2024年 1月
1月1日(月)

謹んで新春のお慶びを申し上げます



昨年12月で、このウェブサイトも設立22年を無事に迎える事ができました。

この22年間でインターネットを取り巻く環境は大きく様変わりしましたが、そうした変化に翻弄されることなく、このサイトが一貫してテキストサイトを貫き通してきたことに少し誇りを感じています。

定期連載の記事は、平日更新のDiary(真平の日誌)と毎月更新のJournal(真平の新聞)、そして、不定期更新のAqua(真平の水景)Logue(真平の独白)に加えて、これまでのトップページの背景画像を収録したCover(真平の表紙)を新たに立ち上げました。

パンデミックのことなどスルッと忘れ、すでに平常運転の人類ですが、世界情勢の悪化に加え、国内外ともに政治不信や経済不安が広がり、気候変動の影響もかなり深刻です。

そんな先の見えない世の中だからこそ、今年も変わらぬ真平の真平による真平のためのウェブサイトを夜露死苦お願い申し上げます。


「真」の「平」和を希求する 真平より

1月3日(水)

年始から実家三昧の正月。

当初は二泊の予定でお世話になって、今日の昼過ぎには帰る予定だったが、自宅で留守番中の妻が熱を出してしまったため、色々と予定していたことができなくなってしまったため、もうしばらく実家に厄介になることにした。

世間的には能登地震で大変な被害と、それに付随する航空機事故で、年始早々おめでたい気分は吹き飛んでしまった。

200軒が焼失し、焼け野原のようになってしまった輪島の朝一通り周辺は、去年の秋の家族旅行で訪れ、美味しい昼食をとった場所だったので、心が痛む。

今現在も孤立状態の能登島は、宿泊した民宿や甚平鮫を見に行った水族館、とても良い泉質の温泉や七尾湾を望む素敵なカフェなど、また定期的に訪れたいと家族で話をしていたので、衝撃も大きい。

さらに言えば、能登へ行く飛行機に乗ったのも航空機事故の起きた羽田空港だし、事故のあったC滑走路は展望デッキから一番よく見える、一番使用頻度の高い滑走路だ。

様々な意味で、この年始は決してすべてが明るい年始になるとは思えなかったが、そこに輪をかけるような、こんな悲惨な災厄ではじまるとは思ってもみなかった。

でき得る限り、希望ある明るい風を吹かせたいものだ。




妻がまずまずの高熱気味なので、家に帰ったほうがいいのか、実家に留まったほうがいいのか、迷うところです。

1月4日(木)

実家三昧四日目。

妻の体調は若干落ち着いてきてはいるようなのだが、まだ38℃の発熱が続いているそうなので、帰宅するか実家に留まるか判断に迷うところだが、今日、京都から実家に遊びに来ている従姉妹が帰ってしまうので、そろそろ我々も身の振り方もはっきりさせなくてはならない。

子どもたちは年始最後の別れを惜しんで実家の近所の公園へ遊びに行ってしまったが、子どもたちだけで遊んでくれるので親は本当に楽だ。

そんな訳で、子どもたちのいない静かな実家では、母は年始のもてなしで溜まった疲労のためソファーでウトウト、その横で父は年始の災害や事故の情報を新聞で遡り、私は年始の静かな束の間に日誌の更新中である。

そろそろ正月も終わる。




とは言え、妻が何らかの感染症でなければ、帰ったほうがいいのかなとは思っています。これ以上お世話になると、だらけ癖がついてしまいそうです。

1月5日(金)

実家三昧五日目。

既に仕事始めの方も多いとは思うが、我々はいよいよ本日をもって帰宅の予定。

妻の体調も少し落ち着きはじめ、ベッドから起きてちょっとした家事ぐらいならこなせるようになっているようだが、リンパ節の炎症の痛みがまだ辛いようだ。

結果的には感染力の強いウィルスによる体調不良ではなかったが、年末のあれやこれやで溜まった疲労で免疫力が低下しているため、五月蝿い子どもからはできる限り遠ざけて、ゆっくり休んでもらうのが得策だろうという判断での実家三昧となったわけだが、幸いにも今年の正月休みは少し長めなので、残りの休みが終わるまでに家族水入らずでどこかに出掛けられたらいいなと、仄かに願う。

