ボーイズンガールズ、そして、レディーセンジェントルメンの皆さま。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
さて、味覚は年齢に応じて変化する。そんな事を、お節料理を食べながら実感していたのだが、味覚以外はどうなのだろうか?
臭覚や聴覚、その他諸々に対する嗜好も味覚のように変化するのか?
諾。 変化するのである。
その証拠に、最も五感が駆使される私の「オカズ」の変化は、緩やかながらも大胆に変化を遂げている。
勇猛かつ貪欲な我々は、至高の感覚を求め、情報の海を潜り続けるのである。今年も潜りまくるぞ! 超ぅぉ~気持ちいぃぇ!
服を一枚介した女性の身体の柔らかさというのは、直接触れる時とはまた違った格別のものがある。
それとは逆に、服を一枚も介さず、直接肌に触れる毛布の感触にも格別のものがある。
だから何だと言われると、何なんだが。
そういうものを欲する格別な寒さである。
気がつくと小便が漏れている。そんな寒さだ。
ここ最近、私はちょっと変な髪形を意識している。
奇抜というのとは違う。ちょっと変なのだ。
さて、そのように、ちょっと変な髪形をしていると、9割の方々はその髪型通り、ちょっと変な奴だと思って下さる。
ただ、残りの5分の方々は凄くお洒落な奴、そして、あと残りの5分の方々は兎にも角にも何だか凄い奴だと思って下さる。
だから何だと言われると、何なんだが。
ある部分で、私の髪型に対するそういった反応を、人と接する指標にしたりしている。まあ、上記の通り、9割方が常識的な方々である。
本やら道具やら写真やら何やらが雑多に部屋に散らばっている為、何かしようと思っても、まず、それらの散逸したものから必要なものを探さなくてはならないので、億劫になって諦めてしまうのだ。
そんな悪循環から脱する為、一念発起して、部屋の整理を行い始めたのだが、当然のごとく1日では終わらず、少しずつではあるが、毎日、断続的に今も整理を続けている。
まあ、皆さんもご存知の通り、部屋の整理をしていると、色々と懐かしいものが発掘されるのだが、私も色々と懐かしいものを発見した。
ただ、先ほど、これまでの懐かしく微笑ましいようなものとは違った、大変衝撃的なものが発見されたのである。
高校生の頃使っていたポケットベルである。
これから、新しい電池を入れ、起動してみたいと思う。
なんだか、もの凄くぞわぞわする。
ちょっと宣伝。
私も関与しておりますNiAMaDaNMoのホームページに新しい作品が掲載されましたので、皆様是非御覧下さい。
近く、また本も出版しますので、そちらもお楽しみに。
ちねみに、先日のポケベルの話だが、続きがあるのでまた今度。
ポケベルは凄かったのだよ。みなさん。
先週、近所の古着屋に不要な洋服を引き取って貰いに行った。
ズボンやスウェットやTシャツなど諸々を含め、まったく着ていない洋服が40着ぐらいだろうか。ボストンバックにパンパンに詰め込んで、まるで長旅にも出るかのような態であった。
さて、気になるその引き取り額。
なんと! ¥2,000
ヨレヨレの洋服ばかりだったのだが、大健闘である。
おかげさまで、その¥2,000により、新たにファンキーなズボンと、シックなセータと、サイケなシャツをゲットする事ができた。
なんと言うか、あなり目立たないけど気になる眼鏡女子が、眼鏡を外したらやっぱり可愛かった時のような、嬉しい瞬間を髣髴とさせる出来事であった。
ちなみに、金銭の価値感覚として。
洋服に関しては、安値のファストファッションブランドの値段ですら、高価に感じる私である。古着サイコー!
独身OLがジャニーズやディズニーのようなファンタジックなスペキュタクラ性を好むように、頭の臭い独身の私はクラブイベントが醸しだす妖しげなスペキュタクラ性に、アゲアゲ、ウハウハ、ビンビンになってしまう。
好きというより、アホになってしまうのだ。
クラブでアホを見掛けたら、100%の確立で私であろう。
さて、そんな私は予てから、なにも夜の夜中だけでなく、昼や朝から行われるクラブイベントがあっても良いのではないかと思っていた。
ディズニーだって10時ぐらいからやってんでしょ?
私だって、朝から踊りたい!アホになりたい!
