斐もなく青春を取り戻してしまった結果がこういった形で現れるとは、いやはや。

秋の夜長を傍若無人に打ち棄てる今の私。秋の味覚を見境なく貪る今の私。秋の恋空を乱暴に掻き乱す今の私。

青春ってやつは本当に無軌道だ。私の秋を返してくれ。

10月28日(火)

来週あたり、久々にクラブにでも繰り出そうと思うのだが、残念ながら着て行けるような小洒落た服が無い。いや、小洒落ていなくても良いのだ。私のダンシングに見合うようなイカした服があれば良いのだ。

さて、服装というのは、気を遣う、遣わないに関わらず、着る人のアイデンティティーが少なからず現れてくる。いや、むしろ、その人個人と言うよりは、その人がアイデンティファイされている社会階層が現れているといった方がいいのかもしれない。そういう意味で言えば、服装とは個人と社会を繋ぐ一種のツールであり、人は服を着ている限り社会と繋がっているとも言える。

私の場合、服を買いに出かけても、なかなか欲しい服に出会うことがない。つまり、社会との繋がりがなかなか持てないのである。今度、クラブに着て行く服にしても同様だ。

しかし、私は私のダンシングのための服が欲しいのだ。別に社会と繋がりたいわけでもなんでもない。むしろ、私は私と繋がりたい。

私のその欲求を総て満たす装いがある。

一糸纏わぬ姿。そう、裸だ。私にぴったりだ。

11月5日(水)

朝、駅に向かう途中、よく見かける少女がいる。黄色い帽子をかぶっているので小学校1年生なのだろう。

とても人懐っこい少女で、通勤途中のサラリーマンや道の掃除しているおばさん、犬の散歩をしているおじさんなど、とにかく、行きかう人には大概「おはようございま~す!」とか「行ってきま~す!」と挨拶をする。

挨拶された人も、慣れた感じで「おはよう!」とか「今日も元気だね!」とか「いってらっしゃい!」とか応じている。

ただ、彼女のほうでも、挨拶する人としない人を区別しているらしく、やはり、よく見かける人を対象にしているらしい。

しかも、どうやら最近、私も彼女の挨拶者リストにのぼりつつあるらしく、すれちがう際、じっと私の方を観察し、機会を窺っているようなのである。

彼女が挨拶をしてくるまで待つか。私の方から挨拶するか。

地味な攻防が続く。

11月11日(火)

突然だが、私にとってスキーとはとても内省的な行為だ。

私の父親はライセンスを持つスキーヤーで、私も小さい頃から父親のスキー合宿によくついて行っていた。おかげで物心がつく頃には、一人でも何不自由なく、大概のコースは滑ることができていた。

崖際の厳しく切り立った斜面や、大きく広がる緩いなだらかな斜面、新雪やアイスバーンやこぶだらけの斜面。そんな様々な斜面を滑走していると、なぜだか私自身を支配しているのが私自身なのだ。ゲレンデを滑走しているのではなく、私自身を滑走している。そんな感覚が、私にとってのスキーの時間なのだ。

ゲレンデという銀世界のせいなのか、スキーという行為自体のせいなのか、原因は良く分からない。とにかく、私にとってスキーとは自分自身に深く潜ることのできる時間なのだ。言葉で説明するのは難しいが、自覚的に夢を見る感じとでも言うべきか。

そして、またもやなぜだか分からないのだが、クラブで一人で黙々と踊っている最中、必ずそのスキーの感覚を思い出すのだ。感覚を感じるのではなく、ただ思い出すだけなのだ。

とりとめのない話で申し訳ないが、こないだクラブで踊っていてふと思ったので書いてみた。ちょっと頭がおかしいのだろうか?ラカン先生やフロイト先生にでも訊いてみるか。

ちなみに、同じウィンタースポーツでありスノーボードではおそらく感じない感覚だろう。まあ、やったこともないし、やろうとも思わないが。

11月12日(水)

ここ2週間ほど、自分の仕事とはまったく別に、友人の仕事のちょっとした手伝いをしていた。詳しい内容は言えないが、とある商品のセールスプロモートの仕事で、私は主にヴィジュアルプロモートの智恵を出していた。