あと、これ以上実家にいると、テレビから流れてくる悲惨な映像に、父子で胸が押し潰されてしまう。




これ以上実家にいると、上げ膳据え膳で堕落の一途を辿るばかりなので、このまま取り込まれてしまう危険性を感じてしまいました。

1月9日(火)

今日から我が家は家族全員が年始一発目の全面始動。

今回の年末年始の休みは11日間連続のまとまった休みがとれたのだが、もしかすると、こんな長期休暇は働き始めてから初めてかもしれない。

そんなわけで、今朝は家族全員年始一発目のうえ、子どものお弁当づくりに加え、こちらもやはり年始一発目の資源ごみの収集があったので、回復半ばの妻の手を借りることで、なんとか時間通りに家を出ることができたが、電車の大幅遅延で朝の通勤から大変な仕事始めとなってしまった。

うむ。

妻もだいぶ回復してきているのだが、全快というにはまだ道半ばといったところ。顔見せを兼ねてとりあえず今日は出勤し、明日以降は在宅勤務。本来なら明日から石川県への出張が予定されていたのだが、もちろん震災の影響で中止。しっかり養生してもらいたい。

子どもは相変わらず今年も気難しいままだが、年始の実家生活で若干成長したか!? と思える部分もある。直面する課題に上手く折り合いをつけられる場面が少しでも増えれば、それだけで御の字。

とまあ、そんな感じで今年の我が家の日常がいよいよ始まった。どうかお手柔らかに。




昨日、子どもの希望で遊園地に遊びに行ったのですが、観覧車とジェットコースターには、もう一生乗らないと決めました。恐ろしすぎます。

近年稀に見る長期休みではありましたが、結局、家族揃って遊びに出掛けられたのは昨日の遊園地だけでした。

まあ仕方ない。

1月10日(水)

毎年のように年賀状を頂く方々から今年は頼りが届かないことが多く、結果的に頂いた年賀状が送った年賀状の半分ほどになってしまった。

うむ。

今年の秋からは、はがきの郵便料金が63円から85円に大幅に値上がりするので、おそらく、我が家に来年届く年賀状は更に減ることだろう。そして、このまま年賀状という文化自体が急速に消滅していくであろうことは、想像に難くない。

通信インフラの急速な進化と人々の経済合理性への強い意識を考慮すれば、年賀状の消滅は当然の結果かもしれないが、慣れ親しんだ文化が消えていく状況を、こうして目の当たりにするぐらいには、私も歳をとったという事か。

まあ、こんな事もあろうかと、ものは試しに今年は年賀サイトを作ってみたので、もしかしたら今後役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。




去年の秋、ジンベエザメに会うために家族で能登を訪れたのですが、その時会いに行ったのとじま水族館の「ハチベエ」が、設備の損傷による水質悪化で死んでしまったとのこと。

被災地支援の迅速な抜本的強化を、強い怒りを込めて政府へ訴えたいと思います。

1月12日(金)

私の実弟の子どもが一人で京都から遊びに来るというので、我々も便乗して年始から実家に厄介になることにしたのだが、小学校四年生で京都から東京までやって来て、よく知る祖父母の家とは言え三泊もしていくというのだから、なかなか見上げたものだ。

おまけに、うちの子どもの面倒もよくみてくれるし、一緒に遊びに行ったりしてくれるので、実家滞在中は完全に手放しで、私は念願の寝正月を過ごすことができた。

さらに、少し年上のお姉さんと過ごしたことで、うちの子どもも少し触発されたのか、実家から家に戻ってきてからも、着替えや洗髪や歯磨きなどの身の回りのことを自ら率先してやるようになった。

極めつけには、これまで誰もいない部屋に入ることやクローゼットや押し入れを開けることが怖くてできなかった子どもが、この実家滞在をきっかけにできるようになったのである。家の中なのにいつも付き添わねばならなくて、かなり厄介だっただけに、これは本当に助かる。

今度は夏休みに遊びに来るとのことだが、こういうことならもっと頻繁に来てくれるとありがたい、などと、身勝手な思いに駆られるのだった。




明日の午後、子どもが友だちの家に遊びに行く約束をしてきたらしいのですが、その友だちが我が家まで子どもを迎えに来てくれるらしいので、それなら我が家で遊んだら? と思うのですが、どうなのでしょう?