ところが、最近、クラブではないのだが、あのスペキュタクリックな空間を醸しだしまくりの場所を教えてもらった。
通称 「アバクロ」 Abercrombie & Fitchである。
銀座にある洋服ブランドの店なのだが、薄暗くも煌めき、軽薄でいて淫靡な、気だるい高揚感。クラブの醸しだすあの感じを見事に体現させてくれる。しかも、11時には開店しているので、昼飯前に行けるのだ。
昼飯前に、アバクロでアホを見掛けたら、100%の確立で私であろう。
洋服はどうってことないが、ぜひ、店舗には行ってみて下さい。
行けば分かるさ。 「What's going on ?」
「44 93 24 44」
上記の数字をポケットベルで翻訳すると。
「テ ル シ テ」
となる。
ポケットベル。通称ポケベル。乃至、ベル。ちょうど私が高校時代、’96~9年までのごく短期間を最盛期として衰退していった受信端末である。
当時、1000万件以上の加入があったようだが、ポケットベルをコミュニケーションに利用していたのは、ほとんどが高校生たちだったのである。
ポケットベル上だけでのコミュニケーション相手「ベル友」や、悪戯に番号を選んでメッセージを送信する「イタベル」、メッセージとなる数字を速くプッシュする「ベル打ち」など、ポケットベル用語も数々あった。
受信地域も首都圏に限られていた為、地域的にも年齢的にも、限られた端末ではあったが、それが故に、なかなか面白く、奇妙なコミュニケーションが成り立っていたのだ。
「64 04 93 45 75 51 93 67」
「ベ ル ト モ ナ ル ?」
などと、私も不特定の番号にメッセージを送って、女の子とベル友になり、実際に会ったり、遊んだりしたものである。
もちろん、すっぽかされた事もあったが、逆に、女の子からそういったメッセージが送られてきた事も何度もあるし、今で言う「ネカマ」ではないが、「ベルカマ」みたいな事をして友人に悪戯した事もある。
まだ、通信技術や個人情報意識や人間関係が緩やかだった、青春時代の思い出である。広末涼子も可愛かった頃だ。
すべてがあの頃ぐらいで留まっていれば良かったのかも知れないと思うのは、私が歳をとってしまった証拠だろうか?
ちなみに、下のポケットベルのCMはウチの近所の公園だった。今は道路を新設するため、区画整理で無くなってしまった。
今はもう存在しない、全てが過去の遺物である。
「72 03 51 41 04 12 32 22 88」
丹頂の「ブリュシケトゥ」と、白和蘭の「ナナシ」。
去年、愛する金魚を2匹。相次いで失った。
忙しさのせいもあり、なかなか手を掛けてやれなかった私の管理不足にも原因があると思う。
今残っているのは、大して目も掛けず、名前すら付けてやらなかった出目金が1匹。淋しそうに泳いでいる。
否。淋しいのは私の方だ。
その淋しさを埋めるため、今度は黒出目金と黒蘭鋳を買おうかどうしようか迷っている。
しかし、その黒い2匹の金魚を買った場合、今いる出目金が全体のコーディネートに釣り合わない、などと、悪魔的な思索を巡らしていたりもする。
なんと罪深き事か。
しかし、出目金よ。そんな悪魔の与える餌を喰らい、肥太るが良い。
淋しい悪魔に、その一生を捧げよ。
その対価に、今度の連休、水槽の掃除をしてやろう。
動物を飼うという事は、悪魔の所業なのである。
そして、悪魔はその所業を止めることができないのだ。
先日、久しぶりに若く可愛い元気な女の子たちに囲まれ、おじさんの乙女心が燃え上がった。
可愛い女の子。
よく分からないのだが、おじさんは昔から可愛い元気な女の子になりたかったようなのだ。永遠の可愛い女の子がおじさんの夢だったのだ。
今、「PC・ササ」と名乗り、様々な課外創作活動に参加しているが、今後、「レディ・ササ」としての課外乙女活動が必要になるかもしれない。
さて、おじさんの乙女心が再燃焼する前に、早く寝よう。
喫煙所で煙草を一服していたら、ちょっと様子のおかしいおじさんが、煙草も吸わずにうろうろやって来た。
なんだかちょっと嫌だなと思っていると、おじさんはその喫煙所にいた人達を一人ずつ、舐め回すように物色し始めた。
気持ち悪いと思って、物色された人達は煙草を吸うのをやめ、次々と喫煙所を立ち去ったが、私はそのおじさんの行為に対して、無性に腹が立ち、おじさんの前に立ち塞がり、物色返しをしてやった。
おじさんの物色の意図は定かではなかったが、私の物色返しは、ベルトに手を掛け、あからさまな敵意と憎悪を含み「今ここで裸になってやるぞ!」という強い姿勢を露にし、しかも、こう罵ってやった。
「What the fuck are you lookin' at? Huh?」
「太陽が眩しかったから」という異邦人のムルソーの言葉ではないが、世の不条理や理不尽には、それを超えた態度で臨むのが得策である。
むろん、私の異様な気迫に圧され、おじさんは退散したが、その後姿は妙に淋そうだったことを記しておこう。
おじさん。 また出直しておいでよ。 俺は負けないけどね。
昨日はバレンタインデイだったのか。
小学5年の時、バレンタインデイに20人からチョコレートを貰い、その全てを2日間で食べ尽くした夜、大量の鼻血を噴出し昏倒したことは、私の最盛期の良き思い出である。
"Someday" is really just code for "Never".「いつか」は「実現しない」に相当する暗号である。
トム・クルーズが劇中の台詞でそう言っていたが、やって来てしまった20年前の「いつか」も、やはり、今後二度と「実現しない」のだろうか。
20年前の最盛期よ。
まあ、しかし、トム・クルーズのそういった言葉ほど、鼻持ちならないものはない。"Mission: Impossible"を"Possible"してしまう男だし、その劇中でも、見事に"Someday"は"Never"を逃れていた。
ハチャメチャアホ映画をあそこまで大真面目にできる俳優は少ない。
そういえば、20年前の最盛期の私も、トム・クルーズよろしくのハチャメチャアホだった。
もしかしたら、ハチャメチャアホこそが、
"Impossible"を"Possible"し、"Someday"を"Never"にしない方策なのかも知れない。
最盛期よ再びカモ~ンッ!
