2023年 12月
12月1日(金)
あっという間に年末。12月になってしまった。
例のごとく、我が家はアドベントカレンダーのお陰で12月の朝の滑り出しはすこぶる良く、今朝はいつもよりふたつ早い電車に乗れた。
たぶん二週間後ぐらいには飽きてしまって「父ちゃん開けていいよ」ということになりそうだが、しばらくは円滑な朝時間が望めそうである。
うむ。
さて昨晩「四の段がまだ自信がなかったから検定受けなかった」と子どもが言うので、もう一度おさらいして、すらすら暗唱できるぐらいまで磨き上げたのだが、今日は先生がお休みなので、検定自体が無いそうだ。
うむ。
何度でも言わせてもらおう。
九九ぐらい学校でしっかり教えてくれよな。
香港では、タクシーの運転手も、屋台のおじさんも、駅員のおばさんも、カフェのお姉さんも、フロントのお兄さんも、飲食店のおじさんも、少しぶっきら棒なところもあるけれど、みんな本当に気持ち良く接してくれて、たぶん、この旅で出会ったほとんどの人が、四年前の「光復香港 時代革命」に直接間接問わず何らかの形で関わり、今も何らかの思いを胸に秘めているのかと思うと、心の底から込み上げてくるものがありました。
光復香港 時代革命
これにて香港報告を終わります。
12月4日(月)
平日よりも週末のほうが疲れを感じることが多く、月曜日は職場で静かに疲労回復に努めているのだが、「これは決してサボりとは違うんだ」と強く思っているので、これは決してサボりではない。むしろ労働力の再生産だ。
うむ。
例年通り、年末のあれやこれやに加えて、子どもの誕生日(私も)やクリスマスという重要行事もあり、年末進行に入った仕事の合間を見計らい、様々な私的な手配にも翻弄されている。
加えて、忘年会というわけではないのだが、今年は人と会う予定もポツポツと入ってきており、開店休業をモットーとする私としては、なかなかハードな日々を送っている。
更に加えて、漏水工事費の件が、結局、火災保険にも火災共済にも断られてしまい、自力で補填するしかなさそうなので、今現在リフォームローンを組んでいる金融機関に追加審査を申し込んだのだが、自腹を切るには腑に落ちないところが色々あるので、週末に別の工務店に現調してもらったところ、別角度の見解と提案を頂いたので、少し安心したところではある。
しかし、自腹を切ることになって腑に落ちなくなる自分の軽薄さや、信頼して今までお願いしていた工務店への不信感など、複雑な気分に苛まれてもいる。
そんなめまぐるしい週末だったので、今日はいつにもまして再生産に努めているところである。決してサボりではない。
週末の子どもは、変に気持ちが昂ぶっているような、妙に興奮した異常な感じの言動が多く、なにかストレスでもあるのかな、と心配していましたが、今週予定されている遠足が楽しみ過ぎて、気持ちが溢れ出てしまっていたようです。
こうしたことも私の疲労要因のひとつです。
12月5日(火)
子どもの友人が年末にタイ王国へ引っ越してしまうことになり、仲の良い友人有志四人で折り鶴を渡そうと決めたらしく、折り鶴制作に邁進している子どもである。
折り鶴は来週行われるお別れ会で渡す計画なのだそうだが、昨晩「何枚折るの?」と子どもに尋ねたところ「1000枚」という応えが返ってきて呆然となった。
まさかの千羽鶴。
千羽鶴贈呈まであと10日。四人だと一人あたり250羽折らなくてはならないので、1日平均25羽。早く折れても1羽につき3分はかかるので、25羽完成させるのに1日平均75分の時間が計算になる。
うむ。
というわけで、昨晩から家族総出で、空き時間を見つけては折り鶴を折っているところなのだが、私も千羽鶴を作った経験があるので知っているのだが、千羽鶴は想像以上にかなりかさばるので、引っ越しなどの贈り物には向かないし、そもそも、作業工程にもだいぶ無理があると思うのだが、そうした大人の冷静な指摘には一切耳を貸さずに、黙々と邁進する子どもの無軌道な情熱を、できる限り尊重し、大事にしてやろう。
ここのところあまりにも寒いので、着込めるものはできるだけ着込んで、おまけにあちこちにカイロもベタベタ貼って、これで大丈夫と意気揚々と出掛けたら、車内や屋内では流石に熱くて汗をかいてしまったので、今日は少し控えめに着込んで出掛けました。
何事もやり過ぎは良くないですね。
12月6日(水)
千羽鶴の折り鶴づくりに邁進中の我が家である。
昨日は私のノルマである8枚を折りきれず、今朝、早起きして折ろうと思っていたのだが、寝坊。このままでは子どもに怒られる、と頭を抱えていたら、昨日、遅く帰ってきた妻が代わりに折ってくれていたのだった。
ありがとう。
子どもは今週行く遠足(動物園へ行くそうだ)の班づくりで、希望通り「カグー」を観察する班に選ばれてご満悦のようだ。「カグー班」に選ばれなかったら遠足行かないとまで言っていたので、親としても良かった。しかし「カグー」ってなんなんだ?
