2020年 11月
11月2日(月)

もう二度と顔を見るのも御免だし、実際に十年以上も音信不通で、これから先も絶対に会うことは無いだろうと思っていた人物に、こないだ、とある場所で遭遇してしまった。

向こうも私に気付いたようだったけれど、声を掛けてくる様子も無かったので、私も静観したまま遣り過ごした。

かなり驚いたし、苛立ちを覚えたのは確かだけど、そうしたことよりなによりも、自分自身の悪運の強さというか、運命の悪戯のようなものに、思わず苦笑してしまった。

しかし、40年も生きていれば色んな事が起きるのだな。




あと、昔は一大事だと思っていたことが、今では瑣末だと思えたりするのだな。

11月5日(木)

来週から特別整理期間のため図書館が一ヶ月近く休館するそうだ。由々しき事態である。

う~む。

ただ、考えようによっては、通常の二週間の貸出期間に対して、休館前に借りた本は約一ヶ月間借りられるため、これまで敬遠してきた大長編大作読破を試みるには、またとないチャンスなのである。(読みきれなかった場合は延長して借りることもできるので、これは言い訳でしかないんですけど(汗)

そこで、読まないといけないと思いつつ、そのあまりの長さに忌避してきた大作を、長さ順にピックアップしてみた。


『失われた時を求めて』
 マルセル・プルースト(岩波文庫 全14巻)
『戦争と平和』
 レフ・トルストイ(岩波文庫 全6巻)
『デイヴィッド・コパフィールド』
 チャールズ・ディケンズ(岩波文庫 全5巻)
『ユリシーズ』
 ジェイムズ・ジョイス(集英社文庫 全4巻)
『カラマーゾフの兄弟』
 フョードル・ドストエフスキー(岩波文庫 全4巻)


う~む。

まあ、全4巻ぐらいならなんとかなりそうだけど、全14巻って。読破後はこっちが失われた時を求めたくなってそうだ。手堅くカラマーゾフあたりかな。。。




ちなみに妻は、かのSFスペースオペラの名作『銀河英雄伝説+外伝』全15巻を産前産後に一気に読破していました。凄いと思います。

11月9日(月)

週末、娘が久しぶりに体調を崩してしまった。土曜日は朝から嘔吐を繰り返し、日曜日は嘔吐こそ無かったもののずっと腹痛に耐え忍び、そんな痛々しい娘の姿を見ているのが一番辛かった。

そんな状態だったので、今日も駄目だろうと思って事前に会社に休む旨を伝えていたのだが、今朝になってみると今までの苦しみが嘘だったかのように、娘はケロリと元気になっていた。子どもの回復力に驚くばかりだ。



ちなみに、この娘の体調不良は旅先での出来事だったので、それはもう大変でしたよ。それはもう。

11月10日(火)

昨日、同じクラスの子のお母さんが、生まれたばかりの新生児の赤ちゃんを連れて保育園にお迎えに来ていた。

あまりの愛らしさと小ささに、私も娘も保育士さんも一緒になって、ワイワイ騒いで赤ちゃんを囲んでいたら、その赤ちゃんのお兄ちゃんである子が娘に向かって「僕はもうお兄ちゃんだけど、○○ちゃんはまだお姉ちゃんじゃないよね」と、ちょっと得意げな感じで自慢した。

それを聞いた周りにいた大人たちが、ちょっとムムッ!? となって「その比べ方はちょっと違うよ」とか「兄弟に『まだ』とか『もう』とかないんだよ」とか「お兄ちゃんだから偉いわけじゃないんだよ」とか、オロオロしながらもしっかりとフォローを入れてくれたけれど、もちろん、本人にはまったく悪気はないのである。

ただ、そろそろ、こうした「アンコンシャス・バイアス」や「ポリティカル・コレクトネス」といった倫理的で社会的で微妙な問題が、少しづつ顔を覗かせてくる頃なのだろうと感じた瞬間だった。あと、周りにいた大人たちがきちんと問題を感じ取り、それぞれが即座にフォローを入れてくれたことには正直驚いた。

まあ、これぞ成長であり、成長だ。




ちなみに、娘がひとりっ子と分かるやいなや、娘に対して「お父さんにお願いしないとねぇ」と言ってくる大人に遭することがありますが、そんな時は、私がいつも心の右手に携えている幻の新鮮な長ネギで、滅多打ちに叩き散らすことにしております。