帰り道。
お腹を冷さない用のホッカイロを買い足しに、ドラッグストアへ寄る。
貼れるタイプのカイロを手に取り、店内を少しうろうろしていると、美容コーナーの鼻パックの棚に目が止まる。
鼻の毛穴に詰まった角栓を、ぺろんと取れるアレである。
今は、シート型以外にもチューブ型や洗顔型や専用器具など、様々なタイプの製品が出ており、鼻パックに対する需要の拡大が認められる。
しかし、鼻パック関連製品はそもそも美容コーナーにあるべきものなのかというところなのである。
美容というより、あのぺろんと取れる快感や快楽にこそ、製品に対するニーズがあるのではないかと私は思うのだ。
つまり、そうしたニーズを正しく理解した上で、この製品を陳列するならば、店舗からして、まずアダルトショップに置くべきなのである。
とまあ。
今日も、お腹を冷さないよう、しっかりホッカイロを貼って、早く寝よう。
家にドリップ式の珈琲メーカーがあることが発覚してから早1ヶ月。
珈琲なんて誰も飲まないのに、なぜ?
しかし、あるものはあるのだから、使わない手は無い。
私も珈琲を美味しいと感じる年頃になってきたので、豆を買ってきてちょこちょこ飲みはじめているのだが、不思議な事に珈琲を飲む量に応じて煙草を吸う量も明らかに増えるし、両方とも更に美味くなるのだ。
セーラー服と機関銃ではないが、珈琲と煙草の不思議な親和性である。
しかし、珈琲と煙草だけでなく、人間関係でもこういった出逢いはあるもので、こういう親和性が良いものと出逢うことが、人生において案外重要だったりするのである。
なんちって。
金曜日の夜。みなさん楽しんでいらっしゃるだろうか?
私は、夜更け過ぎから寒くなるというので、早々と家でぬくぬくとしている。
さて、自分は今、何でこんなことになってしまったのか?
そんなことを、みなさん、考えたりすることがあるのではないだろうか?
私はよくある。 後悔というやつだ。
そんな時、少し前の自分に立ち戻ったりしてみたりして、改めて自分を見つめ直したりしてみる。
私は、ちょうど5年前、大学2~3年の頃に友人とやっていたマンガ・ラジオ・バンド・アートのサイトのことを思い出し、ちょっとその素材を再確認してみた。
上記のサイトは中途でなんとなく終息してしまったのだが、今見返しても、仕様もない。あの頃の自分よりは、少しはマシになっていることを再確認し、安堵に耽る。むろん、ある意味では輝いてはいたが。
今月一杯の期間限定でそのサイトを公開するので、もしお暇があれば、あの頃の仕様もなさを見てみて下さい。コンテンツは豊富です。
しかし、5年というと、つい最近のことのように思えるが、自分の変化というよりも、自分を取り巻く状況の変化に驚きを感じてしまう。
↑ 画像をクリック!!
10日間限定のタイムリープ!!