それ以外に、班ではタイムキーパー係になったそうで、今からかなり張り切っている。
そんな週中である。
仕事が年末進行期間に入っていることもあり、ちょっと今日は日記の更新はできないかもな、と諦めていたのですが、なんとか無事に更新できました。
年末に振り落とされないよう頑張ります。
12月7日(木)
忘年会というわけではないのだけれど、昨晩は一年ぶりに帰国した友人たちと火鍋を囲んで親交を深めてきた。
コロナ禍以降、人と会う機会がめっきり減り、仕事上でも必要最低限の事務的な会話しかなく、年相応に孤独を深めはじめてもいるところでもあるので、日常的に話をするのは子どもと妻ぐらいのものだ。
ということもあり、気のおけない仲間と久しぶりに歓談したことの刺激の強さに、帰りの電車で喋り酔いのような妙な酩酊状態に陥ってしまった。
うむ。
もちろん、とても楽しいひと時だったわけだが、会話によって思考が巡る心地良さというのもあるし、実際に人と面と向かった時の身体的情報量は馬鹿にならないので、しっかり人と対面して会話するということを意識的に行わないといけないな、とも思うのだった。
昨晩は会ったのは、たまたま家庭を築いている友人たちばかりだったが、先月末には単身者ばかりの友人たちと集ったこともあり、両者では話題の性質や内容がまったく異なっていて、それもそれで面白かった。
そんなわけで、昨晩は酒にも会話にもほどよく酔って帰宅し、楽しさを噛み締めて就寝したのだが、今朝の子どもがいつもより素っ気ないような気がするのは、何なんでしょうか。
火鍋は初体験だったのですが、あまりの辛さに悶絶(美味しかったという意味で)してしまい、おかげで今日は朝からゴールデンゲートがアッチッチ(あまりにも古い表現に我ながら脱帽です)状態になってしまい、通勤途中に二度も下車して用を足したので、なんとか無事に遅刻することになりました。
12月8日(金)
今日、子どもは朝6時に目を覚まし、張り切って遠足に出掛けていったようである。
先日もお話したが、遠足の目的地である動物園では、子どもの希望する「カグー」観察班に選ばれ、ご満悦だったのだが、昨晩、遠足の弁当は「カグー」のキャラ弁を持っていきたいと騒ぎ出し、さてどうしたものかと思案した結果、「カグー」のシルエットに切った海苔を白米の上にのせることで決着した。
もちろん、そこまで「カグー」に拘っているのだから、海苔の加工も本人にやらせたのだが、予想以上に上手くいったようで、またもご満悦のようだった。
そんなわけで、今日は朝6時に起き、ああでもないこうでもないと弁当を作る妻に指示を出し、うまい具合に弁当箱に収まった自信作の「カグー」のキャラ弁を眺めて、またまたご満悦のようだったので、しっかり「カグー」を観察してきて貰いたい。
このホームページを開設してから本日で22年になりました。
直近ではまだ難しい課題が多い(主に育児)のですが、どこかキリのいい開設記念のタイミングでオフ会を開催したいな、というのが、ささやかな私の夢です。
12月9日(土)
昨日は遠足から大満足で帰ってきた子どもだが、家に帰ってくるなり「明日の学校の土曜授業は行きたくない」と泣き出した。
理由を尋ねると、〇〇ちゃんが△△ちゃんに私のことを告げ口をする、とか、国語の宿題を忘れていた、とか、鼻風邪気味で皆に鼻声を聞かれるのが嫌だ、とか、時間割が分からない、とか、そもそもなんで土曜日に学校に行きたくない、とか、尋ねる度に内容が二転三転して要領を得ない。
それでも昨晩は、やっぱり登校するということで落ち着いて、宿題や時間割も済ませて何事もなく就寝したのだが、今朝になってみると、7時前に起きたのに「もう準備が間に合わない」と言って、ベッドから出てきそうもないので、欠席させることにした。
結局のところ、学校に行きたくない本当の理由はよく分からないままだったが、おそらく、口に出していないところに本当の理由があるのだろう。
本人としても本当の理由を言わないことで、ある種の予防線を張り、学校に行きたくないという気持ちが、これ以上直接的なものにならないよう、様々に葛藤しているのだと思う。
