2016年 5月

5月5日(木)

子供の日である。

今の子供たちも近所の銭湯巡りなんてしているのだろうか。もう巡るほど銭湯も無いか。古き良き懐かしき思い出である。

さて、この連休は去年末の出産直後のバタバタで疎かになっていた大掃除の残務処理をしている。埃まみれの汗まみれで、旅行やレジャーなどとは無縁の我が家である。

しかし、ちょっと念入りに掃除をしてみると、出てくる出てくる。不必要な書類や洋服や雑貨や本。人とはいかに無用なものに囲まれて生きているかが分かる。

とりあえず判断を後回しに溜める。そして気がつくと物で溢れてしまっている。

まるで私の人生のようだ。

久しぶりに銭湯に行って人生の垢を落としてくるかな。

5月7日(土)

大学入学の直前のこと。

もう漫画など読まないぞ!と、それまで持っていた漫画本を全て処分した。

実家の大きな本棚を専有していたから、それなりにまとまった冊数で、希少本も何冊かあった。

今思えば本当に馬鹿なことをしたと思う。

だから、今はあまり漫画本を持っていない。でも、時々、無性に漫画を読みたくなることがある。

そんな時は仕方ないので、漫画喫茶に行くのだが、膨大な作品の中で何を読んでいいのか分からず、ただ呆然としてしまうのだ。

結局、過去に読んだことのある漫画を手に取ってしまう。

漫画に限らないのだが、面白い映画や音楽や本なんかは、友人から勧められたり借りたりして、色々と情報を得て、色々と世界を広げることができたけど、残念ながら今の私にはそうした友人が近くにいないのだ。

他力本願みたいであれだけど。

孤立によって人はどんどん過去に埋もれてゆくのか。

いやいや、このままでは本当に過去に埋もれてしまうので、自らの経験と勘で未来を切り開く!ジャケ買い!いってみますか!

5月10日(火)

今日は娘の4カ月の検診で仕事は休みを頂いた。おかげさまで何も問題なく、元気モリモリ育っている。

検診に来ていた他の子たちもみんな元気モリモリで、産まれてまだ4カ月だというのに、もう立派に個性を発揮していて、見ているだけで楽しい。

でも、子どもができて、親という当事者になってみて思うのは、今まで、私は子どもたちの周辺にある様々な課題や問題を理解しているつもりだったが、それはただ単に色々な情報を知っているだけで、実のところはそれほど理解や関心を持っていなかったということだ。

まったく、情けない限りである。

難しいな。

5月15日(日)

沖縄が本土に復帰して今日で44年である。

沖縄にはいつかは行ってみたいと思っているが、いまだ行けていない。いつか必ず行かなくてはな。

さて話は変わるが、あまりこまめに手入れしていないうちの庭は、この時期みるみる雑草が生い茂ってしまう。個人的には草が生い茂っている光景は嫌いじゃないが、自由奔放すぎる伸び方をするので、やはり草取りをしなくてはならない。

だが、草取り。これがけっこう重労働なのだ。

そこで、私は雑草の中でも地被類のカタバミだけを残して草取りをすることで雑草の勢力分布をコントロールし、他の雑草を生やさない方法を今年から取っているのだが、これがなんとか軌道に乗りつつある。

他にもセダムやタイムなど匍匐性の植物でも試しているが、やはり自生している植物の方が効果は高そうだ。

とまあ、成功気分で昼下がりの麦酒をのんでいるところである。

5月18日(水)

娘を風呂に入れ終えて、湯冷ましに扇風機にあたりながらゴロゴロしていると、そのまま眠ってしまうことがある。

いつも20時までには娘の入浴を終わらせるようにしているので、21時前後には眠ってしまっていることになる。

途中で起きることなく、翌朝までしっかり10時間ほど眠る。

眠れる森のおじさんだ。

3日ぐらい連続でこれをやってしまうと頭痛や肩凝りや腰痛に悩まされるので、最近は眠りに落ちないよう色々な工夫をしているところだ。

いくらなんでもちょっと眠りすぎだよな。

5月21日(土)

私は目が悪い。

左右合わせても0.2しかないので、普段見ている世界はベールがかかったように曖昧だ。

だから、眼鏡はいつも持っている。

でも、日常的にはほとんど使わない。

眼鏡をかけるのは運転とか映画とか舞台とか、まあそんな時だけ。

コンタクトもしていない。

不便だと思うだろうが、そんなこともない。視覚に頼らなくても他の部分で補えることは沢山ある。

あと、視界がボヤボヤしていると東京の街も少しは綺麗に見えるし、女の子だって実際より若く可愛く見えるしね。

私の場合、眼鏡をしない方が、物事と良好な関係を保てるようなのである。

5月23日(月)

飯屋で私の隣の卓に男性サラリーマン三人連れが座った。彼らは注文を終えると無言で各々のスマホを弄っていた。飯を食っている時もずっと。会話などせずに黙々とスマホを弄っていた。

最近よく見かける光景だ。

一人でいる時に暇つぶしでスマホを使ってネットやゲームを楽しむのは分かるが、目の前に人がいるのに会話もせずスマホを弄るってのはどういうことなのか? 何をやっているのだろうか?

私はスマホを持っていないので、そういった行動を一概に否定する立場にない。必要に迫られて、致し方なく、スマホで何か重要なやりとりをしているのかもしれないしね。

でも、気味が悪い。

というのが私の素直な所感である。

5月25日(水)

先週は熱は無いのに喉が痛くて、鼻水も出て、全身腫れぼったいような感じで辛かった。

今週はちょっと無理がたたって膝と背中を痛め、横になるのが辛くて、うまく眠れぬ夜が続いた。

身体が本調子でないと、仕事も生活もやさぐれてしまう。

でも、いい歳のおじさんがそんな風にやさぐれていても、誰も何もしてくれない。

唯一、娘だけはいつもどこでもどうあろうともお構いなしに全力でぶち当たって来る。

娘の前ではやさぐれてもいられないのだ。

5月26日(木)

昨晩、娘がでてくる夢をみた。

細かいところは覚えていないが、チョイ役という感じの出演だったと思う。娘が夢にでてくるのは初めてのことだ。

さて、娘は地球に降りたって5カ月しか経っていない。朧気ながら喜怒哀楽のようなものを表現するようになってきたが、まだまだ未熟者だ。

でも、これからは、どんどん個性を獲得し、いろいろな経験を積み重ね、あと2~30年もすればイッチョマエな女性になるのだろうか。

今はまだこんなにちびっちょいのに、これから先の娘の将来のことを想像するなんだか摩訶不思議でしかたがない。

困ったな。

5月30日(月)

雨の降る月曜日の朝は大人の真価が問われる。

憂鬱にならず、苛々せず、まるで休日の爽やかに晴れ渡った朝のように振る舞えるのが大人というものだ。気候ごときに気分が左右されて何が大人か。

というのが、私の大人観だ。

でも、永遠に大人になることは無理だと悟った雨の降る月曜日の朝だった。

5月31日(火)

この一週間、私が通勤に使っている鉄道路線は定時運行した試しがない。

そのうち2回は朝のラッシュ時に1時間近く運休した。

原因は鉄道会社だけにあるとは思えない。むしろ、世界でも類を見ない人口と規模を誇る経済都市でよくやっていると思う。

とにかく人が多すぎるのだ。

身の危険を感じるほど人が集中しすぎている。

東京脱出を少し真剣に考えたほうがいいのかもな。