2009年 8月 9月
8月2日(日)

今に始まったことではないが、私の出不精が、年々酷くなっているような気がする。

少々汚い話になるが、小学4年ぐらいのことだったと思うが、学校に検便を持っていく際に、朝、便を採取しようとしたところ、なぜだか自分の便に催してしまい、吐いてしまったことがある。

時間も無いので、泣く泣く便もゲロもまとめて検便シリンダに回収し、保健係に提出したわけだが、その後、検査結果がどうなるか、気が気じゃなかったことは言うまでもない。

そんな汚い話を思い出したのも、実は先日、私は寝ゲロをしたのだ。トイレに駆け込めばいいものを、ベットの上で、そのまま嘔吐してしまったのだ。

放尿もそうなのだが、然るべき所で下の処理ができないほど、私の出不精は極まってしまっているのだ。出るものは出るのに、出ない。

酷すぎる。

8月3日(月)

ゲロの話から始まった今月の日記ではあるが、私だってあんな汚い話などしたくはなかったのだ。まったく意図していなかったことが結果的に起こってしまう。そんな経験、皆さんにもあるんではないだろうか。

こんな日記でも起きてしまうことなのだから、人生というスパンで考えれば、こんな出来事など、むしろ必然なのだろう。

人間、打算できることなどたかが知れている。むしろ、意図しないほうが、人生うまくいくのかもしれない。

なかなか良い画像SNSサイトである ↑ http://lookbook.nu/

8月6日(木)

今、帰宅する道すがら、近所の稲荷の横を通りがかったところ、中学生か高校生ぐらい(最近他人の年齢が全く分からない)の、とにかく、若いカップルがベンチに腰を掛け、お互いじっと見詰め合っていた。

私が通りがかってしまったので、ちょっと気まずそうな素振りを見せていたけれど、それとはまた別に、独特の緊張感も伝わってきた。おそらく、あれはキスでもしようとしてたんじゃないかと思う。

後輩を冷やかすほど私も意地悪ではないので、足早にその場を後にしたが、何を隠そう、若い頃は私も稲荷派だったのである。人生初めてのキッスも、お稲荷さんに見守られて成し遂げた。つまり、私は稲荷先輩なのである。

稲荷に見守られたせいか、私は夏の夕立の雷のごとく、その後、数多くの電撃的なキッスを経験(男女問わず)することとなるわけだが、残念ながら、バージンキッスの相手とは長続きしなかった。

私のことは何にせよ、まあ、真夏の夜に稲荷でキスをするなんて、若いくせになかなか情緒があって良い。先輩は嬉しい限りである。

8月7日(金)

今日の午前中にテキスタイルのメーカーの商品企画をやっている新人の女の子と打ち合わせがあった。サンプルのプレゼンをする時に声が震えていたりして、初々しい限りであった。

私などは、もはや初々しさなど欠片もなければ、初々しさなど何の得にもならない年齢になってしまったので、かの女の子のように、誰かに初々しさを感じさせることはできないが、でも、やはり、あの一種独特の微笑ましさは良いものだ。

むぅ。

8月8日(土)

またツーブロックにした。今度はもう少し過激なツーブロックにしてみた。

完全に変なおじさんだ。

さて、そんな変なおじさんの隣に、女子高生の二人組がいた。部活の帰りか何かなのだろう。10代独特の黄色い声で、色々な話をしているのを、変なおじさんは盗み聞きしていた。

先輩の話やら、後輩の男の子の話。新製品のお菓子の話や、芸能人の話。それはもう、他愛のない、何の思想性もない、半径1メートル以内の無邪気な話だ。

変なおじさんはそんな女の子達の隣で、煙草を燻らし、ビールを飲んでいたのだが、ふと考えた。

この女の子達から、完全に別世界にいる変なおじさんは一体どんな風に映るのだろうか。私の中にあるガーリーな部分を総動員して変なおじさんはなんとかガールズになりきってみたのだ。

しかし、ガールズになりきった変なおじさんは、結局、変なおじさんだった。その思考過程からして変なおじさんだったのだ。

8月13日(木)

先日、南青山にある、とあるスタジオで、グラビア撮影をして貰った。

以下がその時のものである。

何に使うかって?