なかなか複雑な気持ちの整理をしているようなので、これもひとつの成長だと思いたい。
私の方は、そんな気持ちの整理をするまでもなく、土曜日出勤で働いているところです。大人の非情な現実に直面しています。
12月11日(月)
これから職場でインフルエンザの予防接種。
注射自体はなんてことないのだが、腕がしばらく腫れるのがけっこう厄介なので、ちょっと憂鬱。
子どもは結局、あまり体調が芳しくなかったようで、週末は家にお籠り。しっかり養生した甲斐あって、今日は荷物をいっぱい持って、元気に登校していったようである。
私の方は年末進行の仕事が今週一杯山場という感じ。とにかく、あと数日乗りきれば開放されることを信じたい。
うむ。
できることなら寝正月を強く希望したい! が、たぶん無理だろうな。
年末年始の休みを使って『火の鳥』をイッキ読みしようと思い、とりあえず黎明編、未来編、ヤマト編、宇宙編を借りてきて、黎明編から読みはじめていたのですが、ちょっと席を外していたら、子どもに横取りされてしまいました。
たしか、私が『火の鳥』に恐れ慄いたのも、今の子どもぐらいの年頃だったと思います。
12月12日(火)
朝から生憎の雨模様で暗かったせいもあるが、『火の鳥』に夢中で夜更かししたせいもあり、子どもがなかなか起きてこず、やっと起きたと思ったら、ふくれっ面で居間にやって来て、用意した鮭おにぎりと味噌汁の朝食には一切手を付けず、折り鶴を折りはじめた。
寝坊しているので、いつもより時間が押していることもあり、片付かないから早く朝食を食べるよう少し強めに促すと、子どもが「おにぎりじゃなくてパンが良かった」と、この状況で一番口に出してはならない、天地がひっくり返るような致命的な一言を放ったのだった。
公正さと人情味で定評ある大岡裁きでも「市中引き回しのうえ打首獄門」の極刑は免れないであろう。
まあしかし、私は慈悲深いので、妻に頼んで子どもにパンを出して貰ったのだったが、いくら慈悲深い私でも、自分自身でパンを出すことはできなかった。
その後、子どもは何の加減か機嫌が良くなり、満面の笑顔で見送りしてくれたので、まあ善しとしよう。
やっぱり仕事が忙しいです。こんなの嫌だな。
12月13日(水)
昨晩、妻が色んな惣菜を買って帰ってきてくれたので、味噌汁とサラダだけ用意すれば、すぐに夕飯にできると思い、いつも以上に手早く準備をしたら、思った以上に早く支度が整った。
仕事の疲れもあったので、これで少しは早く休めそうだなと思い、ホッとした気持ちで食卓につくと、子どもがまた何事かでヘソを曲げたらしく、ごちゃごちゃと文句を言いはじめ、「もうご飯いらない」と呟いたかと思ったら、居間の隅でイジケはじめた。
朝に引き続き、疲れて帰ってきた夜にまでこの調子でやられると、いくら慈悲深い私でも、流石に堪えきれそうになかったので「じゃあ父ちゃんもご飯いらない」と言って、まずは居間から離れることで子どもと距離を取る。
それから、洗濯物を片付けたり、掃除をしたり、風呂の支度をしたりと、家事をこなすことで気持ちを落ち着けると同時に、とにかく早く休めるように努めることにした。
誰も食べないなら、最悪、夕飯はそのまま捨てていいや、と少し腐った気持ちにもなりながら、ウジウジと家事をこなしていると、どういうわけか、こちらもいつも以上に早く済ませる事ができて、終わった頃には少し気分も晴れていた。
居間に戻ると子どもは何事もなかったように夕飯を食べ終えていた。また少し気分がザワついてきたので、妻に頼んで先に子どもと風呂に入ってもらい、妻子の夕飯の片付けをしている間に、なんとかまた気持ちが落ち着いてきた。
誰もいなくなった食卓で、冷たくなった夕飯を食べながら、何気なく時計を見やると、いつも夕飯を食べはじめている時間だった。
色々あったけど、諸々の家事をだいぶ早く済ませることができたことに、ちょっとした充実を感じていた。
これで少しは早く休めそうだ。
最愛の子ではありますが、あまりにも自己中心的な要求や要望が重なると、この子は鬼の子か? はたまた悪魔の子か? と本気で疑うことがありますが、もちろん、紛うことなき私の子です。
12月14日(木)
