2019年 10月
10月1日(火)

小学校の高学年まで、よく寝小便をする子どもで、爽やかな朝ではなく、湿った朝こそが私の目覚めの原風景だった。だが不思議なことに中学にあがると寝小便はピタリと止まってしまい、湿った朝から遠ざかって久しい。

あれから30年近く経た今朝のこと、ほど良い湿り気を感じたので、懐かしさのあまり目が覚めた。寝ぼけ眼をこすりながら、ん? まさか!? と思って、自分の股ぐらを確認してみたが異常はなく、隣に寝ていた娘の股を確認すると、しっかり濡れていて、なぜか私の枕がぐっしょり濡れていた。

どうやら、夜中に娘が私の枕の上で寝小便を漏らし、その後、寝相の悪い娘は移動、私は気づかず寝小便枕の上で一晩中寝ていたようなのだ。

まったくもう!

しかし、このどこか疚しく、恥ずかしく、照れくさく、でも、どことなく親しみ深く、安らぐような懐かしいこの感じは、私が寝小便小僧であったからこそ得られる感覚なのかもしれない。

ただ、いくら娘といえども、他人の小便はあまり気分の良いものではないので、勘弁して下さい。

10月2日(水)

去年の会社の健康診断日、娘が残した朝食をいつもの癖で反射的に口にしてしまったせいで、いくつかの検査を受けることができなくなってしまった。

結局、日を変えて外部で追加検査を受けることとなり、後日、総務部長から直接注意を受け、直属の上司からも小言を言われたが、たかが健康診断ごときで何でこんなに責められなくてはならないのかと、腹が立ったので、嫌味ったらしい反論を延々としてやった。

さて、そんなこともすっかり忘れ去り、一年経った今朝のこと、しっかりと朝飯を食べ、元気も胸も満杯で会社に出社したところ、今日は健康診断日だった。

どうすんだこれ。 俺に謝れ去年の俺よ。


そう言えば、最近の娘は私がすっかり忘れてしまっていることもしっかり覚えていて、私たちが忘れているとしっかり教えてくれるので、今度から大事なことがある時は娘に言っておこう。そうしよう。

10月3日(木)

朝7時、多摩川の河川敷で、ブランコに乗る娘の背中を押している。

川をつたって吹き上げてくる海からの風が心地良く、俺は一体何をやっているんだろうか? などという、ちっぽけな疑問を吹き散らしてくれる。

父親も4年目ともなると、子育てにも色々なことがあって、たまにうんざりすることもありながら、不思議と飽きることはない。

娘は朝のブランコが気に入ったらしい。 俺も気に入った。

10月4日(金)

去年、長年使っていたハイスペックコンパクトデジタルカメラ(以下:コンデジ)が壊れてしまった。

いよいよデジタル一眼レフカメラ(以下:一眼)にするかとも思ったが、子連れ外出時の携帯性と汎用性などを考え、色々と検討した結果、今まで使っていたコンデジの後継機に落ち着いた。

う~む。

でも、今回のロシア旅行でも、コンデジならではの機動性を発揮し、相当数の貴重な写真を撮ることができて、大活躍したところだ。大満足の結果を残している。

だが同時に、以前から感じていた問題が、あらためてここで露見したようにも思う。それは私の撮る写真の構図が決定的に拙いという問題だ。そう言えば、昔、大学受験のデッサンクラスでもよく構図の拙さを指摘されていた。あの頃からの懸案事項だ。

今の写真はデジタルデータなのでいくらでも後処理が効いてしまうため、そうしたことも追い打ちをかけて不味いのだが、いくらなんでも後処理前提で撮影するというのも情けないことだ。

だから、もう少しこのコンデジで構図の取り方をじっくり身に付けてゆこうと思う。構図の訓練ならば、コンデジほど適した機体もなかろうとも思うのだ。

結果オーライベリーマッチ!

一眼は、育児や構図など、諸々のことが落ち着いてからでも遅くはなかろう。


よくよく考えてみたところ、構図が拙いって、誰かに見せる気ゼロっていうか、独り善がりっていうか、つまり、そもそもカメラいらなくね? などと思ってしまいました。いかんね。

10月5日(土)

ウラジオストクの海岸沿いにあるブランコで娘と遊んでいたら、隣で遊んでいた少年(未就学児童と思われる)が、そのブランコでありえない速さで回りはじめた。

娘は自分のブランコを漕ぐことを忘れ、唖然としながら高速回転の少年をじっと眺めていたが、しばらくして心配そうに「父ちゃん、あれ大丈夫なの?」と聞いてきたので、私が「あれはもう駄目だな」と答えると、娘は「そうだよね! 駄目だよね!」と言って堰を切ったように笑いはじめた。