1月13日(土)

今日の午後は、子どもが友だちの家に遊びに行くと言っていたので、さて、その貴重な時間で私は何をしようか、と浮き足立っていたのだが、結局、友だちの都合が悪くなってしまい、お流れになってしまった。

うむ。

午前中は妻が出掛けて不在だったので、午後は自分の時間だな、と思っていただけに、これはなかなかに、なかなかだ。

というわけで、今夜は復讐に燃える焼肉。

食材は隣町の韓国肉屋で仕入れてきた。お手並み拝見。

1月15日(月)

土曜日のお家焼肉だが、隣町の韓国肉屋で仕入れてきた食材が最高すぎて、食の細い子どもが焼肉をおかずに三杯もおかわり。今後、お家焼肉はこの店一択で決まりだ。

うむ。

そんなこんなで日曜日。

妻が「区民プールでも行こうか」と持ちかけ、子どもも「行く」と快諾したのだが、その直後に代々木公園で反戦の凧揚げがあるという情報を妻が知り、「やっぱ凧揚げ行かない?」と子どもに変更の提案を持ちかけるも後の祭り。

一度決まってしまった子どもの決断は、どうこうしようと試みたところで、梃子でも動かないことを知っている私は、自分が疲弊しないよう、すぐに諦めるか妥協することにして、できる限り無駄な労力を費やさないようにしているのだが、こうした子どもの性格を甘くみた知り合いや親戚が、さも理解ある大人を装って「無駄だなんて。話してみないと分からじゃない」と交渉を試みるのだが、最終的に子どもの頑なさに憮然とした表情で妥協するという場面に何度も遭遇したことがある。

そうした意味では、妻もまだ子どもをなんとかできると思っている節があり、その後も、妻「行こうよ」⇔子「行かない」の不毛な応酬を繰り返した末に、結局、妻が根負けして、憮然とした表情で区民プールへ出掛けていったため、私は念願の家の掃除に取り掛かることができたのだった。

犬養毅だって「話せばわかる」と言って、殺されてしまったことを忘れてはいけない。




とは言え私だって、子どものこの頑なさについては思うところがあります。

もちろん、やりたくない事を無理に受け入れる必要は無いとは思いますが、自分の判断や決断だけではどうしようもなく行き詰まる時が必ずやってきます。そんな時、人の意見を受け入れて、世界に身を開いてみて、初めて新たに得られる効果や快感を、どこかで経験してくれるといいなと思っています。

1月16日(火)

昨晩、家に帰ってくるなり、子どもが「放課後に友だちの家に遊びに行きたいから、学童クラブ休みたい」とお願いしてきた。

私も学童っ子だったのでよく分かるのだが、二年生も後半ぐらいになってくると、同級生が放課後にお互いの家で遊ぶ約束をするようになる。私の頃は、学童に通っていても事前に許可を取れば遊びに出れないこともなかったが、時間の成約や外出時の規則が厳しかったので気軽に行けるものではなく、簡単な約束だけで友だちの家に遊びに行けることに、どれだけ憧れたことか。

子どもに至っては、学童クラブで過ごす間は外出はおろか敷地の外に出ることも許されていないので、放課後の自由な時間、しかも仲の良い友だちと過ごす時間への憧れがどれほどのものか。痛いほどよく分かる。

ということなので、子どもの願いを叶えるためなら休暇を取ることも厭わないのだが、その日は、その日だけは駄目なんだ。ごめん。

大人ってほんと駄目だ。




先週から胃腸の調子が芳しく無く、合間を見て病院にでも行こうと思いつつ、一週間近くが経過してしまいました。自分の症状をネットで検索してみると、恐ろしい単語ばかりが並んで気が滅入るので、早く診察して貰おう。

ついでに健康診断の要再検査項目も相談しよう。そうしよう。

1月17日(水)

昨日お伝えしたばかりだが、放課後に友だちの家へ遊びに行く件は、先方の都合で無しになってしまったが、その代り、日曜日の午後に遊びに行かせて貰えるようになったようだ。

今週は土曜日授業があり、その日の午後にも別の友だちの家に遊びに行く予定があるので、子どもにとっては心躍る充実した週末になりそうだ。少し天気が心配だが。

その一方、私はそのポッカリと空いた週末をどう過ごすべきか、少し嬉しさに身震いしながらも、少し腰を据えて考えなくてはならない。




こちらも昨日お伝えしたばかりですが、一週間ほど芳しくなかった胃腸の調子が、おかげさまで回復してきました。

最近の私の体調不良は、大した症状ではないのにちょっと長引くので、そろそろ医者に診てもらうか、と決断すると回復することが多いです。

1月18日(木)