今日、ちょうどその仕事が一段落して、今、私はちょっとした充足感に満たされている。できることなら、この満たされた時間だけが永遠に続けばよいと思うほどに。

さて、最近、私はなかなか朝起きられない。布団恋しい季節のせいかもしれないが、朝のまどろみがどうしても気持ち良いのだ。朝寝坊とかではなく、朝のまどろみに完全に絆されてしまって、朝起きることができないのだ。一日の中でもっとも充足したひと時なのだ。

充足した時間というのは人間を絆す。そして、私のような気弱な人間は、そういった時間に支配され易い。完全に身動きが取れなくなってしまうのだ。まさにオーバードーズ。

ただ、そういった時は、酒でも呑んで、ぱっと忘れることが一番で、今なんかも酒を呑んでぐっすり寝てしまおうとしているのだが、残念ながら、朝のまどろみでは酒を呑むわけにもいかないので困っている。

皆さんはこんな季節の朝のまどろみをどう振り切っているのだろう?

11月13日(木)

この季節、もう裸では寝ていられなくなってきた。もう歳なのかもしれない。苦渋の選択ではあるが、仕方ないので大事なところだけは冷やさないようにパンツだけは履いて寝るようにしていた。

だが、しかし、昨晩もいつものようにパンツを履いて寝床に就いたのだが、朝起きたら、履いていた筈のパンツがどこへやら。ベッドの隅に小さく丸まっていたのだ。

よく、その手のビデオで「言葉では嫌がっていても、身体のほうは正直だよ。」なんて、淫靡な台詞まわしが出てくるが、控えめな気持ちとは裏腹に、パンツを拒絶した私の身体は、まさにその状態だったのだ。

いやん!恥ずかしっ!

11月20日(木)

何事においても、意味や理由を求められる社会と言ってもいいのではないだろうか。

個人が意識しようとも、しなくとも、行動だけでなく、個人の思考の細部にいたるまで、その確固たる意味を問われる世の中が、今現在、私乃至我々が所属する世界のひとつの傾向だと私は感じる。

笑う意味、泣く意味、食べる意味、働く意味、生きる意味、死ぬ意味。

ただ、我々は意味を自由奔放に構築することはできない。合理的な整合性と、この社会が訴求している意味を探り当て、咀嚼し、吐逆し、自らに当て嵌めて構築しなければならないのだ。

その結果、世の中には、至極真っ当ではあるが、かなりグロテスクな、意味という名の物語が充満している。

我が心の師であるデヴィッド・リンチ監督の「INLAND EMPIRE」という映画を鑑賞していて、意味についてそんなことを考えていた。

なぜなら、師匠の映画は意味を追っていたら、いや、意味を追おうと思った次の瞬間、新宿の街で小便を漏らして終電を逃した時のように、置いてけ掘りになっているからだ。恐るべき映画である。

11月26日(水)

環状7号線を北に向かい、若林の踏み切りを超え、淡島通りに入る。2つ目の信号を左折して道なりに直進。右手に小学校を確認したら、そろそろそこは下北沢という町だ。

私は下北沢という町をとてもよく知っていた。私が高校生だった頃の下北沢という町を私はとても良く知っていた。毎週、いや、毎日のように、私は愛用のバイクで下北沢という町に行っていた。

先週末、ちょっとした切っ掛けで下北沢に行ってきた。本当に何気なく行ったつもりが、下北沢の駅を出た瞬間、鋭いノスタルジーが私の全身を貫いたのである。

ノスタルジー。つまり郷愁は、往々にして、儚く、優しく、しみじみと私たちを包み込むものだが、下北沢のそれは鮮烈に、凶暴に、烈火のごとく。まさに、郷愁の強襲。

まあ、それが言いたかっただけだ。

ただ、私が衝撃を受けてしまうほど下北沢という町は、私が過ごした青春時代の雰囲気を今もなお称え続けていたのである。町そのものが青春している町と言った方がいいだろうか。