子どもの限度を超えた悪ふざけや、度を超えた傲慢な態度については、これまでもその度に注意を促してはいたのだが、数日経つとどこ吹く風か、あまり改善される気配はみられなかった。
こちらの対応の問題もあるとは思うのだが、何でも許される年齢もそろそろ終わりに近づいているので、今後のことを考えると、今のうちに一度、しっかりじっくり伝えておかないと、本人にも我々にも良くないとも思ったので、昨晩、就寝前にかなり真剣に忠告を与えた。
しかし、自分のような人間が、子どもを諭すことになろうとは、なんだか妙に「親」を意識してしまい、なんだか妙に歯痒くなってしまう。
12月15日(金)
仕事の繁忙期である今月は、なるべく息切れしないよう、なるべく苛々しないよう、できる限り手を抜いて仕事をこなしてきたつもりだったが、やはり精神的にも体力的にも疲れが出はじめていて、ここ数日の子どもとの衝突にしても、もう少し私に余裕があれば、上手く治めることができたかもしれないとも思うのだ。
そんなわけで昨日は、今晩こそはもう何事もないようにと祈るようにして帰宅したのだが、就寝直前になって子どもがああでもないこうでもないと文句を言いはじめ、最終的に妻に傍若無人な態度をとりはじめたので、かなり突き放す形で説教をしていたら、号泣してそのまま寝てしてしまった。
うむ。
一日の最後にまたこれか、と暗澹たる気持ちになる。
いったい、いつまで続くのだろう。
12月18日(月)
昨日、タイ王国へ引っ越してしまう友人のお別れパーティに参加するため、お昼を食べるとすぐに子どもが出掛けていった。
今回のお別れパーティに向けての仲の良い友人有志四人ではじめた千羽鶴づくりは、親たちの予想を大きく超える700羽超えの折り鶴を皆でつくりあげ、かなり立派な千羽鶴ができあがった。立派すぎてタイに持っていけるのか? という懸念が持ち上がるほど、本格的なものが出来たのは確かだ。
まあ、そんなわけで、午後はまるまる夫婦で大掃除に取りかかることにした。
子どもがいないので、普段は手の届かない高所や家具や家電などの裏の掃除に加えて、不要になった子どもの玩具類や創作物を整理したところ、あっという間に90㍑のゴミ袋2袋が不要品でパンパンになった。思い出の品というと大袈裟だが、これまで処分できずにいた雑多なものが整理でき(それでもまだ半分ほど残っているのだが)てだいぶすっきりしたと同時に、少し切ない気持ちにもなったのだが、子どものすべての思い出を保管できるほど、我が家に余分な空間は無いのである。
悲しい現実だ。
来年は子ども部屋を本格的に整えていきたいと思っているので、掃除にしても整理にしても、あと二日ぐらい欲しいところだが、年内に時間を作るのは至難の業である。まあ、あまり無理はせず、年明けのどこかで休みを取って地道に進めていきたい。
仕事の大波は、今週中盤でなんとかキリが付きそうだ。頑張ってんだから給料上げてくれ。
今日は子どもの誕生日です。
誕生日プレゼントに新しい自転車を贈ったのですが、今までずっと幼児向けの16㌅に乗っていたため、今回新調した22㌅の自転車がかなり大きく感じるとともに、子どももこんなに大きくなったのかと、感慨もひとしおでした。
まあしかし、いきなりサイズアップしたことや、変速ギアの扱い方にも慣れが必要なので、道で乗り回すにはまだ少し練習が必要なようです。
自転車を購入したサイクルショップでは色々手解きを受けたのですが、ヘルメットも自転車も、次に新調する時には大人用から選ぶことになるだろうという事実には、正直驚愕しました。
12月19日(火)
昨日は子どもの誕生日。
夕飯は子どもの希望した手巻き寿司を妻が用意してくれた。流石に自分の誕生日だけあって上機嫌で、ああでもないこうでもないと言いながら、魚介類を片っ端から酢飯と海苔で巻いて、もぐもぐと食べていた。
8才。年々気難しさを増し、付き合いを重ねるほど、分からなくなっていくことの方が多いが、とにかく元気に成長していることは確かだ。
父の苦悩が途切れることの無いよう、今後も元気に複雑に成長してくれ。
先週土曜日、子どもと仲良い友だち二人がお母さんと一緒にうちに遊びに来てくれました。