正月に実家にお世話になった時、父親から「古くて使えなくなったスマホがあるから持ってくか?」と言われたので、ありがたく貰ってきた。

古くて全然動かなくなってしまったと言っていたわりには、外見上はだいぶ綺麗な状態だったので、とりあえず立ち上げてみると、無数のアプリがバックグラウンドで立ち上がっていたり、ブラウザで開いているタブの数が200件を超えていたり、不要なウィジェットやアプリが未整理のまま、ダウンロードファイルも買った時から蓄積されたまま、あまりに自由奔放な使われ方で RAM も ROM も目一杯の状態だったのである。

どうりで動かないわけだ。

今まで触ったことのないインターフェイスだったうえに、タップやスワイプ操作にも慣れていないため、少し時間はかかりつつも、それらの問題をひとつづつ解消してやると、普通に動作をしはじめた。動かなくなった原因は古さというよりは使い方にあった訳だが、まあ、高齢者にスマホを持たせたらこういうことになるよな、という典型事例に出会ってしまったという感じでもあった。

うむ。

父親のスマホはキャリア端末のため、まだSIMロックの解除はしてないのだが、とりあえず家の WiFi に接続して、家の中だけで使っている。これだとぜんぜんスマートでもないし、フォン(電話)機能に至ってはまったく使えない状態なので、なかなか残念なスマホの使い方ではあるが、試し試し使ってみようと思っているところだ。

しかしまあ、会社支給で初代 iPhone を使っていた身としては、実に18年ぶりのスマホ体験なので、色々と驚かされることばかりである。




スマホの特性上仕方ないことですが、画面の小ささ故に画面上に占める広告の割合が高いため、その主張の強さに辟易させられます。ターゲティングされているとはいえ、ポルノ広告の表示頻度の多さにもげんなりです。

あとバッテリーの消費速度のエグさにも驚かされています。

1月19日(金)

去年も同じような事を感じたのだが、三学期に入って学校の授業の進行や宿題の量がだいぶ落ち着いてきているように感じる。

子どもの教科書をパラパラめくってみても、今まで学んだことの復習や応用という要素が強いので、内容としても面白いのかもしれない。

おかげで我が家での子どもの様子もこの頃は比較的落ち着いており、二学期後半の傍若無人な態度や横柄な物言いは今のところ鳴りを潜めているが、少し行き過ぎたお茶目さは今も健在、というか、また新たなレベルに進化をとげているような気がする。

まあしかし、疑り深い私は、またいつ豹変するとも限らないとも思っているので、この落ち着いた三学期を親子ともども存分に謳歌したい。

待ちに待った週末。天気は悪そうだが楽しくいこう。




子どもの性質上「余裕ある丁寧な生活」はとうの昔に諦め、刺激溢れる今の生活をできる限り楽しもうとは思っていますが、正直なところ、刺激はなくとも安逸な生活のほうにもかなり未練は残しています。

1月20日(土)

午前中、子どもは土曜日授業へ、妻は和裁教室へ行ってしまったので、私は家でひとりぼっち。

前から分かっていた自由時間だが、いざ目の当たりにしてみると戸惑いを隠せない。

兼ねてからの予定通り、子どもが学校で使うプランターの準備をしたり、家の掃除や部屋の整理をしたりしているうちに、子どもと妻が帰ってきてしまったため、昼食の準備。

午前中は他に図書館へ行く予定と、少し読書の時間ぐらいはできるかと思っていたが、計画倒れ。

昼食を食べ終え、友だちの家へ遊びに行く子どもを送り出し、渋谷の反戦アピールに参加する妻と家を出て、私は夕食の食材を買いに出掛ける。

帰ってくると14時半。図書館は諦めてNetflixで映画鑑賞。この日記の更新や、他のこともやりたかったので画面に集中しなくても比較的問題のない邦画を選択。気になっていたが観れていなかった「ドライブマイカー」。

だいぶ脚色されている、というか、ストーリーはほぼ別物だが、通底するモチーフやテーマは原作にかなり忠実。私の馴染みあるチェーホフやベケットの戯曲に準えた独自の解釈や戯曲的な接触。そして「意思疎通」の問題に関しては、原作を超えると言ってしまうと原作者に申し訳ないが、かなり興味深い作品だ。