11月11日(水)

夕方に祖父母から荷物が届いたのだが、娘は、荷物の中身ではなく、荷物を梱包していたダンボールの空箱を持ち上げるなり、「これはイイものだ!」と言って、二階の空部屋(娘はこの部屋を「仕事部屋」と呼んでいる)に持っていってしまった。

そんな娘の姿を、私は内心ドキドキしながら、微笑みを絶やさないように見守っていたのだが、娘が満足した様子で二階から戻ってきたので、ホッと胸を撫で下ろした。

というのも、最近、娘は宅配便のダンボール箱を熱心に蒐集していて、二階の空部屋にもう十箱ほどコレクションを溜めているだが、朝方、私はそのコレクションの中から目立たないものを三箱ほど、娘に無断で処分したばかりだったのだ。

バレたら殺される! そんな気持ちだったが、案外バレないものだ。来週はもう少し大胆に処分してみるか。

しかし、コレクションはいいんだけれども、もうちょっと違うものにしてくれないかな。駄目かな。




9月の終わり頃から娘のオネショが再発し、一時期は毎日のようにシーツやタオルケットを洗っておりましたが、ここのところ小康状態が続いております。布団が最高な季節ですね。

11月13日(金)

9月の終わり頃から娘のオネショが再発していた。

一時期は、毎晩のように汚れ物の着替えと寝具の交換をし、毎朝のように大量の洗濯物を洗っていたが、ここのところ小康状態が続いていたので、こちらも油断していたところ、昨晩、大爆発が発生したのだった。

13日の金曜日ですね。眠い。




今晩、保育園の父母会の役員会があるのですが、「父母会解体」の提案が出るかもしれないという、恐ろしい情報が飛び込んできました。うぅむ。

11月16日(月)

なぜか娘は銭湯や温泉など、公衆浴場が好きで、昨日も近所の銭湯に行き、黒湯をじっくり堪能してきたところだ。

逆に私は、烏の行水の傾向があるため、風呂自体にそれほど意義を感じていないのだが、寒い季節の銭湯は、身体の温まり方が格段に違うので、銭湯を出た時の寒暖差もなんのその、ポカポカした身体で夜の町を散歩気分で帰るのが、なんとも言えず好きでなのある。

昔は町内に必ず一つはあった銭湯だが、最近は銭湯自体が珍しいものになってしまった。徒歩圏内に銭湯があることだけでも恵まれているのかもしれない。

ちなみに、昨日、娘は浴槽の段差のところで派手に転んだそうだ。銭湯での転倒事故は、洒落にならない事があるので、くれぐれも気をつけてくれ。




銭湯でおっさんたちの裸を眺めていると、人間は結局、肉と皮と骨の儚い産物なんだなと、しみじみ感じます。

11月17日(火)

日曜日、夜中と朝方の計2回、娘がオネショをしたために、ダブルベッドサイズのシーツ2枚、防水シート2枚、タオルケット1枚、布団カバー1枚、その他、バスタオル2枚、娘の寝間着と肌着と下着の各2着ぶんが、通常の洗濯物に追加されることになった。

まだ日曜日だったから良かったものの、これが平日だったら、もう、なんつうか、たぶん会社休んでますね。

ちょっと早めの冬のボーナスだと思うことにしよう。




日曜日は朝8時からスイミングだったので、洗濯を担当した妻が大変そうでした。我が家の狭いベランダがあと二倍の広ければと痛切に感じる朝でした。

11月18日(水)

昨日の日記で書いたのがいけなかったのか、昨晩、娘がオネショを2回したため、今朝は洗濯機をグルグルと3回まわさなくてはならず、おかげで髭も剃らず朝飯も抜きで慌てて出掛けた。

あと、年齢のせいなのか何なのか、夜中に突然起こされると、そのあとなかなか寝付けなくなってしまうため、私の頭も朝からグルグルだった。

この寝不足の連続は、娘が乳幼児の時以来で懐かしい感じもあるが、できれば安らかに眠りたいものだ。いや、安らかだとマズいか。




道内や都内をはじめ、各地の感染者数が過去最多の大台に乗ってきましたね。いやはや。

11月19日(木)