子ども同士で遊んでいる間に、お母さんたちと色々話をしていたのですが、私が男親であることもあってか、そちらの方へ話が向いた際、お母さんたちからとにかく褒めそやされるので、男親の楽勝さを身に沁みて感じてしまいました。
世間の男親の皆さん。もっとちゃんとして下さい。
12月20日(水)
ようやく仕事が落ち着いてきたので、またいつも通り日記が更新できそうだ。良かった。
さて昨晩、いつものように子どもの迎えに家を出ると、いつも子どもたちと一緒に帰ってくる1年生の子がひとりで帰ってくるところに出会ったので、「他の子たちはどうしたの?」と尋ねると、「みんなで喧嘩になったから、まだ学童でお話してるよ」と教えてくれた。
うむ。
いつも落ち合う場所ですこし待ってみたが、いつもメールで届く退室のお知らせすらも届かないので、この展開だとたぶん学童から連絡がくるだろうから、一度家に戻り、連絡あるまで夕飯の支度に取り掛かることにした。
ところが、待てど暮らせど連絡がないので、こちらから連絡しようと思ったところに、ようやく学童から連絡がきた、と思ったら、まだもうすこし時間が掛かりそうだ、とのこと。
うむ。
このぶんだと、家に帰ってからも多少の暴風雨が吹き荒れるだろうと覚悟して、学童からの次の連絡を待っていたら、「ただいま!」という元気な声とともに子どもが帰ってきた。
特に不機嫌な様子もなかったので子どもに事情を尋ねると、いつも仲良い友だちが皆で遊んでいる時に些細なことで臍を曲げてしまい、そのことを学童の指導員に過大に報告したことで事が大きくなってしまったそうだ。
私はてっきり、これまでと同様、うちの子が発端で喧嘩になり、うちの子が原因で事情が抉れてしまっているのだろうと思い込んでいたので、少し肩透かしを喰ってしまった。疑ってごめん。
そんな訳で、懸念していた暴風雨が吹き荒れることなく、むしろ、ここ最近では稀に見る平和な家族団欒の夜を過ごしたのだった。団欒中「喧嘩しちゃうのは仕方ないけど、その後ちゃんと話し合うのは大事だね」と子どもに話したら、「でも、すぐ大人に任せちゃうのって良くないと思うんだよね」と、すこし生意気なことを言っていた。
昔から、自分でコントロールが効かないぐらい凄い速度で飛んでいる夢をみることがあり、こないだも同じような夢をみて、あまりにも乱暴に飛び回るので思わず目を覚ましたのですが、膀胱が破裂しそうにパンパンでした。
凄い速度で飛んでいる夢の原因は、どうやらそういうことのようです。
12月21日(木)
深夜に子どもが「お腹が痛い」と言って何度も起きたので、嫌な予感がしていたのだが、案の定、朝方に嘔吐。その後、発熱。
昨晩、子どもが、隣のクラスで10人、自分のクラスで5人、風邪で休んでいる子がいると言っていたので、もれなく我が家にも伝播してきたようだ。隣のクラスは結局、今日から終業式まで学級閉鎖となったが、子どものクラスは今のところ何の通達もなし。
年末進行の仕事はあらかた方がついていたのだが、ひとつだけ大幅な修正依頼がきてしまっていたので、午前中だけ出社してしっかり始末をつけてきた。これで子どもが快復するまで、気兼ねなくしっかり寄り添えそうだ。
あとは自分が感染らないよう気をつけよう。
12月22日(金)
昨晩も深夜に子どもが「お腹が痛い」と何度も起き、朝方に少し嘔吐。
ウトウトしかけに何度も無理やり起こされて頭がグラグラする、その感じが妙に懐かしかったので、これって何だけ? と思い返してみると、子どもが夜泣きしていた頃の感じだ、と思い至る。
あの頃は、この辛さは一体いつまで続くのだろう、と暗澹たる気持ちで毎晩立ち向かっていて、この辛さは一生忘れないぞ、と思っていたが、人間、結構すぐに忘れてしまうものである。
そんな訳で、今朝はしっかり父子ともども9時過ぎまで寝坊。子どもが何か食べたいと言うので、肉まんとちくわと苺の朝食。肉まんは半分、ちくわは四分の一、苺はふた粒。丸一日ぶりの食事としてはまずまずの量。熱は無し。
着実に快復に向かっているようだ。
12月23日(土)