再生してみると約三時間。子どもが戻るまでに終わるだろうか。

とりあえず自由時間一日目はこんな感じだが、明日、子どもの出掛ける用事が無くなる可能性が出てきたので、とりあえず今日のこの自由時間を謳歌しよう。




スマホがあるので、子どもがお邪魔する家のお母さんや一緒にお邪魔する友だちのお母さんたちとLINEのIDを交換したのですが、LINEって通話もできるんですね。

知りませんでした。

1月21日(日)

朝起きると喉の痛み。嫌な感じ。

友だちの家に遊びに行くという約束は、何かの行き違いがあって、そもそも友だちの方にそういう認識が無かったのかなんなのか、結局、遊びに行く予定は無くなったのだが、かわりに来週の日曜日に遊びに行くことになった。

友だちのお母さんからは「もしよかったらお泊まり会でも」と提案いただいたが、うちの子が怖気付いたので泊まりは無し。他の友だちも泊まるようなので、もしかしたら気が変わるかもしれないが、まあ、ちょっと難しいのではないかとも思っている。

そんな訳で、今日は家族で寝坊して遅い朝食を取り、午後から出掛ける妻を見送りがてら、タコスを出すスタンドで昼食。

小洒落た軽めの内装や控え目であざといVMDが鼻につき、味はあまり期待していなかったのだが、予想以上の美味さだったので、ごめんなさい。是非また行きたい。

比較的家から近い範囲に、様々な国や地域の美味しいお店が増えてきているので、嬉しい限りだ。おかげで喉の痛みも和らいだ。

次はトルコ料理を出す店に行ってみたい。




子どもの予定が無くなったり雨が降ったりしたせいで、当初、この週末に計画していたことの半分も消化できませんでした。

そろそろ週末の休みを三日にしてもらいたいです

1月22日(月)

今週は呑み会が二件も予定されている。一週間以上の間を置かずに呑み会が続くなんてコロナ禍以来、いや、子どもが生まれてから初めてかもしれない。

つい十年前のことを考えれば、「呑み会」なんてわざわざ仰々しく構えることなく、毎晩のように呑み歩いていたのだから、まずまずの変わり様である。

少し話は違うかもしれないが、十年前のこの日記を読み返してみると、今では考えられないようなミソジニーとハラスメントに満ち溢れた物言いや、差別と偏見にまみれた発言が当たり前のように散見される。

十年もあれば色々変わるのだ。

うむ。

今週の二件の呑み会では、だいぶ久しぶりに友人知人と再会する。実際に十年ぶりに話をする人もいる。そういう意味では、否が応でもこの十年の変化を目の当たりにする会になることだろう。呑み過ぎないようにしよう。




このサイトには、自分でも目を覆うような内容の過去の日記が沢山ありますが、自分への戒めとして消さずに残しています。

自分の過ちとは言え、なかなか辛いものがあります。

1月23日(火)

最近、子どもがだいぶ今時っぽい言葉を使うようになっている。悪く言えば言葉が乱れはじめているとも言えるのだが、なんだかなぁと思いつつも、特に指摘したりはしていない。ただ「今時っぽいということは瞬く間に古臭くなることでもあるんだからなっ!」ということは強く思っている。もちろん、そういう強い思いすらも、子どもから「きもっ!」と一蹴されるのが怖くて、言葉にはしていない。

うむ。

さて、週末に子どもが友だちの家に遊びに行くという件だが、当初、先方から提案されたお泊り会は即答で断ったにも関わらず、学校で友だちからの説得があったようで、昨晩になって「やっぱ泊まることにした!」と急展開した。

本人が泊まると言うのだから、こちらから無理に思い留まらせるようなことはしないけれど、再び急展開する可能性は充分に有り得るので、考慮に入れておこうと思っている。

まあとにかく、子どもにとって初めてのお泊まり会となるので、色々と浮足立ちはじめている我が家である。特に俺が。




急展開で一番難易度高いと思われるのは、お泊り会当日の夜中に「やっぱ無理だから迎えに来て!」という展開でしょうか。

まあしかし、このお泊りを乗り越えることができれば、本人もかなり成長することでしょう。

1月24日(水)

昨晩、久しぶりに会社の人たちと呑みに行ってきた。

会社と言っても他部署の人たちだったが、会社の関係で呑みに行くのは本当に久しぶりのこと。5年ぶりぐらいか? 自分の職場では呑み会自体が皆無(声が掛からないだけか?)なので、次はいつになるだろう。

行った店は、ブリュワリー直結の美味いクラフトビールを飲ませてくれる素敵な居酒屋で、美味い鮮魚を喰わせてくれるうえにリーズナブルでロケーションもホスピタリティも素晴らしい最高の店だっただけに、また近いうちに行きたいのだが、次はいつになるだろう。

帰りは21時台の電車で帰ってきたのだが、いつも帰ってくる17時台の電車よりもあからさまに空いていたので、ちょっと納得いかない。

5年前は違っただろ!