あまりの衝撃に笑いが止まらないらしく、娘がケタケタ笑っていると、少年は調子に乗って更に回転の速さを増す。また笑う娘。また回る少年。笑う。回る。笑う。回る。

確かに、こんな風に過激に遊ぶ子どもは、日本ではあまり見かけなくなってしまった。もしかしたら、娘はこのロシアの少年にちょっとしたカルチャーショックを受けているのかもしれないな、などと思いながら、娘と少年の姿を眺めていたら、少年がちょっと危ないぐらいの速さで回りはじめ、近くの壁に激突しそうだったので「ニェット! ニェット! ニェット!」と言って止めた。

私もちょっと心配になってきたので、近くに少年の親がいないか探してみたが、それらしい人の姿はなく、よくよく眺めてみると、ここは子どもの遊び場ではなく、水煙草を吸わせるバーのカウンターだった。

そうだそうだ、俺は今、日本ではなくロシアに来ているんだった。

娘と一緒にいると、どこであろうが娘の世話が優先されてしまって、旅行に来ているとか、海外に来ているとかいう意識がどうしても希薄になってしまって良くないな。

ニェット! ニェット! ニェット!

10月7日(月)

日曜日の午前中に、保育園の親睦会があった。

屋外で催しをやる予定で、午後から雨予報だから午前中は大丈夫だろうと思って参加してみたら、午前中から雨が降ってきてしまった。

おかげで、びしょ濡れになって家に帰ってきて、お昼は焼きそばを作って食べて、家族三人で昼寝をしようと思ったら、外は見事に晴れ渡っていた。

昼寝の後、夕飯を作る気がおこらなかったので、気になるけどまだ入ったことのない近所の蕎麦屋に行ってみたら、臨時休業だった。

仕方ないので、少し遠いけど、娘が生まれる前にはよく妻と二人で食べに行っていた南印度料理の店に久しぶりに行ってみたら、信じられないぐらいどの皿も美味しくて、家族そろってついつい食べ過ぎてしまったが、一時はどうなることかと思った日曜日も、どんでん返しの大団円で終えることができた。

南印度の香辛料が我々家族の運命を変えてくれたのだ。

困った時はまた行こう。

10月8日(火)

毎朝の通勤では最寄り駅の始発電車に乗ることにしている。

私がホームに到着する頃には、各車両のドアの前に四列縦隊で16~20人の始発電車待ちの綺麗な列ができている。哀しき日本人の習性だ。

私は窮屈なので並ばない。

さて、各ドアあたりの座席数を考えると、だいたい14席前後となるので、この待機人数だと座席を確保するのは難しいと考えるのが普通だが、実はこの中の4~6人は座席を確実に確保したいため、電車を一つ見送るのである。

だから、私のように遅くやって来て、列にも並ばない不逞の輩でも、高い確率で座席を確保できてしまう。

もちろん、割り込んだり、走り込んだり、などという野暮なことはしない。優雅な足取りで、悠々と乗り込んでも、忘れ去られた空席が、何処かで優しく私を待っていてくれるのである。


ただ、今日は、座席についた途端に強烈な便意を催したので、残念ながら始発電車を見送りました。罰かな?

10月9日(水)

宇宙暦794年/帝国暦485年。我が家の階段宙域を単独航行中の娘が「G」を確認。戦闘状態に陥った。

当初、熱湯での各個撃破攻撃「ラグナロック(神々の黄昏)作戦」によって迅速な戦闘終結を図ったが、将兵の経験不足や通信障害などの要因から第一弾の攻撃は失敗に終わり、第二弾の熱湯装填準備中の間隙をくぐり抜けて「G」は階段宙域より離脱した。

その後、「G」は我が家の聖域である居間方面へと針路を急速反転したため、開発途上であった最新鋭の秘密兵器(殺虫剤)「トゥールハンマー(雷神の鎚)」による最大出力9億2400万メガワットの超火力攻撃の後、トイレで掃討・殲滅された。

「G」との戦闘により心に深い傷を負った娘は、その晩、広範囲に渡って寝小便を漏洩し、翌朝早々、大量の戦後(洗濯)処理にあたらなくてはならなかった。

地球が晴れていて本当に良かった。

人類と「G」との果てしない戦いはいつまで続くのか。
そして、今晩は寝る前に必ずトイレに連れて行こう。

10月10日(木)

今度の台風は流石にヤバそうなので、以前から災害対策用の充電式ポータブルバッテリーは用意しておきたかったので、この機会に注文しておこうと思ったら、もう品切れだった。