今朝、ひと通り朝の家事を済まして子どもの寝ているベッドを覗きにいくと、暗がりの中でもう目を覚ましていて、なにも言わずにはにかんだような微笑みを返してくれた。昨晩、就寝前に「お腹痛い」と力なく訴えていたので心配していたのだが、この様子だともう大丈夫。これで気兼ねなく土曜日出勤に出掛けられそうだ。
今日は休もうと思っていたのだが、結局、ごたごたと決着の付かない仕事がひとつだけ残ってしまい、昨日の休みのかわりに今日出勤してかたをつけなくてはいけなくなってしまったのだ。
でも、出勤するからには本当に今日でしっかり始末をつけて、残りの年内出勤は悠々自適に過ごしたいと思っているし、むしろ、そうでなければ今日出てきた意味がなくなってしまう。そのあたりもねちっこく関係各所に釘を刺すことも忘れないようにしよう。しっかり仕事をこなすことも、しっかりサボることも抜かり無いように。
そんな訳で、今日は自他ともに認める年内最後の仕事、になる筈だ。
まだ本調子ではないかもしれませんが、25日の終業式には登校できるぐらいにはなりそなので、少し安心しています。
年内も残すところ一週間。今回は少し長めに休みをとれそうなので、ゆっくりじっくり、年末年始を楽しもう。そうしよう。
12月25日(月)
子どもの体調は無事回復し、今朝は7時前に飛び起きて、クリスマスプレゼントを探しに居間へ下りて行った。
しばらくすると、居間の方から歓声のようなものが聞こえてきたので、おそらくサンタが来てくれたのだろう。
私も着替えて下りてみると、どうやら、今年の子どもの希望したプレゼントが随分あっさりしていたので、希望のプレゼントに加えてサンサさんが別のプレゼントを持ってきてくれたようだ。
うむ。
今年も残すところあと僅か。みなさん無理せず行きましょう。
うちの子に限らず、クリスマスシーズンの子どもの反応や言動を見ていると、アシッドでトリップしているような雰囲気を感じてしまいます。
あまり発育に良くないんじゃないかなと心配です。
12月26日(火)
デモとか集会にはなかなか出掛けられないので、せめてこれぐらいはと思い、"Stop Genocide Now" "Free Palestine"というメッセージの書かれたワッペンをニット帽と鞄につけて通勤している。
アーティストの友人が作ったワッペンなので、意匠が洗練され過ぎているのとメッセージが英語なのが若干不満だが、文句も言っていられないのでつけてきたが、ボロボロになってきてしまったので、そろそろ新しいのに変えないとな、と思いつつ、卑劣な虐殺をまだ止められていないことに忸怩たる思いが残る。
今日から子どもは冬休み。
冬休み前に学級閉鎖などもあり、体調不良のまま冬休みに突入した同級生のご家庭も少なくないようだが、なんとか我が家は軟着陸でスタートに漕ぎつけた。今年の年末年始は、いつもよりまとまった休みがとれそうなので、まずは健康第一に楽しく呑気に過ごしたいと思う。
妻の友人のお子さんが就学初年度で躓いてしまい、今もまだ難しい状況が続いているという話を聞いたそうです。
たまたま私の周りだけなのかどうなのか。
ちょっと見聞きする数が多過ぎるような気がします。
12月27日(水)
昨晩は妻不在のため父子水入らずの夜だった。
子どもが食事の準備や洗濯物の片付けを手伝ってくれたので、とても円滑に家事の始末をつけることができ、おかげで寝る前の自由時間がたっぷりとれて、最高の夜だった。
前に遊びに来てくれたシングルのママ友が「シングルになってむしろ家事も育児も楽になった」と話していて驚いたのだが、こうしてみるとその感じが少しは分かるような気がしないでもない。
もちろん、ママ友のエピソードは家庭内でのパートナーの無意味さや無責任さゆへの皮肉ではあるのだが、我が家のように家庭内での役割分担がある程度固定化してしまうと、自分の領分に入られると逆に面倒なことになったり、固定化してしまったがために相手に頼みづらくなったりする面もあるので、少し赴きが異なる。
ただ、夜の習慣的な家事に限って言えば、瞬間的には妻不在のほうが早く始末がつけられるというのは事実ではあるが、長期的に不在となると途端に立ち行かなくなってしまうのも事実だ。
というわけで今晩も妻不在。自由時間がたっぷりとれるぞ!