おかげで、大手町で降りるはずが日本橋で降りてしまったのだが、これはただ酔ってただけか?

しかし、次はいつになるだろう。




今週は、他の酒宴で私もまだ不在にする日があるのですが、妻も会食で不在する日があったり、子どももお泊まり会で不在にする日があったりで、各々が其々別々に自分の世界を開拓している感じがして、家族はバラバラですが不思議と頼もしく感じます。

1月25日(木)

イスラエルによるパレスチナへの攻撃の即時停止を求める運動の一環として、世界的にBDS運動というものが展開されている。

BDS(Boycott, Divestment, and Sanctions)運動を簡単に解説すると、イスラエル製品やイスラエル企業はもちろん、そうした企業と取引を持つ企業に対する不買運動だ。世界的に不買運動に取り組むことによって微力な市民の力を集中させ、より明確な意思の表明とともに確実で強力な制裁と圧力を同時に機能させる運動なのだそうだ。

うむ。

世界にはずいぶん頭のいい人がいるものだ。

というわけで、すぐに私も参加しようと思い立ち、不買対象の企業リストを参照したところ、リストされている企業の製品の所有はおろか、日常的にも縁もゆかりもない企業ばかり。おまけに、俺ってそもそも不買運動みたいな生活しかしてないじゃんか! ということにも思い至ってしまい、自分の不甲斐なさに嫌気がさすのだった。

でもまあ裏を返せば、そういった面においては、これまでイスラエルに加担することなく生きてきたということでもある。そうか、そうだよな。そういうことで納得しておこう。




大谷翔平選手から贈られたグローブが子どもの学校にも届いたようなのですが、今はまだ校長室の前に飾られているそうです。

飾りじゃないのよ グラブは ha han ♪

1月26日(金)

先日から総務部の労務課と遅延証明のことで争っている。

というのも、以前から私の会社(総務部労務課)では鉄道会社のWEBサイトに掲載される遅延証明書は受理しないという態度をとってきたのだが、年明けから会社の最寄り駅が人員削減の影響で改札近くの事務所窓口業務を減らしているため、電車遅延でも遅延証明書が貰えないことがあり、貰えなかった人は、後日、窓口が開いている時に発行して貰ってくるという事例が出はじめている。

そんな折、ちょうど今週の火曜日に電車遅延で私も窓口で証明書が貰えなかったので、ここぞとばかりにWEBサイトの遅延証明書を出力し、その理由についても職場の部課長の了承も得たうえで労務課に提出した。

もちろんWEB遅延証明は不受理で返ってくる。しかし部課長の了承も得ているので再度提出する。すると今度は部課長に対して労務課から問い合わせが入る。部課長も状況は知っているので粘り強く交渉するも、労務課は不受理の一点張り。そしてとうとう私のもとに労務課課長が現れる。

課長は私の前で御託を並べたてたのち、窓口が開いている時に遅延証明を発行して貰ってくるよう要求してくるが、そもそもWEB遅延証明書が受理できない根拠があやふやなので「なぜWEB遅延証明書が受理できないのか?」という私の素朴で単純な疑問にすらまともに答えられない。その後また御託を並べはじめたが「就業規則にWEB遅延証明書とは書いていない」とそれらしい答えが出てきたので、私も更に「WEB遅延証明書が駄目とも書いていないのでは?」と屁理屈で返してみると、まったく反論できないというお粗末さ。

うむ。

なぜこんなにも明確な説明ができないのか。その理由は前々から薄々は感づいている。総務部労務課がWEB遅延証明書を受理しないのは、その上にいる総務部部長が自分の影響力を知らしめたいがためのチンケな男の見栄と意地でしかないからだ。保身優先の情けない労務課課長はその総務部長に意見することはおろか、私の職場の部長や課長までもすっ飛ばして、平社員である私を直接脅せば素直に言うことを聞くだろうと、ぬけぬけと私の前に姿を現したのだが、まさにこの状況こそ私の望んだ状況だったのである。