再入荷は12月末だそうだ。しまったな。

家にあるマキタのバッテリが非常用電源として使えるので、何かあったら今回はそれで凌ぐしか無さそうだ。現在の家の備蓄であれば、生活インフラが完全に停止したとしても、3~4日ぐらいなら耐えられるだろうか。

あともう少し食料や電池を買い足して、緊急時の補修道具や資材も用意しておこう。

杞憂であることを願うばかりだが、今回はちょっと覚悟しておいた方が良さそうだ。皆さんも準備はしっかり。くれぐれもお気をつけて。


会社の食堂でJRの計画運休のニュースを見ていたら、「みんな台風に振り回され過ぎでしょ」などとホザいていた奴がいたので、「お前は森羅万象か?」と言ってぶっ叩いておいた。

10月11日(金)

一昨日・昨日と、保育園帰りに娘を連れて店舗を回ったが、台風対応の防災関連商品は品切れが多く、目ぼしい戦利品はカセットコンロのガスボンベだけだった。

やはり共働きの育児家庭だと突発的な対応が難しいので、常日頃から準備しとかないといけないなと肝に銘じるのだが、さてどうしたものかと頭を抱えもするのだった。

ただ、今回の台風の被害予測は、養生テープやチキンラーメンや電池が少し増えたところでどうにかなるようなレベルを遥かに越えているようだ。とにかく、なんとか死なないよう乗り切るしかないようである。

日曜日の朝を笑顔で迎えたいものだ。

10月15日(火)

台風19号では屋根や窓の破損や生活インフラの断絶を念頭に準備をしていたが、蓋を開けてみて一番の脅威となったのは、我が家の近くを流れる一級河川の氾濫と決壊だった。

我が家と河川との距離は700㍍ほどあるが、12日(土)の18時ごろには氾濫危険水位となり、警戒レベルは最高の「5」に引き上げられた。自治体のハザードマップでは、我が家周辺は0.5~3㍍の浸水のおそれがあり、浸水後も12時間は水が引かないという予測がされていたので、食料や食器や予備電源や簡易トイレなどの最低限の荷物を2階に引き上げ、一晩を明かした。

結果的に我が家周辺には被害はなかったが、同じ河川の上流部の何ヶ所かで氾濫や決壊が起きた。翌朝13日(日)になると全国各地で河川の氾濫や決壊により多くの人が亡くなっていることを知った。

我が家に直接的な被害はなかったが、日曜日の朝を笑顔で迎える気にはなれなかったし、今も無理だ。

10月17日(木)

ロシア旅行から帰ってきた頃から、娘の語彙が顕著に増えてきていて、それに伴い表現力も豊かになっていて、記憶力も日増しに良くなってきている。

産まれたての頃は、こんなモニョモニョ動いているだけのものが本当に喋るようになるのだろうか? などと訝しんでいたし、つい最近まで、いつになったら会話が成り立つようになるんだろうか? などと思っていたが、なんだかもう、色々とできてしまっているようだ。

子育てに苦労した人から「3歳越えてからやっと可愛いと思えるようになってきた」という話を何度か耳にしたことがあるが、ああ、こういうことかと、今になってようやく納得できるような気がする。

ただ、意思疎通のできるようになった娘は超絶可愛いが、誤魔化しがぜんぜん効かない。困った。


というわけで、突然ですが「真平新報 増刊号 ロシア特集」を更新しました。

10月18日(金)

昨晩、古い知り合いの展覧会があったので、銀座の画廊に寄った。こうやって絵に対峙するのは久々だなと思いながら、じっくり作品を眺めていると、閉廊時間になっていた。

知り合いと一緒に画廊を出たらミストのような雨が降っていた。途中で居酒屋に寄った。近況の報告や昔の話をしていたら、すぐに帰る時間になっていた。

帰りの電車の中で、洋服が煙草臭いことに気がつく。こうやって呑んで帰るのも久々だなと思いながら、家に到着。ちょうど娘が寝る前で、大興奮させてしまった。

今日の夜は妻が家を空ける。娘が寝る前に帰ってくるのはやめようと、妻と打ち合わせした。

一時期に比べると、娘と一緒にいることが本当に楽になってきた。そんな秋です。

10月24日(木)

大忙しというわけではないが、些末な物事が散発的かつ断続的に押し寄せてきて、無視もできず、粗末にもできず、手抜きもできず。だが、これらの物事を綺麗に処理したところで、元々が些末な物事なので、何かが劇的に変化するわけでもなく。だから一向に意気や意欲があがらず、鬱憤だけが溜まり、気合は下がるばかりの、ただただ小忙しい毎日。

ところが、こないだ、延期に次ぐ延期の末、娘の保育園の運動会が行われ、最後の競技のリレーで、無心に走る子どもたちの懸命な姿を見ていたら、なんだか一気に気が晴れてしまった。