それはまたのお楽しみ。

8月16日(日)

高校の頃、好きだった女の子がいた。

学校内でも人気がある子で、最初の頃は「へ~、可愛いじゃん」なんて、斜に構えていたけれど、2年生の時に同じクラスになってから、ひしひしと好きになってしまった。

真っ直ぐで真っ黒な髪に、手足がすらりと長くて、肩や腰は硝子細工のように華奢だった。はにかんだ感じの笑顔が本当に可愛いかった。

親しく言葉を交わすようなことは無かったけれど、授業中は、ほとんど彼女を眺めて過ごしていた。彼女がいなかったら、残りの退屈な高校生活に耐え切れず、学校を辞めていたんじゃないかと思う。

卒業式。沢山の男子が、彼女に交際を申し出た。私はその光景を遠目に眺めることしかできなかった。誰一人として良い返事を貰えなかったと聞いて、胸を撫で下ろしたけれど、それはもう、心臓が縮み上がるような光景だった。

卒業式後のクラスの飲み会で、クラスメイトが酔っ払って騒ぐ中、私はその喧騒に適当に合わせつつも、悩んだ。このまま、卒業してサヨウナラ。そんな事は耐えられなかったのだ。

飲み会も終わり、みんなで駅に向かう途中。彼女が一人になった時を見計らって声を掛けた。

あまり良く憶えてはいないけれど、卒業のことや進路のことを話したと思う。一通り話が済んだ後、彼女も何かに気が付いてくれてたのかもしれない、私の目をじっと見て、その後にあのはにかんだ笑顔で微笑んだ。

私からもちかけた。

「今度 デート しない?」

「・・・  うん いいよ。」

ニュートラルな恋がドライブにシフトした瞬間である。

8月17日(月)

デートは渋谷へ映画を観に行った。まだまだ肌寒い初春の街をタンデムバイクで走り抜けた。映画を観て、喫茶店に入って、好きな音楽や好きな映画の話をした。将来のお互いの夢の話なんかもしたと思う。

ただ、僕らはデート以前に色々と通過していなければならない基本的な事が多すぎたし、お互い卒業後の進路が定まっていない微妙な立場でもあった。

残念ながら、そんな状況の中で、若い僕らはそれ以上恋をうまくドライブさせることができなかった。そして、結局、それが最初で最後のデートになってしまった。

若さ故の未熟で潔い結末だった。

なんでこんな話をしたのか。今日で私の短い夏休みが終わった。なぜか10年以上前のこんな出来事を思い出してしまったのだ。

8月19日(水)

仕事をするということは、その行為とは裏腹に、孤独なものである。

あらゆる繋がりが、断絶を感じさせる。

さて、夏休みより、現に戻った私ではあるが、短い夏休であったにも関わらず、完全に現の出来事を忘れてしまっていたのだった。

今はまだ、現の記憶の断片を物的な証拠から推測し、整合性が取れるよう、うまく組み合わせている所なのである。

しかし、そこまでしても記憶が繋がらないというのも、私もどれだけ夏休を満喫していたのだろうか。それとも、現の孤独な記憶というものが、かくも薄く、脆いかのどちらかである。

しかし、どこへ行ってしまったのだろうか。私の記憶は。

8月21日(金)

先週、横浜に終電で向かい、始発で帰ってきた。まあ、言い換えれば、寝過ごしたとも言うのだが、睡眠不足で調子よく酒を呑んだのがいけなかった。

ただ、4時間あまりのちょっとした放浪も、肉体的には大変辛い体験ではあったが、感覚的には充実した体験となった。

よく異国情緒漂うなんて形容詞が用いられるが、横浜の異国情緒は、深夜、街に人気が無くなってから発揮されるのだ。

みなさんも、たまには時間帯をずらしたお出掛けもお勧めだ。

今度は意図的に深夜のお出掛けをしてみようと思う。

8月28日(金)

夜はもうすっかり秋めいてきた。

春や夏の訪れには、もうすっかり慣れてしまったが、これから訪れる秋って奴には、まだまだ胸躍る三十路前。

金曜日の夜、こんな事が一体いつまで続くのだろうかと考えつつも、若い頃の私だったら、すぐに何か別の道を探し、突っ走っていただろうとも思う。もちろん今だって、何か面白そうな事はないかとアンテナは張りつつも、昔のようなフットワークの軽さが無く、引き篭もる週末。

いや、よく考えてみれば、今も昔も私は引き篭もりだったのだ。

しかし、そんなどうしようもない自分自身にふと気が付いた時、周囲に秋の気配が近づいていたりすると、こんな私にも、何かが始まりそうな、何かが起こりそうな、そんな期待感がじわじわと湧いて来るのである。緑だった葉が突如として茜色に変化するような、そういう情緒的な激変が待っている。

秋、何かが変わる季節なのだ。

8月31日(月)