しかし、下北沢も時代の波に呑まれ、駅前の大規模再開発の計画が進行中らしい。おそらく、数年後にはガラリと変わってしまうのだろう。

また青春の町がひとつ変容してしまうかと思うと、寂しい限りであるが、こういう雑多で青春な町が消えてしまったら、若者達はどこへ行けばいいのだろうか。特に、かつての私のような若者は。

11月27日(木)

リアリズムを徹底的に探求すると、突如として、イディアリズムに変化することがある。

たとえば、昔。砂場で遊んでいる時。始めのうちは穴を掘ったり、山を作ったり。砂に対して執拗に技術が探求される。つまり、砂に対する実験と考察とが繰り返し繰り返し行われるのだ。ある意味において、砂に対するリアリズム的アプローチと言って良いだろう。

ただ、ある程度そのアプローチによって技術を身につけた時、事態はイディアリズムへと変化する。つまり、砂は砂で無く、獲得した技術の応用により、別のものへ転換されるのである。城、町、猫、犬、裸婦。その転換は様々だが、これも、ある意味において、砂に対するイディアリズム的アプローチである。

今、渋谷文化村ミュージアムで開催されているアンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth)展では、そのリアルからイディアルへの変化を、いや、その変化する際のムズムズッとした瞬間を存分に堪能できるので、是非皆さん観に行ってもらいたい。

こう言っちゃなんだが、あれは素晴らし過ぎる。

ちょっと高いよ。1300円。

11月28日(金)

こないだ久しぶりに鼻パックをやってみた。ビオレが出しているシート状のあれだ。誰が買ったのか、洗面所に無造作においてあったので、早速、鼻を濡らしてやってみたのだ。

結果。

シートの表面にびっしりと、皮脂を採取することに成功した。

件の鼻パックは、美容のために売られているものではあるが、おそらく、購入する人の真の目的は美容の為なんかじゃないと私は思う。美容という、ある種、外向きの動機というよりは、もう少し内向きの、本能的充足を満たすからではないかと思うのだ。

ちなみに、私は鼻だけに留まらず、背中やら、尻やらにもパックをしてみたりして、一人、その結果に唸っていた。

最早、これは美容ではない。ある種の探求である。

12月3日(水)

最近、私は包容力のある年上の男に弱い。

包容力ある年上の男といっても、実際に会ってみないとその規定はできないのだが、今まで出会った男達の特徴を少しまとめてみよう。

まず、私より5歳以上年上であること。30代が主だろうか。

そして、何らかの肉体労働に従事していること。つまり、ボディはマッチョであること。身体に古傷などがあること。

そして、どんな悩みや問題にも彼らなりの優しさに満ち溢れ、万人が納得する答えを持っていること。(驚くべき事に持っているのだ)

それから、どんな横柄な事柄にも怒らず怒鳴らず、ただただ優しく、そして嫌味なく対応すること。

極めつけは、妻子、又は、恋人がいること。もちろん、彼らはその存在を心から慈しみ、愛していること。

最後に、常に笑顔でいること。もちろん、その笑顔がその人柄に似合うこと。

とまあ、こんなところだろうか。

私はここ最近、そんな包容力のある年上の男に、4人ほど出会っている。中にはイタリア人もいたので、国籍は関係ない。包容力ある年上の男はワールドワイドなのだ。

そして、そんな男達に、私は必要以上にボディタッチし、甘える。酔った振りまでして、その包容力に甘えるのだ。最早、ゲイ的存在である。いやゲイなのか?俺はゲイなのか?

いや違う。

むしろ、私はその包容力に肖りたいのである。私もそういう男になりたいのだ。地蔵の頭を撫でるように、賽銭に5円を入れるように、私は彼らに肖りたいのである。

そういえば、昔、私も女子達から呑みの席でよく肖られたものである。当時は、私に気があるのか?なんて勘違いもしたが、今の私が包容力に肖るように、彼女達は私の何かに肖っていたのだ。

しかし、最近、私は肖られてない。肖ってばかりもいられない。肖られる存在にならなくては。