まずこの第一段階で、労務課課長自ら不受理の根拠が薄弱であることを露呈することになり、馬鹿馬鹿しい価値観ではあるが、縦割り社会の禁を破って直接私のところへ来てしまったことも労務課課長にとっては痛手となる。今後、そうした諸々のことを職場で報告したうえで、周囲の様子を見ながら協力者や賛同者を増やしつつ、このまま私はWEB遅延証明書で押し切るつもりでいる。WEB遅延証明書の不受理については他の職場でも不満が出ているので勝算は高いと思っている。ただ、私自身に不利益が出ないよう今後の戦略もしっかり考えている。とにかく、既成事実を作ってしまえばこちらのものだ。

馬鹿な男の意地のために私はもちろん他の社員の手まで、もっと言えば、人員削減で手薄になった駅員さんの手まで煩わされるなんて御免だ。




週末は子どもが友だちの家に泊まりに行ってしまいます。まだ何をしようかは決めていませんが、思いっきり寝坊したり、家の掃除をしたり、そのあとまた思いっきり昼寝ができればいいかな。

私は掃除と睡眠しかすることないのでしょうか。

1月27日(土)

今日は土曜出勤。

朝、子どもから「夕方に帰ってくる時には、私はもういないからね」と得意げに告げられ、家を出る。今日、子どもはお泊まり会ので明日の夕方までいない。しばしの別れだ。

うむ。

昨日、子どもが担任の先生からとあることで叱責を受けて帰ってきたのだが、実は先生の勘違いと不備であることが分かり、クラスチャットで先生から謝罪のメッセージが流れてきた。

ところが子どもは、謝罪メッセージぐらいでは気持ちがおさまらず、何故か家で大暴れをはじめ、怒り狂っているうちに様々に不満が飛び火し、ちょっと手がつけられない感じになってきた。

私が変に介入すると互いに感情的になってしまいそうだったので、対応を妻に任せて私は早々に離脱。二階で風呂の準備や洗濯物の片づけをしていると、しばらくして階下から妻の怒鳴り声。続いて「じゃあもうお泊まり会なんか行かないよ!」という子どもの叫び声ののち、強く扉が閉まる音が鳴り響いてきた。

「なぜお泊まり会にまで飛び火?」と思いつつも、この感じだと本当に臍を曲げて行かないかもしれないとも感じながら、おそるおそる階下へ降りると、なぜか事態は沈静化しており、とりあえず晩ごはん。

どうやって沈静化したのか知りたがったが、掘り返すと再燃しそうなので、とにかく妻の神対応に感謝。

とまあ、そんな昨晩の一騒動もあったので、今朝の子どもの言葉には安堵しか無い。

子どもの成長とともに生きることは、時に難しく、時に悩ましく、時に苦しく、つまりは面白い。




子どもたちは最近いつも忍者ごっこをしながら帰ってきます。

私も同じ年頃で忍者ごっこをしながら帰っていましたが、私の頃は年上の子が忍者の頭領となり、上意下達の命令や司令で手下である我々平忍者が戦ったり殺られたりして遊んでいましたが、今の子どもたちの忍者ごっこを見ていると、我々の頃よりももっとニュートラルでコーポレイトな関係性でプラティカルに楽しんでいるようです。

同じ忍者なのに。

1月28日(日)

昨晩は高校時代の同好会の友人たちとの新年会だったので、今朝は二日酔い気味と寝坊気味で起床。

朝食は妻と二人で台湾式朝食を食べに行く。店に着くなり大きめの地震に驚く。お店のガスが止まってしまったので、少し時間がかかったが、久しぶりに食べる鹹豆漿は、胃に優しくて、美味しくて、温かくて、身体の隅々まで滋養が漲る感じ。

買い物に行くという妻と駅で別れ、帰宅して掃除。掃除が終わると疲れと眠気に襲われ、そのまま二時間ほど昼寝したあと、子どもが15時に帰ってくる予定なので、その前に図書館へ。中平卓馬とゲゲゲの鬼太郎を受け取って帰宅。

子どもの帰宅時間が少し伸びそうとの連絡があり、手持ち無沙汰なのでこの日記を更新。

子どもの初めてのお泊まり会で、まるまる24時間自由な時間を過ごすことができた。新年会が無ければもう少し有意義に時間を使えたかもしれないが、まあ、昼寝ができたので上出来。久しぶりの昼寝は最高。