今日も今日とて睡眠不足である。理由は言わずもがな。

そんな訳で、眠気をまぎらわすために、激しい音楽を聴きながら仕事を進めていたら、かなり追い込むことができて、思いがけず余裕ができてしまった。

うむ。

暖かい陽気だったので、午後は辛かったです。寝ちゃうわけにもいかないし。




緊急事態宣言を解除して半年近く時間があったわけだけど、その間に、これまでの効果をベリファイしたり、医療にリソースを投入したり、対策や支援や指針のメンテナンスなんかは、きっと、まったくしてこなかったんだろうな。まるで俺だな。

11月20日(金)

昨晩、上下厚手のスウェット姿で寝床へ入ったのだけど、暑くて羽毛布団なんて掛けてられず、かといって毛布も暑くて、最終的には上半身Tシャツ一枚になって寝た。

今朝は、もの凄い鮮やかな朝焼けで目覚めたのだけど、朝から生温い感じの陽気だったので、薄手の長袖一枚で出掛けたのだけど、それでも暑くて、Tシャツ一枚になっている。

この暖かさが少しでも感染拡大の歯止めになればと願いつつも、地球の気候変動という意味では、この時季のこの気温は深刻な状態だとも感じたり。

色々とやばいよなぁ。

11月24日(火)

ここ数日、夜中に一度、娘をトイレに起こすことで、なんとかオネショを回避しているところだ。

こんな時、以前の私なら、ネットに「オネショ」「原因」「対策」と検索をかけ、そこに載っている解決方法を片っ端から試していたが、ネットなんぞに解答なんてあるわけないという基本的な真理に気が付いてからは、そうした無駄な行為から足を洗った。

自分ができる範囲のことをしてやり、ゆっくりじっくり気長に待つこと。

こんな単純明快な解答に辿り着くまで、ネットのせいで随分と遠回りをしてしまったような気もするが、まあ、まずは辿り着けて良かった。

眠いけどな。

11月25日(水)

娘は折り紙が得意なようで、毎日、保育園から大量の作品を持って帰ってくるし、家に帰ってきてもなにやら折っている。ベッドに折り紙を持ち込んで、寝る前にも折っている。もちろん、朝、起き抜けにも折っている。

気に入ると同じものを何度折っても飽きないようだ。

おかげで、我が家は娘の折り紙作品で溢れかえっているのだが、実は、娘に負けないぐらい妻も折っている。

私はそんな娘と妻の後ろ姿を見ながら、いつも祈っている。どうかこれ以上、作品を増やさないで下さい、と。

折ることはいい。折りっぱなしは止めてほしいだけ。




感染者が増加しているところで、今後、どんなことになっていくのか皆目見当もつきませんが、我が家はコロナ禍で妻の勤務が柔軟になり、朝夕に少しだけ時間の余裕できました。このことだけは、とても助かっています。

11月26日(木)

昨晩「今日は早く寝るために洗い物は後まわしにするから、すぐにお風呂に入っちゃおう」と娘に言ったら、「わかった。じゃあ、お風呂終わったら洗い物終わるまで起きて待ってるね」と娘に言われた。

娘よ。 ありがとう。

11月27日(金)

前回の緊急事態宣言で痛感したのは、育児しながらのリモートワークは事実上不可能だということだった。だから、もしまた緊急事態宣言が出て、娘と自宅で過ごさなくてはならないような事態になった場合、リモートワーク回避のため全力を尽くす。

なんか、ちょっと、そういう事も視野に入れないといけない感じになってきましたからね。いやはや。




今度の日曜日は娘のスイミングが無いので久しぶりに寝坊ができます。嬉しみ。楽しみ。

11月30日(月)

仲良くしてもらっている保育園のママ友が、日曜日に子どもと一緒に我が家に遊びに来てくれた。コロナ禍のために、週末もあまり出掛けられず、家族で過ごすことが多くなりがちなので、こうしたちょっとした来客がとても新鮮で嬉しい。おかげで、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。

話題は自然と日々の育児の話が中心となり、お互いの苦労自慢に花が咲いたのだが、ママ友から初めて聞く子どもの救急搬送や入院の話、切迫流産で本人が入院した話などなど、けっこう過酷な話も出てきて、我が家の子育てがいかに平穏無事で来られたのかを思い知らされた。

オネショで寝不足とか洗濯物が大変とかは自慢にもなりません。完敗です。




お客さんが来てくれると、ずっと放置していた家の様々な雑事を、一気に片付けるきっかけになるので助かります。