月曜日の夜。

終電車で家路を急ぐ。

台風の過ぎ去った町は、月曜日の夜らしく穏やかで、道行く人も車も疎らだ。夜風までが冷やりと静まり返り、しっとりとした虫の鳴き声だけが響き渡る。

8月31日。夏は静かに終わりを告げた。

ひと夏の経験をした者よ。

経験談を求む。

9月10日(木)

表参道で少し時間が空いたので、何か雑誌でも買って、カフェで時間を潰そうかと思い、三陽堂書店に入った。ファッション雑誌なんかをパラパラと流し読みしつつ、何か面白そうなものがないかとウロウロする。

久しぶりに「STUDIO VOICE」でも読むか。

「STUDIO VOICE」は私が若かりし頃、アートやサブカルチャーにドップリ浸かるきっかけになった雑誌だ。10代の頃はバイブルのごとく肌身離さず、毎月、舐めるように読んでいた。

店のおばさんに「STUDIO VOICE」は置いてあるか尋ねる。

ごめんね。先月で休刊になったんだよ。知らなかった?

「STUDIO VOICE」 休刊

私の青春は終わったのだ。

9月20日(土)

始まりは、いつも晴れ。

連休中日。凄まじい渋滞の中、恐れを知らず、我々は出発するのだった。

海を目前に、年甲斐も無く胸高鳴る。

鬼のような混雑の東名高速抜け、我々はようやく小田原に到着したのだった。

渋滞の恐怖は、これからが本番。

海を眺めて和むも、尿意によって車内は戦慄に満るのだった。

12時間の不眠不休の末に。

夜9時、我々はようやく雲見温泉の漁師宿に到着。待っていたのは豪奢な刺身盛りだった。

思いも寄らぬ歓待に。

どうして良いのか分からず、目の前の金目鯛を静かに見守る3人組だった。

思いも寄らぬ歓待に。

目の前にある光景に理解が及ばず、茫然自失の2人組だった。

歓待の後に。

たらふく食べた我々は、とりあえず横になるしか術を持たなかった。

ようやく落ち着いた我々は。

抜群に旨い烏賊の姿干を肴に焼酎を舐め始める我々だった。

宴の最中。

渋滞の疲れのせいもあり、終始、まったりムードの宴だった。

宴もたけなわ。

酒では駄目だと悟った我々は、さっそく麻雀を始めるのだった。特別ルールにより、私の一人勝ちとなる。

午前2時半。

1人、落ちるのだった。

午前3時。

また1人、落ちるのだった。

午前3時半。

またまた1人、落ちるのだった。

午前3時半。

まだまだ1人、元気な奴がいるのだった。

9月21日(日)

午前7時半。

誰1人として目を覚まさない我々。

朝の爽やかな風の中で。

雲見の町を散策。爽やかな風の中、獣の匂いを感じる。獣発見。

島に囲まれた入り江にて。

日々の仕事を忘れ、美しい光景に見惚れる3人組。絶景である。

交通事故ごっこ。

開放感に満たされ、不謹慎な遊び発生。

愛逢岬にて。

長い道のりの末、我々はようやく目的地に到着したのだった。

愛逢岬にて。

7年前、我々はまったく同じ地に立っていたのだった。

高校の頃から、ドイツとジャズをこよなく愛する、硬派なズッコケ5人組の、浪漫に富んだ、三十路伊豆旅行だったのである。

9月23日(水)

夏から秋へと変化する狭間の休日、私はエデンに舞い降りた。無骨ながらもしっかりとした存在感と、独特の魅力を持った構造建築物群。

まず出逢ったのが。一見すると地味ではあるが、よく見ると実に愛らしい。将来が実に楽しみな。蒼井優タイプのジェット燃料タンク群である。

続いて。安定感ある整った美しさの中にも、どことなく漂う田舎臭さが親しみ深い。仲間由紀恵タイプのガントリークレーン群である。

そして。初めのうちは分からない、独特の潜在性を秘め、噛みしめるほどにその魅力を実感する。堀北真希タイプのオイルフェンスである。

更に。歳を重ねるごとに、その魅力も重ねてゆく。造形的な美しさというよりは、内包した艶を秘める。鈴木京香タイプの天然ガスタンクである。

続いて更に。恋愛には案外不器用でも、その経験を魅力に変える。不動の美しさが眩しい。竹内結子タイプのガントリークレーンである。

最後に。やはり、何時まで経っても、その魅力は変わらない。過去にも未来にも私の心を離さない。広末涼子タイプの小麦タンク群である。

夏から秋へと変化する狭間の休日、私はエデンに舞い降りた。無骨ながらもしっかりとした存在感と、独特の魅力を持った構造建築物群。

また、来年。