朝、歯医者が終わった後、次の予定までにはまだたっぷり時間があったので、あてもなく散歩をした。
隣り町までやって来て、散歩の目的地を決めた。
墓参りに行こう。
8年前、あまりにも早く逝ってしまった友人の墓。死の数ヶ月前にばったりと出会い、その死に対して、私にも少なからず責任があるんではないかと、墓参りにすら行けなかった、友人のところである。
墓地は広く、墓標をひとつずつ確認し、ようやく見つけた友人の墓。
平成15年3月24日没 享年23歳
死は複合的だ。原因が1つだけの死なんてあり得ない。今はそう納得できている。手ぶらで来てしまったので、来月は花を供えにまた来よう。湿っぽい花ではなく、春の花を。
墓参りの帰り道、金魚を買った。
ぶりぶりとした、真っ黒な可愛い金魚だ。
春は怖いのだ。若ければ若いほど、春は怖い。私だって未だに怖い。
私が今住んでいる実家は、中学を卒業した頃に移り住んだ所で、丁目を跨ぐ程度の近所への引越しだったので、まったく馴染みがない訳ではないのだが、未だに通った事のない知らない路地があったりする。
先ほども、煙草が切れてしまったので、散歩がてら町内の知らない道を探しつつ買い物に出たのだが、暗いせいもあり路地で迷ってしまった。
ひとつ曲がり角 ひとつ間違えて 迷い道 くねくね
しかし、北アフリカはどんどん凄いことになってきてますね。ニュージーランドも地震で大変だし。
近所で迷っている場合ではないよ。本当に。
私はお腹がゆるい。
酒を飲んだ翌日などは、最早、ゆるいとも形容し難い程である。
ゆるさの原因として、お腹が冷えることで、内臓の毛細血管に血液が行き届かず、胃腸の機能が低下するという原因があるらしい。
上記の原因を鑑みて、お腹を温めるという単純な対応で、案外、ゆるさを抑えられるという話を聞いたので、現在、私も試みているところなのだが、これがかなり良好である。
しかも、きちんと胃腸が機能を始め、栄養が摂取されているせいなのか、少しずつ体重が増えてきている。高校時代からピクリとも動かなかった体重が増えているのである。
体重が増え、肩に、胸に、腿に、モリモリとマッスルが生成されている喜び!中年の成長期である。
これからは、胃腸が弱いなんて言わせないぜっ!
メタボの始まりかもしんねえけどなっ!
トラ、ブチ、ミケ、タマ、ポチ、ゴン、ツン。
愛玩動物の呼称である。見ての通り、その動物の外見的特長からくる擬態か擬音を用いたものが多い。最近の呼称でもココアだのモカだのチョコだのマロンだの、完全なる擬態呼称である。
まあ、レイシズムとは違うかもしれないが、発想は同じである。人種間は拙いが、その範疇を越えていれば承認されるのである。
まあ、そんな事は良いのだ。
問題は、新しくやってきた金魚に名前をつけるか否かなのである。
いや、もう既に名前は思い浮かんでいるのである。
その名も 「鯨」
外見的特長色が似ているとか、そういうことでは決してない事を強調しておこう。 将来的に鯨になって欲しいという希望から、そう名づけたいと思っているのだ。
東京の一番の高みである東京タワーに昇り、人々を見下す。
日々の鬱屈とした気分を晴らす、お手軽な方法である。
ただ、東京を見渡してみて思う。東京はポワンポワンし過ぎである。
変幻自在の街だ。
スカイツリーなど、認めないからな。
近所のコンビニのレジ打ちに可愛い女の子が新しく入った。
高校生ぐらいだろうか。
その初々しさと看板娘的な立ち位置に、おじさんの乙女闘志は加熱する。接近したいとも違う。むしろ、嫉妬に近い感情であるのだが、具体的に何処を矛先に、何を燃やせばよいのかというジレンマに襲われる。
問題は、その嫉妬心を具体的にどう埋めればよいのかというところなのである。やはり、その到達点はある種のアイドル性の確立なのである。舞台は何処でもよい。とにかく乙女的に何処かで目立って、チヤホヤされたいのだ。
やはり、「レディ・ササ」としての課外乙女活動を具体化していくしか無いようである。まずは、二丁目デビューか。
一年で一番短い月。二月。一番短いくせに二月。
そんな二月は、今年も早々に過ぎ去ろうとしている。
二月が終われば三月で、三月が終われば四月である。
その移ろいゆく月日の中で、そこにに現れる現象や、そのこに現れる様々な現存在に対する関わり方をハイデッガーは「存在と時間」の中で解体し考察し解釈しようとしたわけだが、まあ、そんな事はどうでもいい。
問題は、明日から始まる三月より出逢うであろう様々な存在と、私はどう対峙してゆくのかなのである。
とりあえず、朝の美味しいフルーツグラノーラと、美味しいカフェラテの存在を楽しみに、ガチンコで対峙してみようと思っている。
フルーツグラノーラ美味しいよね。