お泊まり会を開いてくださった友だちのお母さんには感謝しかない。おかげで、かなり久しぶりに静かで穏やかな一日を過ごすことができた。

おっと、そろそろ煩いのが帰ってくるぞ。

1月29日(月)

お泊まり会で疲れているだろうと思い、いつもより早めに消灯したところ、最初はブツブツ文句を言っていた子どもだったが、そのうちにコロッと寝てしまった。

やはり疲れていたのだ。

今朝、お泊まり会を開いてくれた友だちのお母さんに改めてお礼の連絡をすると、実は昨晩からお子さんが熱を出してしまい、今日は学校お休みするとのこと。

なんか申し訳ない。

でも、みんなでお泊まり会して、嬉しすぎて、楽しすぎて、大騒ぎして、疲れ果てて、熱が出ちゃったって、少し羨ましくもある。




ついに我が家にも「Nintendo Switch 問題」が勃発しました。

どうしても挑戦したいタイトルがあると言うのなら、前向きに考えてもいいとは思っているのですが、今のところ皆が持ってるから自分も欲しいという感じのようです。

気持ちは分からなくもないのですが、それぐらいの理由で買ってやれるほど安い買い物でもありませんし、なかなか悩ましい問題です。

ちなみに理由は様々ですが、Nintendo Switch を安易に子どもに買い与えてしまったことで、かなり後悔しているお母さんの声もちらほら耳にします。

1月30日(火)

先週から学習用タブレットでの宿題が課されるようになったのだが、これがちょっと厄介で、昨日は宿題を終えるのに手こずって就寝時間が22時を過ぎてしまった。

そもそも操作に慣れていないというのも大きいのだが、設問自体がとても分かりづらいうえに、次の設問への遷移に一貫性がないので、大人でも誤解や混乱が生じやすい内容なのだ。

システム面でも柔軟性を欠くため、間違えた問題の再回答をするために、すべての問題を回答しないといけない仕様なので、やる気がどんどん削がれていく。

更に醜悪なのは、常にタイムトライアル機能が働いているため、子どもが設問以外に変に気を取られてしまって、更に誤答が増えてしまう。

それ以外にも、キーボード操作をしっかり教わっていないとか、問題のロードにいちいち時間がかかるとか、筆算するのに結局紙と鉛筆が必要だとか、ネット環境がないとできないとか、そもそも結構やっつけで作ってない? とか、数えだすときりが無いぐらい色々と問題があり、なかなかに考えものなのである。

というわけなので、今日はなるべく宿題を適当に済ませるよう子どもには努力して貰おう。今の君には睡眠時間のほうが大切だ。




職場で二名、会社全体だと七名の新型コロナウィルス感染者が出ています。感染流行の波が来る度に最高記録を更新しています。

あと、お泊まり会を開いてくれて熱を出してしまった友だちもコロナ陽性だったそうです。

実感が伴いづらいですが、まだまだコロナ禍です。

1月31日(水)

昨晩も学習用タブレットの宿題に手を焼きつつも、なんとか21時5分には就寝。

紙をタブレット画面に映しただけの、あまりにもやっつけな設計に、あらためて苛立ちを覚える。これなら紙のままのほうがよっぽどマシ。とにかく表面上の形だけは繕って、根本的なところでは金をかけたくない、という姿勢がよく見て取れる。

次世代を担う子どもたちの教育なのに。
本当に困ったものだ。

うむ。

そう言えば、こないだ久しぶりに子どもを電動自転車のリアチャイルドシートに乗せたら、シートベルトはキツキツだし足置きステップには足が収まらないしで、もうチャイルドシートも卒業か、という感じだったので少し驚いてしまった。

子どもは身体が小さい方なので、同級生の中にいるとあまり気づかなかったが、子どもは子どもでしっかり着実に成長している。




新規で受注した仕事の打ち合わせ報告を受けたのですが、こちらが押さえておきたい実務面での具体的な情報がひとつも無く、そんなもん後からどうにでもなるだろう、というふわふわした内容ばかりで、この仕事は本当に受注しているのか? と疑いたくなってしまいます。

このことに限らず、現代人の5W1Hがしっかり定まらない感じって、結構本気でスマホの弊害だと思っているのですが、いや、これはただ担当者が責任取りたくないだけか。

なんか最近、不平不満が多い。