野球やサッカーやラクビーやオリンピックより、運動会の観戦のほうが、私にとっては面白く、効能もあるようだ。

10月25日(金)

急に今夜一晩だけ、妻と娘が家を留守にすることになった。娘が生まれてから、夜に一人になる状況そのものが無かったので、約4年ぶりのことだ。

折角の週末だが、数日前に決まったことなので、急に呼び出せるような友人もいなければ、面白そうなイベントを探す時間もなく、そもそも、今夜は歯医者の検診の予約を入れてしまっているうえに、明日も朝から仕事があって、一人だからといっても特別なことはできない。

羽を伸ばせたとしても、ちょっと美味いもんでもつまんで帰って来れれば、御の字と言ったところだろうか。

しかし、なんだろう。この異様に心が搖れる感じ。居ても立ってもいられない自分がいる。

おい俺よ。 喜んでいるのか? それとも不安なのか?
急がずとも、今夜、すべてが分かるのだろう。

10月26日(土)

今朝、いつも通り5時半に目覚める。清々しい秋晴れだ。
洗濯、掃除、ゴミ出しを終えてから、近所のパン屋に焼きたてのパンを買いに行く。

家に戻って、珈琲を煎れる。朝刊を読みながらゆっくり朝食を済ませる。ラジオから流れて来る音楽に耳を傾ける。家を出るまでには、まだたっぷり時間がある。

妻娘のいない朝。なんて張り合いのない朝なのだろうか。

早く帰ってこい。

10月28日(月)

新しいカメラに埃が混入したせいで、写真に妙な陰が写り込んでしまうようになった。レンズ内かセンサー上に付着した埃だと思われるが、自前での清掃が難しいのでメーカーメンテに出すことにした。

ちょっと酷使しすぎたか。

幸いにもまだ保証期間内なので費用はかからないと思うのだが、メンテ期間中は写真が撮れない。そのため、できるだけイベントの無い時を見計らってメンテに出したのだが、ハロウィンのことをすっかり忘れていており、近所の商店街のハロウィンイベントで、娘たっての希望で「魔女の宅急便」のキキに仮装したのだが、この娘の晴れ姿をカメラに納められなかったことは痛恨の極みだった。

予備にもう一台買うかな。

10月29日(火)

伸びるに任せていた庭の雑草を刈り込んでしばらく経つが、もともとグランドカバーに植えていた芝や万年草や折鶴蘭やワイヤープランツが良い感じに伸びてきて、今がちょうど見頃を迎えている。

猫の額のように小さな庭だが、真心と幸せの詰まった我が家の素敵な庭だ。手入れをすれば通年でこの光景が楽しめるのだから、今後はしっかり管理をしようと反省し、心を入れ替えて小まめに手入れをするようにしている。

ところが、このところ近所の野良猫が、我が家の美しい庭に自らの醜悪な化身を嫌がらせのように置いていくのだ。あまりに酷いので娘に泣きつくと「長ネギでぶっ叩いといてあげる!」と力強く約束してくれた。頼もしいけど、もう少し穏便にお願いします。

10月30日(水)

明日は娘の保育園の遠足がある。週明けに娘が少し体調を崩したので心配したが、なんとか持ち直したので、もう大丈夫だろう。

遠足に関しては、私も参加できないかと何度か申し出ているのだが、その度に担任の先生から「お父さん、心配な気持ちは分かりますが、それはできません」と却下されている。

先生。俺は心配してるわけじゃないんだよ。俺もみんなと一緒に遠足を楽しみたいだけなんだ。

駄目?

10月31日(木)

ネットで話題になったり高評価を受けていることって、いまいちよく分からないし、アテにもならない。だから、なんだか盛り上がってるな、と期待していると見事に裏切られる、なんてこともよくある。

映画だと「君の名 ~」とか「ラ・ラ・ラ ~」とか「カメラを ~」とか、決して悪い作品ではないけど、ネットの前評判によって自分の期待値が大きくなりすぎてしまった。ネットによる悪い出会いの一例である。

ただ、飲食店の評判はよくネットを参考にする。特に繁華街や観光地で高評価を受けている店には絶対に行かない。

味は良いのかもしれないが、混んでいて騒がしく、待たされるうえに急かされ、店員が常に忙しいような店は、子連れにとっては不向きな場合が多い。ネットを参考にすると、そうした店をかなり高精度で回避できるのでオススメだ。

「4」を超える評価の店には絶対に行ってはいけない。

やはり評判や評価は、身近な人からの信頼できる「口コミ」が一番確かなのだ。というわけで、ぶっちゃけ「ジョーカー」どうなのよ?