(妻がいないことで、いろんなことに目をつぶったり、手を抜いたりできるということも時短に大きく影響していると思います)
予てから懸案の漏水工事の件ですが、高額な工事費用に加えて、色々と納得いかない点もあったので、他の業者にも相談し、相見積をお願いしていたのですが、昨日、その業者から半額以下の見積額が提示され、逆に混乱をきたしているところです。
いったい何を信用したらいいんだ!?
12月28日(木)
昨晩も妻不在のため、寝る前の自由時間がたっぷりとれて最高だったのだが、朝起きると遅く帰ってきた妻の布団に子どもが潜り込んでいた。
うむ。
年内の出社は今日が最終日なのだが、午後から職場や会社の納会が予定されており、実質的に仕事はない。でも午後は休みにして、年内は私だけちょっと早めにお昼であがる。
いくら捻くれ者の私だからといって、午後休みにしたのは納会が煩わしいとかそういうことではなく、体調が芳しくない祖母のお見舞に行くためなのだ。
祖母のいる施設は家から自転車で行ける距離だし、充実した商店街も近いので、できればもう少し気軽に会いに行きたいのだが、コロナ禍以降、未だに二週間に一度の予約制というハードルの高さのままなので、なかなか行けないでいる。
そんなわけなので、今日は祖母のお見舞ついでに夕飯の惣菜や食材をたっぷり買って帰ってきて、子どもと一緒にささやかな納会でも開こう。妻は明日まで仕事なので残念。可哀想に。
来年の年賀状は少し凝った試みに挑戦しています。
来年の秋から郵便料金が大幅に改定されるようなので、年賀状の運命もそろそろかもしれません。もしかしたら、今回の私の試みに近いことが世間に普及していくような気もします。
12月29日(金)
今日は私の44歳の誕生日だが、ここのところ自分の年齢に実感がわかないことが多く、当事者ながらなんとなくおざなり。
とは言え、今日は妻が仕事のため、朝から子どものお守りをしながら大掃除などをしていると、今日は俺の誕生日なのになぁ、などと思ってみたりして、自分の都合の良さに笑ってしまう。
夕方、誕生日ケーキの受け取りに隣町まで子どもと自転車でゆく。子どもの自転車を新調したばかりなので、運転が少し危なっかしい。加えて、まだブレーキのスプリングが硬く、握力が弱くてしっかり握れないため、ブレーキが半歩遅れるのが一番危なっかしい。
ケーキ屋でケーキを受け取る時に本人確認のため注文時の電話番号を確認されたのだが、注文したのが妻だったので番号がわからず、子どもが暗記していたので代わりに言ってもらおうと思ったら、なぜか照れまくって言おうとせず、痺れを切らした店員からプレートの宛名を聞かれたので、自分の名前を告げて事なきを得る。
最近、崩れるケーキが流行っているらしいので、慎重に自転車を運転して帰る途中、ブレーキが遅れた子どもに後ろから追突される。
うむ。
そんな誕生日。
正月飾りも買って帰ろうと思っていたのですが、残念ながらこんな感じだったので買えませんでした。
年末年始はまだまだ長いので、明日にしましょう。
12月30日(土)
自分の小さい頃の様子を親にインタビューしてレポートにまとめる、という冬休みの宿題が出て、親子で朝から大苦戦している。更に、小さい頃の写真も4枚用意しとけというのだから始末に負えない。
おかげで午前中に済まそうと思っていた買い出しや年始の飾り付けができない。
うむ。
子どもだけで完結できないような、手の掛かる宿題を年末年始に出さないでくれと思う。本当に。
そんな訳で、年の瀬も迫りに迫った我が家の晦日のひと時、大晦日は更新できそうもないので、また来年。この場を借りて年末の挨拶とさせて頂こう。
させて頂こう。
いつもならすき焼きにするところですが、ニラが余っているので今夜はもつ鍋です。